ニートな錬金術師は世界(けいざい)を廻さない!?
橘みやこ
一章:ニートが錬金術師になるまで
001:世界樹との邂逅
────例え転生しようが、ニートはニートである。
錬金術師 マリス・マーリン
もしも彼が自叙伝を残そうとするのなら、出だしはこう書き記すと決めていた。
特にこれと言って自叙伝を残すような偉業を成したわけでも、そんな予定も計画もないのだが、ただ漠然と何となくそう決めているのだ。強いて言うなら頭の悪い妄想の類いである。
錬金術師マリス・マーリンは今日も今日とてゴーレム作りに夢中だ。
何故か目覚めた時に手付かずの鉱山の中にいて、魔鉱石を採掘しながらそこを
この状況はマリスが望んだわけではなかった。
「……ステルス機能、光学迷彩、気配遮断。機動力に全振りしてるから核は剥き出しでもいいかな? いや、それはビジュアル的にあれだから、瞼くらいはつけて……、いやこれ目玉の化け物だ、普通に気持ち悪いな!」
望んだわけではないが、それなりに今を楽しんでいる。
「そうだ、飛ばそう。羽根をつけようよ。天使みたいなやつ」
言うや否や、マリスは錬成陣に手を翳して魔力を注ぎ込む。
素体となるのは不純物を取り除いた魔鉱石で、加工がし易いように球体にしたのが運の尽きだった。魔力に満たされた錬成陣は、中心から周囲へと漏電したように火花を散らした。
ゴーレム創造──これはつい先日、マリスが取得した錬金術の一つだ。
「君は今日からティム・バートンだ」
よろしくね、と目配せしてみるが、何の反応も示さない。
「返事くらいはさせたいよね。うん、ゴーレムにもコミュニケーション能力は必要だ。あ、ついでに通話機能もつけよう。あとやっぱり一匹じゃ可哀相だから群れを作ってあげようね」
そうしてマリスは生み出された羽根の生えた目玉の化け物──もとい、金色に輝くティム・バートンに手作業で術式を編み込んでいく。
音声認識、会話機能を搭載した人工知能付き魔導核の創造。だが、人語は介さない。それはマリスにとっては重要なこだわりのようなものだった。
「君の仕事は視界の共有だよ。これから造る君の兄弟たちと共に、洞窟の探索を手伝ってもらうつもりだから、一緒に頑張ろうね。ティム」
「キピィィ」
「独立した発声器官がないからかな、ちょっと鳴き声がキモいな」
ティムの鳴き声は警報アラームの出力を絞って発せられていた。
地揺れや崩落の危険を察知、天然ガスなど有害物質の発見は洞窟探索に必要な機能だ。各センサーの他には、この世界でいうところの魔素──魔力元素を利用した映像の送信、内部録画機能をつけている。
「まぁ、君も自分の身体にどんな機能が搭載されてるのか知る必要があるだろうから、今日はゆっくりしていて良いよ。僕達としては連続稼働時間とか、そこらへんも知っておきたいしね」
エネルギーに関しては周辺の魔素を吸収する魔鉱石の性質を利用し、魔力に変換する自家発電機能で賄っているので問題はない。だが、廃熱処理や冷却を必要とする〝機械〟であるなら当然の副反応がないとも限らないのだ。
「ピキィ」
「自壊しない限りは修正できるから、違和感があったらちゃんと報告してね。あと、あんまり奥には進まないこと」
「ピキィ!」
「よろしい。では、解散!」
ティムの不気味だが、小気味いい返事に解散を指示するものの、マリスのゴーレムはこれ一体だけだ。ティムが羽根をぱたつかせながら生まれたばかりの自分──の機能チェックに勤しむ傍らマリスは早くティムの兄弟たちを作ってやろうと採掘した魔鉱石を手にとった。
◆◆◆
マリス・マーリンとは、マリスが勝手に名乗っている名前だった。
今生、両親は存在していない。いつの間にか生まれて、いつの間にか育って、いつの間にか魔鉱石の眠る洞窟の中にいた。有り体に言えばそれまでの記憶がなかった。
年齢は──身体の発育具合を見るに十歳から十二歳程度。
何故それが判ったのかと言えば、記録されていたからに他ならない。
中々に哀れな境遇だった。
夢魔に犯された女が、そうとは知らずに身籠って産み捨てたのが始まりだ。母親にとっては十月十日悪夢に魘され、出産する夢を見たという最悪な話だった。
捨てられた赤ん坊は奇妙な生態をしており、如何なる存在にも認識されない異質な能力を持っていた。おそらくは生存本能というやつが働いたのだろう。宿主が亡くなるまで取り憑き、宿主亡き後は空腹に似た枯渇感を満たす為、生き物たちが見る夢を渡り歩く。
