第10話 向き合い方がややこしい!

 次の日の朝。

 俺はいつも通り朝起きて支度を済ませ、それから朝食を食べて学校へと向かう。


 そんないつもの日常だけれど、今日は事情が違った。

 何故なら俺と同じタイミングで、向かいの家から優が出てきたからだ。


 その結果、俺と優は道を挟んで向かい合う形となる……。


「お、おはよう」

「う、うん、おはよう」


 これまでならば、お互いがお互いを存在しないものと接していただろう。

 しかし高校へ入学して俺達は、再び会話するぐらいには仲を修復している。

 だからここで、相手を無視するというのもちょっと違う気がしたのだ。


 それは優も同じだったのだろう。

 ちょっと気まずそうな笑みを浮かべつつも、挨拶を返してくれた。


 しかし、そのあとが続かない。

 お互いにどうしたらいいのか分からず、道の端と端で離れて同じ方向へ向かって歩き出す。


 当然、俺達がこれから向かう先は同じ場所。

 だから、ここでどちらかが離れるというのは明らかに不自然なのだ。


 だが、ここで俺は気が付いてしまう。

 相手は女子で、俺は男子。

 身長差は二十センチほど離れているであろう俺達は、歩く歩幅が違うのだ。


 それに気づいた俺は、いつもより大幅で歩き出す。

 このまま速く歩いてしまえば、おのずと優との距離を取れることに気づいてしまったのだ。


 ――よし、さっさと学校へ行こう!


 そうと決まれば、不自然にならない程度で早歩きを始める。

 我ながら、こんな速度で歩いたことがあるだろうかという速度で、見る見る優との距離を離していく――――はずだった。


 暫く歩いた俺は、そっと後ろを振り向いてみる。

 するとそこには、早歩きを越えて競歩のようなスピードで後ろから迫ってくる優の姿があったのだ。


 ――えぇ!? な、なんでぇ!?


 さっきまで、お互い気まずかったはず。

 だから俺が早歩きをしたことは、ある意味お互い距離を置こうという暗黙の合図だったのだ。


 しかし、優には伝わらなかったのだろうか。

 何故か逆に、俺から離れまいと必死についてきているようにも見えた。


 息は上がり、明らかに無理をしている優。

 たしか優は文化部だし、元々運動は得意ではない方だ。


 だからちょっと急いだだけでも、ゼェゼェと息を切らしてしまっているのだろう。

 それに気づいた俺は、どうしたものかと困惑する。


 ここで取れる選択肢は二つ。

 このまま無視して早歩きを続けるか、何か用があるのかもしれない優に合わせてスピードを落とすか。


 そんな悩みを抱きつつ、ふと俺は昔のことを思い出す。

 小さい頃も、よくこういうことがあったのだ。


 俺が優に対して悪戯をして、優から走って逃げだす。

 すると優も、そんな俺のことを必死に追いかけてくる。

 そんな意地悪、いつも最初は面白半分でやっていたけれど、俺には追い付けない優はすぐベソをかいてうずくまってしまうのだ。


 そうなると、俺もばつが悪くなって優の元へ行きゴメンと謝るしかなかった。

 当然優は許してくれなくて、結局俺が色々と文句を言われて終了する。


 そんな悪ガキな俺と、それでもいつも一緒に遊んでくれた優。

 今となっては遠い昔のことだけれど、当時のことを思い出してしまった俺は、今の優を無視することはできなかった……。


 立ち止まった俺は、後ろを振り向く。

 するとそこには、さっきよりも息を切らす優の姿。


 立ち止まっている俺を見て安心したのか、優も競歩をやめて歩いて近づいてくる。

 そして俺の前までやってくると、まだ息を切らしながらもきっとした目つきでこっちを見てくる――。


「ハァ、ハァ……ねぇ……」

「な、なんだ?」


 息を整えながら、声をかけてくる優。


「……なんで……逃げるの……?」

「いや、別に逃げていたわけじゃ……」


 お互い気まずかったから、俺はただ空気を読んだだけで……。


「逃げてた、じゃん……!」


 しかし優は、そうではなかった。

 早歩きで立ち去ろうとした俺を、逃げてたと問い詰めてくる。


「き、気まずいかなって思って……」

「気まずくないっ!!」


 俺の言い訳の言葉を打ち消すように、優は大声を張る。


「だってわたしは、亮の幼馴染だもんっ!!」


 そして優は、訴えかけるようにそう言って真っすぐこちらを見つめてくる。

 その視線は、俺と優が疎遠になるより前の、いつも一緒にいた頃を思い出させてくる――。


 ――ああ、そうだ。俺と優は、幼馴染なんだよな。


 だから俺も、気持ちを巻き戻す。

 優と俺は、幼い頃からずっと一緒だったんだと。


「……そうだな、ごめん」


 疎遠になっていた時間の方が短いのだ。

 俺達の仲は、決して壊れていたわけではないのだと気持ちを改める。

 そんな俺に対して、ようやく息も整った優は満足そうな笑みを浮かべる。


「分かればよしっ!!」


 満足そうな笑みを浮かべる優は、俺のよく知る優そのものだった。


 そして――、


「ってことで、連絡先教えてっ!!」

「え?」

「いいからスマホ!」


 いきなりの展開に困惑する。

 しかし、ここで断る理由もないため、俺は言われるままにポケットからスマホを取り出して連絡先を教える。


「よしっ! これで亮の過ちは随時正せるねっ!」


 俺と連絡先を交換した優は、そう言って満足そうに一人頷く。

 その反応こそよくわからないが、俺の連絡先を知って満足してくれているのなら問題ないだろう。


 ――というか、嬉しい。


 今ではよく分からなくなってしまっているが、優は俺の幼馴染であり、好きだった相手。

 そんな相手が、俺のことで満足してくれているのだ。

 それはやっぱり、悪い気はしないというか普通に嬉しいことだった。


 こうして連絡先を交換し終えた俺達は、一緒に駅へと向かって歩き出す。

 もうさっきみたいに離れることはなく、適切な距離で歩幅を合わせながら。



「――わたしだけ知らないのはおかしいもん」



 そして、歩きながら優は、どこか満足そうにそう小さく呟くのであった。


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