第2話 溜まってる?!

「あんっ、もう、こんなに……うそぉ」


 隣の布団から聞こえる、悩まし気な彼女の声。スマホの明かりだけに照らされている彼女の顔色は、俺の場所からは分からない。


「なん、で?」


 小さく呟かれる彼女の声。

 それは、驚いたようなかすれ声で、戸惑っているようにも嬉しそうにも聞こえる。


「早く、いきたい……」


 だが、その声は妙に切羽詰まっていて色っぽく。


(えっ?!マジで?!ちょっ、俺隣に居るのに?!)


「はぁっ……」


 艶っぽい彼女の吐息が耳の中にこだまする。


 この状況で、他に一体何が想像できる?

 もう、アレ一択だろう?!

 だって、今ここに居るのは彼女と俺の2人だけなんだぞ?

 つーか、俺が隣に寝ている状況で、彼女は一体何をスマホで見ているんだ?!

 まぁ、俺だってエロ動画くらいスマホで見る事くらい無い事も、無い。事も無い。事も……

 ええいっ!だから何を言いたいかと言えば、彼女がエロ動画を見る事くらい、別に俺は反対はしないっ!

 そして俺は思い出した。

 最近では、もの凄く良くできている女性用のアダルティなスマホアプリのゲームがあるということを。それはまるで、本物の彼氏といたしているかのようだとか……

 エロ動画はいいとしても、アプリのエロ彼氏はちょっと嫌だな。

 あれ、超リアルだっていう話だし。

 本当に感じてイッちゃうとかいう話だし。ハマる人は彼氏そっちのけでドはまりするって話だし。

 ほんとかどうかは知らんけど。俺、やったことねぇから。

 ……まぁ、今のとこ俺、『そっちのけ』にはされていないから、大丈夫だとは思うけどな。


「どう、しよ?今、しちゃう?でも、やっぱりなぁ……実物、見て触りたいしなぁ……」


 え?

 もしやお相手は、まさかのアプリのエロ彼氏さんでしょうか。

 俺、ショック受けてもいいかな?

 こんなに近くにいるのに。

 実物を見て触ってもらいたい、リアル彼氏が。

 もしや、俺の『そっちのけ』も近いのか?!


(なんだよ、俺そんなに誘いづらいか?誘ってくれるならほぼほぼ断らないけどなぁ。う~ん、今いきなり声掛けたらビビっちゃうかな。でもなぁ……隣に俺がいるんだからさぁ、さすがにアプリのエロ彼氏とのイチャイチャはやめていただきたい。隣に俺がいない時でも、俺というリアル彼氏がいる以上はやめていただきたい!)


「でも……溜まっちゃってるし、こんなに……はぁ、私ひとりじゃ……ああんっ、ウズウズしちゃう……」


(えっ、うそっ?!アプリのエロ彼氏でもなく、もしやほんとにエロ動画見てお前ひとりで何とかするつもりなのか、俺という彼氏が隣にいるのにっ?!ウソだろっ?!ええいっ、もう、こうなったらこっちからっ!)


 ひとりモンモンしているのももどかしく、心を決めて口開きかけた途端に、遠慮がちに響く彼女の声。


「ね、まだ起きてる?」

「もちろん!」


 彼女の言葉に被り気味に、俺は答える。すると。


「よかった」


 コロコロと転がりながら俺の布団に侵入し、ピタリと俺に体を寄せる彼女。


「私、どうしても、したいの、いきたいの」


 上目遣いで強請るように俺を見つめる彼女。

 仕事で疲れてはいるし明日も早いが、ここまで言われちゃ頑張らないわけにはいかない。断るなんて、言語道断!それこそ、男がすたるってもんだ。


「よし、俺にまかせ」


 だが、続く言葉に一気に拍子抜け。


「明日には、絶対に」

「へっ?!あ、あし、たぁっ?!」

「うん。明日。よろしくね。絶対だよ?」


 嬉しそうにニッコリと笑うと、彼女は再びコロコロと転がりながら、定位置へと戻る。


(えーと、えーと……?え?)


 訳の分からない俺は、完全に置いてけぼり。『そっちのけ』よりはマシなんだろが。

 俺のこの前のめりな臨戦態勢は、一体どう宥めたら良いんだろうか?

 何故、今、じゃなくて、明日?!


「あの、ちなみになぜ今ではなくて明日なのかな……?」


 哀しいかな、彼女から返ってきたのは寝息だけだった。


 そして翌日。


 仕事終わりのクタクタの俺が彼女に連れて行かれたのは、バーゲン真っ最中のショッピングモール。


「バーゲン、今日までだったの。クーポンもポイントもこんなにたくさん溜まっちゃっててね。期限が今日までだったし、ずっとお買い物してなかったからもう、お買い物したくてウズウズしちゃって。ネットで買っても良かったんだけど、やっぱり直接見て触って買いたいなって思ってね。でも、たくさん買っても私ひとりじゃ持ちきれないでしょう?だからね。よかった、今日一緒に来てくれて。ありがと!大好き!」


 俺の両手には、彼女の大量の戦利品。

 満足そうな笑顔を浮かべる彼女に、俺は言ってやった。


「俺のウズウズはどうしてくれるんだ」

「ん?お買い物したいの?あ、まだクーポン余ってるし、一緒に選んであげる!」

「いやいや、そっちじゃなくて」

「ん?こっちのお店?」


(そうじゃないんだけどなぁ)


 キョトンとした顔を向ける彼女には、もはや乾いた笑いしか出てこない。


(おぼえてろよ、今夜)


 楽しそうに俺の服を選ぶ彼女を横目に、俺は固く心に誓ったのだった。

 絶対に、今夜は俺のウズウズを解消させてもらうからなっ!

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