44話:凍結 ~ トイレの付き添い ~

 リビングスペースでの就寝中、ふと目覚めた彩人あやとの目前に“薄暗い顔”があった。

 当然のように「わッ!?」と驚いた彩人あやと

 その口を手で塞いだダークエルフの少女が「しぃ~」と人差し指を立てる。


「静かにッ、大声を出すと皆起きるのだ」


(……エリス?)


 草木も寝静まった夜中に一体何事か。

 眠気を我慢しつつも彩人あやとが話を聞くと――


「……トイレ行きたい」


「トイレ? 行きたいなら行って来ればいいだろ」


「一人じゃ無理。お化けが出るかも知れないのだ」


「あ~、付き添いが欲しいってことか。ビクトリアさんは?」


「ビクトリアは起きない。一度熟睡した、朝まで目を覚まさないのだ」と言ったエリスの傍で。



「うへへ……エリスお嬢様、そこは駄目ですよ~。むにゃむにゃ……zzz」



「……なるほど、これは起きそうにないな」


 世話係:ビクトリアがどんな夢を見ているのか気になるが、生憎と夢の中を見る手段を彩人あやとは持ち合わせていない。

 気になる夢の内容については朝になったら聞いてみるとして。

 他の女性陣を差し置き、わざわざ異性である彩人あやとに付き添いを頼むのはどういった事情だろうか?


「何で俺なんだ? 付き添いなら兎衣ういいちごが適任だろ」


「ウイ姉様ねえさまはお化けが苦手だし、イヌガミイチゴも頼りにならない。付き添いなら、お化けを怖がらない人がいいのだ。それで恥を忍んでまで貴様に頼んでいるのだぞ? 光栄に思うがいい」


