47話:魂魄 ~ 非公表にしていた情報 ~

「ん~、やっぱり駄目だったか。あの人影と会話出来たら、何かヒントが得られると思ったんだが……」


 黒い人影に会話を試みて、当然の様に失敗に終わったのはつい先ほどの事。

 やしろからログハウスに戻る道中で、彩人あやとはポリポリと頭を掻く。



『お前は誰だ? ここで何してる。よかったら話を聞かせてくれないか?』


『………………』



 コレが、彩人あやとが試みた会話の全て。

 向こうからの返事は無く、黒い人影は幽霊の様にスーッと消え去った。


 一体何が目的なのか、そもそも目的があるのかどうかもわからない相手に取れる手段は多くない。

 ともあれやしろの見物も終わった為、とりあえずログハウスへ戻ろうと森を進む彩人あやとの腕は、両腕ともガッチリとホールド中。

 左腕はいちごが掴み、右腕は兎衣ういが、その兎衣ういの腰にエリスが抱き付いて、4人団子の状態だ。


 歩き辛くてしょうがないと彩人あやとが文句を言う前に、兎衣ういが青ざめた顔で語る。


「いやはや、まさか昼間に幽霊を見ることになるとはね。皆と一緒だからまだ正気を保ってられたけど、コレが夜中だったら漏らしてたかも」


「ッ!!」目を見開いたのはダークエルフの少女。

「ウイ姉様ねえさま、まさか昨夜……“見ていた”のですか?」


「ん? いや、特に何も見てないよ。夜中に目が覚めて、彩人あやとに抱き付いて寝直したくらいで、ボクは幽霊を見てないからね」


「そ、そうですか。何も見てないなら良かった……いやッ、アカバネアヤトに抱き付くとは何事ですか!?」


 “お漏らし”は目撃されておらず、ホッとしたのも束の間。

 兎衣ういの行動にエリスが怒ったところで、彩人あやとを挟んで反対側のいちごがスッと視線を細める。


兎衣ういちゃん、遂に白状したね。彩人あやと君に抱き付いていたの、やっぱりわざとだったんじゃない」


「おっとしまった、ボクとしたことが油断した」

 悪びれた様子も無く、兎衣ういはすぐさま反論に移る。

「だけどいちご君、考えてもごらんよ。ボクが彩人あやとに抱き付いたからこそ、いちご君は対抗心を燃やして、それで勇気を出して彩人あやとに抱き付くことが出来たんじゃないかな? もしボクがそうしていなかったら、いちご君はせっかくのチャンスを生かすことが出来ないまま朝を迎えていた筈だよ」


「う、それは確かに……」


「でしょ? だからボクはね、いちご君の背中を押す為に、敢えて彩人あやとへ抱き付いたんだ。全ては“正妻”として認めているいちご君を応援する為だよ」


「そ、そうなの? 本当に? 自分だけ抜け駆けしようとしたんじゃなくて?」


「勿論。勇者はそんな卑怯な真似はしないし、嘘も一切吐かないからね」


「そ、そうなんだ……それなら許そう、かな?」


「おいいちご、完全に言い包められてるぞ」と彩人あやとが呆れた頃には森を抜け。

 往路に比べて少しだけ雪の溶けていた道を辿って、4人は真夏の日差しが照り付ける中ログハウスへ戻った。



 ■



 ~ ログハウス:リビングスペースにて ~


 4人がログハウスに戻っても、世話係:ビクトリアはまだ部屋に籠っていた。

 仕事中の大人に声を掛けるのも悪いと、彩人あやとは補習の動画を見ようとして、やっぱり面倒になって筋トレを開始。

 元々は暇潰しでたまにやる程度の運動だったが、先日の入院で筋肉量が落ちた為、前よりも意識的に身体を動かす様にしている。


 そんな彩人あやといちごが「頑張れ~」と応援し、時たまツンツンと触って、柔らかくなったり硬くなったりする筋肉に「おぉ~」と感動。

 兎衣ういは真似して筋トレを始め、元:勇者らしく軽々とトレーニングをこなし、腕立て伏せ20回のスピード勝負では見事彩人あやとに勝利。

 エリスは相変わらず何かと理由を付けて兎衣ういに抱き付き、腕立て伏せの勝負では彩人あやとの上に乗っかって、兎衣ういをサポートする素晴らしい働きを見せていた。


 ――で、そんな感じで時計の針が12時を回り。

 そろそろ昼食にしようかと4人が話していると、ようやく2階から世話係:ビクトリアが降りて来た。


「丁度皆さん揃ってますね。あの黒い人影――異世界庁的には『魂魄こんぱく』と呼んでいるみたいですが、それについて色々と判明しました。昼食でも取りながら詳細を話しましょう」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「「「ごちそうさまでした」」」