この世界での夢魔も妖精のような不確かな存在だった。
本来の外見に性別や種族の概念はなく、見た者が都合の良いように認識する。悪魔や魔物のような怪物の姿ではない、自分の一番見たい夢のような姿に写るのだ。──とかく厄介な話だが、それが夢魔の処世術であるらしい。
(夢魔と人間のハーフといえば、魔術師マーリンだよな)
そんな安直な理由でファミリーネームを付けたのが、その半夢魔の存在に憑依する形で転生したマリス・マーリンだった。語感が良い。それだけの理由でマリスと名乗ることにした。
何せ、この半夢魔には名前がなかった。
よく分からない生態をしていても子供は子供だ。一生名無しでは可哀相だと思ったのだ。
「────なんにせよ、人間じゃなくて良かった」
半分は人間だが、外見以外に人間らしいところが一つもない。マリスは前世での願い通り〝人間以外の存在〟に生まれ変わることが出来て概ね満足していた。
「だから記憶は無いんだよ、
癖になった独り言を口にしたマリスが最初にしたのは眠ることだった。
夢魔の特性を把握するためではあったが、如何せんやることがなかった。いや、やることがないのはひきこもりのニートという自堕落を極めた前世の頃からもそうであったのだが、洞窟の中に一人きりという状態で何が出来るというのか。
夢魔は生き物の見る夢を渡り歩くが、マリスは半夢魔だ。半分は人間であるため、夢魔の癖に自分自身で夢を見ることが出来た。──では、夢の中で何をするのか。
意識を手放すと見渡す限りの青空が広がっていた。
立っている場所は乾いた地面である筈なのに、どういう訳だか空を反射して青空を映し出していた。まるで空を飛んでいるかのように錯覚する。自分が見ている夢なのか、それとも身体の──本当の持ち主が見ている夢なのか判別出来なかった。
しかし、正解はそのどちらでもなかった。
《────珍しい客人だ》
おおよそ、それは言語ではなく意識に直接語りかけられた何者かの意思のようだった。思念ともいうべき声の主は、この青空の世界に突然現れた大樹から発せられていた。
「世界樹……」
《ヒト族はそう呼ぶな》
風景に溶け込む朗らかな雰囲気。老人のようなしわがれた声のようにも、ともすれば若い女性のような声にも聞こえる不思議な感覚だった。マリスは無意識的にそれが世界樹と呼ばれる巨木であることを知っていた。
《夢魔が夢を見るとはな、天変地異の前触れやも知れぬ》
「えっ」
《なぁに、ただの慣用句だ》
世界樹とは随分とチャーミングな性格をしている。
好々爺的なイメージで良いのか、と思った矢先
《此処は
「まさかのアカシック・レコード!」
マリスが驚愕すれば、世界樹は和やかに微笑む。
神秘学だとか何だとか、SF作品やらファンタジー世界ではお馴染みのそれだ。
《わしはそこに根を張る老木に過ぎんよ》
「叡知を求めすぎて手足が根付くまで気付かなかったエルフとか?」
《ほぉ、わしの記憶を探ったか》
「えっ、いや、何となく?」
そんな創作設定があったらファンタジーだよなと思っただけである。しかし、まさか当たっていたなどとは思わず
《正確にはハイエルフだがな》
「うわまじか」
《エルフは我らの時代より後に生まれた近縁種よ。昔はハイエルフなぞという呼び名はなかったな。子供らは幾らか残ったが、怠惰が過ぎてな。
「エルフが森を大切にするって……」
《先祖の四肢を好き好んで切り刻む者はおるまい》
知れば納得の裏設定だった。マリスは改めて、この世界が自身の妄想の類いではなく、きちんと存在する世界であると認識を改めた。触れるものに
「ねぇ、ユグ爺って呼んで良い?」
《唐突だな》
「名前が無いと不便だよ」
マリスがそうはにかむと世界樹はたっぷりと間を置き、
《ふむ、世界樹ユグドラシルか……。こちらでは聞かぬ名だ》
「あっ、記憶を探ったな」
《仕返しだ》
したり声で世界樹が笑う。
マリスとユグドラシルの邂逅──ユグとの対話は思いの外弾んだ。
おそらくユグは退屈していたのだ。聞けばハイエルフには寿命や死という概念がないらしい。
世界にはユグと同じように樹木になった同胞が多数いて、それらは全て世界樹や聖樹として祀られている。部族や地域によっては神の宿る木とも呼ばれていた。
ただ、そうやって神格化されることによる弊害もあり、ひとつの宗教が国家と結びつき迫害や侵略などが起こると争いに負けた部族が祀る大樹は伐り倒されることもしばしばで、ユグの同胞はゆっくりと、だが確実にその数を減らしているのだという。