「随分と偉そうだな……まぁ別にいいけど」


 ここで断るほど彩人あやとの器も小さくない。

 自分を敵視する少女の為に彼が「よいしょ」と立ち上がると、パジャマの裾をギュッと掴む小さな手に気付く。

 どうやら本気で幽霊が怖いらしい。


「――俺のこと、嫌いじゃなかったのか?」


「き、嫌いに決まってるのだッ」


 指摘を受け、反射的に手を放したエリスだったが、その姿勢は少し内股。

 彩人あやとはポリポリと頭を掻き、エリスの手を強引に掴む。


「ほら、行くぞ。付いて来い」


 これ以上揶揄からかうのは流石に悪いと、彼女の手を取って歩き始めるも、トイレに行きたい筈のエリスが何故か動かない。

 握られた手をマジマジと見て、怪訝な顔を彩人あやとに向ける。


「おいアカバネアヤト、コレは一体何のつもりだ? 何処の誰が手を繋いでいいと言った?」


「え? いやほら、暗い中ではぐれたら困るだろ」


「逸れる様な距離じゃないのだ。やっぱり貴様……ロリコンというやつなのか?」


「……人の親切を何だと思ってやがる」


 エリスが不安そうだったので手を繋いであげたらコレだ。

 相変わらず反応に敵意を感じるも、だからと言って無理やり解かれることが無かったのは、彩人あやとのお節介が「的を得ていた」結果か。


 そんな短い会話の時間で、あっという間に1階のトイレに到着。

 中の電気を付け、扉を開けて、エリスをトイレに送り込んだら前半戦が終了――だと思ったのに。


「……おい、扉を閉めろよ」


「し、閉めたら怖いのだッ。貴様はそこに立っているのだ」


「えぇ~、マジで言ってるのか? 本当に扉を開けたまま?」


「開けたままにしないと、怖くてオシッコ出来ないのだ。貴様みたいな奴でも、姿が見えないと怖いからそこに居るのだ」


「マジかよ。俺にそんな趣味は無いんだけど……(仕方ねーなぁ)」


 相手が子供なのでギリギリセーフ――否、余裕でアウトな気がしなくもない彩人あやとだが、望まれたのだから仕方がない。


(こんな場面はいちご兎衣ういには絶対見せられないな……)と思いつつ。


 彩人あやとがジッとのトイレの中を眺め続けるも、パンツに手を掛けたエリスはその手を一向に降ろさない。


 そのまま数秒。

 不思議な時間が流れた後、エリスの顔が朱を帯びる。


「は、早くアッチを向くのだ!! 何故こっちを見ているのだ!?」


「え? あぁ、別に見てる必要は無いのか」


「当たり前だッ。普通に考えたらわかるのだ!!」


「いや、そもそもコレが普通の状況では……まぁいいや」


 エリスの我慢もそろそろ限界に近いだろう。

 これ以上は反論せず、彩人あやとは後ろを向いて両耳に手を添えた。


「とりあえず耳は塞いでおくから、音姫も使ってさっさと済ませてくれ。……あー、そう言えば音姫はわかるよな?」


 振り返りクルリ



「「あっ……」」



 確認の為に振り返ると、中腰になってパンツを下ろたエリスと視線が交錯。


 結果、凍結フリーズ

 互いに2秒程停止し、エリスが悲鳴を上げようとした――そのタイミング。



 人影スーッ

 彩人あやとの背後を真っ黒い人影が通過する。



「ひぃっ!?」


 エリスが悲鳴を上げ、顔を真っ青にして彩人あやとに抱き付いた。

 逆に、抱き付かれた彩人あやとは理解不能。

 彼の視界には人影が映らず、パンツを下ろしたエリスが急に抱き着きていた謎の状況となる。


 このままの状況で事態が止まれば「被害」は被らなかったが、生憎と事態は悪い方向に進んでしまった。


「おい、急にどうしたエリス……って、何か脚が冷たいんだけど……」


 自分の脚に嫌な予感がするも、脚を確認するよりも先にエリスの顔が映る。

 その顔は非常にしかめっ面で、だけど怒りではなく「泣き」を我慢している表情は、直後に決壊。


「……ぐずッ、ヒック……うぅ、うわぁぁああ~~ん」


「あーあー、もう、泣くな泣くな。ほら、とりあえずトイレで“やり直せ”」


 泣きじゃくるエリスを抱き上げ、無理やり便座に座らせて。

 自分は一旦トイレから出ようとするも、そんな彩人あやとのパジャマをエリスがギュッと掴む。


「い、行っちゃやだ……」


「……わかったよ。とりあえずここに居るから、終わったら言ってくれ」


 音姫のボタンを押し、トイレをうながしてから後ろを向く彩人あやと

 彼は人影を見ていないので何が何だか訳が分からないが、状況的にエリスが「見た」であろうことは容易に想像が付く。


(俺の後ろを幽霊が通ったみたいだな。やっぱこのログハウスには“居る”みたいだけど――まずは幽霊よりも、何とかしなきゃいけないのは“エリスのお漏らし”だ)


 被害を被った脚を洗って、その二次災害を受けた床を吹いて、元凶であるエリスは風呂に入れ直しが必要だろう。

 温泉は吹雪で寒そうなので、室内のシャワールームを使用するのが現実的なところだが、その際「怖いから一緒に」などと言われても困るので(流石にそこまでは言わないだろうが)、女性陣の手を借りるのが最善手。


 ここまで考えたところで音姫が消えた為、彩人あやとは背を向けたまま話しかける。


「着替える前にシャワーを浴びた方がいい。いちご兎衣ういを起こすけど、それでいいな?」


「ま、待った。二人を起こすのは辞めて欲しいのだ」


「何でだよ? 1人じゃシャワーも怖いだろ」


「でも、こんな恥ずかしいこと他の皆に知られたくないのだ。13歳にもなってお漏らしなんて……ぐずッ、ウイ姉様ねえさまのお嫁に行けなくなるのだ」


「………………(どちらにしろ嫁には行けないのでは?)」


 内心でそう思ったものの。

 以前、兎衣ういは『ハーレム制度』の話をしていたし、同性婚が認められる時代に移り変わりつつあるのは事実。

 エリスの願いも決してあり得ない話ではないし、そもそも“本気で想っている”彼女の考えを尊重しないのは、男以前に人としてどうかという話だ。


「わかった。そこまで言うなら起こさないでおくが……しかしお前、さっき幽霊見たんだろ? 一人でシャワー浴びれるのか?」


「そんなの無理に決まってるのだ。だから貴様は手を縛って、目隠しもして、アタシの近くに立ってるのだ」


「えぇ~……そこまでしないと駄目か? 近くにいればいいなら、後ろ向いて立ってるだけでもいいだろ」


「駄目だ。ロリコンは信用出来ないのだ」


「………………(ぶっ飛ばしてやろうかコイツ)」


 幽霊への恐怖が会話している内に薄れて来たのか

 お漏らしの恥ずかしさも一周回って振り切れたのか。

 調子に乗ってきたエリスの発言で噴き出す怒りをグッと堪え、「ふぅ~」と大きく深呼吸。 


「――今の発言、街中では決して口にするなよ?」

 

 ぶっ飛ばす代わりに、貴重な提言を送るに留めた彩人あやとだった。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)」も是非。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る