 空になった皿を前に、5人が手を合わせて昼食も完了。

 皆が腹一杯になって「ふぅ~」と一段落したところで、彩人あやとが「いやいやいや」とテーブルに身を乗り出す。


「ちょっとビクトリアさん、黒い人影について色々わかったんじゃなかったのか?」


「え? あぁ、そうでしたね。チャーハンが美味しくてすっかり忘れてました。面倒なので明日にします?」


「………………」


「冗談ですよ。そんなイヤらしい視線を向けないで下さい」


「………………」


「えぇ~っと、異世界庁に掛け合ったところですね、それらしい人物が一人だけリストアップされました」

 彩人あやとのみならず、他女性陣3名から向けられる似たような視線に耐えれなかったらしい。

 ここまでのやり取りを無かったことにして、ビクトリアは淡々と話し始める。

「『鬼ケ原おにがはらオリアナ』――10年前にこの辺りで行方不明となった子供の名前です。地球こちらでは行方不明のまま未解決事件となっていますが、恐らくその子だと思われる意識不明の身体を異世界に見つけました」


「もう見つけたのか、仕事が早いな」


「そうですね……まぁ正確を期すなら、異世界庁が以前から把握していたものの、公にはせず“非公表にしていた情報”となります。10年前の行方不明者と、異世界で意識不明になっている人物は大体把握していたみたいですね」


「何それ、どういうこと? どうして異世界庁は隠してたんですか?」といちごがすぐさま反応。

 コレは彩人あやとも全く同じ意見であり、その答えをビクトリアに求める。


「それ、行方不明者の家族にも隠してたのか? だったら物凄くタチが悪い話だが……」


「いえいえ、流石にご家族には極秘裏に話していたみたいですよ。ただ、異世界庁としても“それ以上はどうしようもなかった”みたいですね。意識不明の身体に魂を――魂魄こんぱくを戻す方法を探してはいるみたいですが、如何せん地球に残された魂魄こんぱくと遭遇する事自体が極めて稀の様です。その意味で、我々はある意味ラッキーだったとも言えますが、コミュニケーションが取れなければどうしようない、というのが現状です」


「う~ん、難しいな。俺達にどうこう出来る話じゃないってことか?」


「今のところはそうかもね」

 眉根を寄せて、兎衣ういが難しい表情を作る。

「同じ異世界に飛ばされた身としては何とかしてあげたいけど、異世界庁が10年答えを出せていない問題をボク等にどうこう出来るとも思えない。その魂……魂魄こんぱくだっけ? やしろで見かけて彩人あやとがコミュニケーションを取ろうとしたけど、結局は会話も出来なかったからね」


「あら、私が昼寝中――じゃなくて、仕事中にそんなことがあったんですか」


「「「………………」」」


 再び全員がシラけた視線を向けるも、それを受けるビクトリアは知らん顔。

 これ以上責めたところで得られるモノも無いと、彩人あやとはビクトリアからダークエルフの少女に視線を移す。


「なぁエリス、お前の“魂乃炎アトリビュート”で何とかならないか? 魂魄こんぱくと会話したり、何なら触れたり出来るとありがたいんだが」


「無茶を言うな、アタシの“トラブルメーカー”を何だと思っているのだ? そんな便利な“魂乃炎アトリビュート”じゃないのだ」


「まぁまぁ、そこを何とか」


「何とか出来ないから“トラブルメーカー”なのだ。アタシを便利に使おうたってそうはいかないのだ」


 エッヘンと、何故か誇らしげにエリスが胸を張った直後。


(うッ!?)


 彩人あやとの額にある“星形のあざ”がうずく。

 そして――人影スーッ


「「「ッ!?」」」


 テーブルの上に真っ黒い人影が現れた。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)」も是非。

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