「何処の世界でもろくなことしないな、人間ってやつは。確か、向こうの世界でも似たようなことがあった気がするよ。聖なる木を伐ってもお前たちの神は我々に罰も与えないではないか~~って、陰湿な嫌がらせみたいなの」
《ふむ、神聖ローマ帝国とやらとザクセン族の戦いか……。やはりヒト族の歩む歴史とは、異なる世界であっても似通うものなのだな》
「ああっ! また覗いたな! 僕はそこまで思い出せなかったのにッ」
《いやはや、相すまぬ。……知らぬ知識を覗くのは面白くてな。久方ぶりよ、目新しきものを知るのは。この胸の高鳴りだけはどうにも自制が聞かぬ》
アカシック・レコードなんて眉唾物にわざわざ根を下ろす程のユグである。異世界の知識は新鮮でさぞ興味深いことだろう。
マリスの魂を通して異なる世界の情報に接続出来るのは、ここが夢の中であるからだそうだ。
ユグの精神世界に半夢魔であるマリスが入り込んでいる。というのはマリスの見解だったが、ユグはそれも違うという。
言うなればネットに接続されていない、百科事典アプリのようなものだろう。一度でも見聞きした知識は引き出せないだけで記憶されている。──相手は世界樹のひと柱とはいえ、身動きの出来ない巨木に違いはない。どれだけ情報が流出しても慌てる必要はなかった。
胸ってどこだ? と大樹を見上げるが、それはただの比喩表現だった。
「そりゃあ知識欲が過ぎて根を張り巡らせるくらいだから、気持ちは分かるけどさぁ。……あれ、もしかして僕ってユグ爺には隠し事できない?」
少し考え、思い至った危惧を口にするが
《そなたの心や個の記憶まで盗み見ようなどとは思わぬよ》
しかし、ほっと安堵するも束の間
《どういう人生を歩んでこのような数奇な運命を手繰り寄せたか興味は尽きぬが、大方の
「……と、いうと?」
知りたいことは知り終えたと言わんばかりのユグに聞き返す。
《質量不変の法則を知っておるか?》
「化学反応の前と後で、物質の総質量は変わらないってやつ?」
《幾つかの例外はあれどヒト族の魂にもそれは当てはまる。輪廻転生とその後の人生を化学反応と例えれば、理解も早かろう》
「いや、全然」
《…………》
ユグの話はこうだ。
人間の魂は人間にしかなれない。つまりどんなに望んでも、人間の転生する先は人間なのだ。これは世界が秩序立つ前から定められた法であり、
それぞれの世界には人間、あるいはヒト族と呼ばれる類似した存在があり、その魂の根源は同一のところからきている。要するに各世界毎に人の魂は一定数になるよう割り当てられている、筈だった。
マリスが前世で暮らしていた世界──便宜上地球では人間は自らの死を厭うようになった。発展した科学技術と医療概念、それに基づく社会制度の成熟が尚更人を死にづらくした。
世界は魂の質量──その均衡を保つために自然災害や疫病、大飢饉などあらゆる手を尽くしたが、人間はそれらが起こる度に再度文明を発展させてきた。未だに寿命さえ延ばし続けている。そしてとうとう地球の人口は八十億を優に越えてしまった。
ひとつの世界にこれ程までの魂が流出し滞留し続けることは、他の世界に影響を与えかねない。
《────……と、判断されたのであろう》
「えっと、……誰に?」
《
「神様とかじゃなくて?」
《そなたの世界に神が実在するのなら自ら降臨し、ヒト族を説得する事態だ。それこそ地上を沈めるほどの大雨でも降らすであろう》
「それでも人間はしぶとく方舟を造って生き延びると思うけど……」
聖書以外にも陸が海に沈んだ世界を題材にした映画やアニメがあった。
排水量何十万トンっていう大型船が縦横無尽に海を走り回っている世界で、数は減らせど滅びる気がしない。むしろそこから巻き返してきそうな気配まである。
人間は
世界に意思が存在するとすれば、これ程厄介な相手もあるまい。無限増殖するバグみたいなものだ。そいつらのせいで他所の世界から人間がいなくなってしまうのだ。
ルールを守っている方が割りを食うなんて迷惑極まりない。悪質すぎる。
「じゃあ、異世界転生って苦肉の策?」
《この
「ややこしい!」
そうじゃない世界線もあるようだ。
マリスはついぞ声を荒げたが、ユグの方はやけに小気味のいい笑い声を響かせた。
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