13話:脅迫① ~ ダークエルフの少女:エリス登場 ~

「ん……ここは?」


 霧中の如きおぼろげな頭で、赤羽あかばね彩人あやとまぶたを開くと――“見知らぬ光景”。

 どうやら何処かの「廃倉庫」らしく、割れた窓ガラスから差し込む浅い光が、ガランとした倉庫内を漂う埃を鮮明に浮き上がらせている。


(俺は、何でこんな場所に……あぁそうだ。玄関を開けたら、急に眠気が襲って来たんだ)


 状況的に、何者かによって意図的に眠らされたのは明白。

 そしてこの廃倉庫に運ばれ、今は“パンツ一丁の姿”で、両手を縛られた状態で柱に括り付けられている。


「――ようやく目覚めたか」


「誰だ!?」


 慌てて振り向くと、残された廃材の上に脚を組んで座る少女の姿が――それも、“褐色の肌を持つ異様に耳の長い少女”がいた。

 薄暗い倉庫内に差し込む茜色の陽光を受け、銀色の髪が黄金の如くキラキラと輝いて見える。


「お前は……エリスか?」


「ほう、アタシのことを知っているのか」


「あぁ、ちょうど記者会見を見てたからな」


 彩人あやとが気を失う前、『異世界庁』のテレビ会見に出ていた“ダークエルフ”の少女。

 兎衣ういの話では13歳という話だったが、肩もお腹も太腿も大きく露出した衣装を着ており、幼い身体つきながらも妙な色気を放っている。


(子供の割に大胆な服だな……いや、子供だから大胆なのか)


 異世界ではコレが普通なのかも知れないが、東京の街中に居たら少々浮いてしまう恰好なのは間違いない。

 ただ、彩人あやとが心配するべきは彼女の衣装の露出度よりも「今の状況」と、更にはその手に持たれている「鞭」の方か。


「……おい、人様を攫うだけじゃ飽き足らず、パンツ一丁にして拘束するのがダークエルフの礼儀か? その鞭は何のつもりだ」


「何のつもりかは、会見を見ていたならわかるだろう。アカバネアヤト、ウイ姉様ねえさまから手を引くのだ」


「手を引くって、それは具体的にどういうことだよ」


「チッ」

 苛立ちを隠さぬ舌打ちの後、ダークエルフの少女:エリスは「ギロリッ」と彩人あやとを睨む。

「これ以上、アタシのウイ姉様ねえさまに関わるな。今この場で、二度とウイ姉様ねえさまに近づかないと約束するなら、何もせず大人しく解放してやる」


(――あぁ、そういうことか)


 今の脅迫(?)で大まかな流れは察した。

 察したからこそ、彩人あやとは「はぁ~」と溜息を吐く。


「全く、子供のくせにえらく大胆な行動に出たな。ウチに来た宅配の男はお前の手下か? 結構な名家だって話を兎衣ういから聞いてるから、使用人でも使って俺を攫わせたんだろ」


「だから何なのだ。必要な策を講じる為に必要な駒を動かしただけのこと」


「いやいや、子供の遊びに大人を巻き込むなよ。お前がやってること、異世界じゃどうか知らねーけど、この日本じゃ普通に犯罪だぞ。兎衣ういが知ったら怒るんじゃねーか?」


「そのウイ姉様ねえさまの目を覚まさせる為だ。今のウイ姉様ねえさまはお前にかどわかされているに過ぎない。ウイ姉様ねえさまの目を覚ますには、お前と引き剥がす必要がある。その為なら、アタシはどんな手段も問わない」


「それで俺を誘拐して、兎衣ういに近付くなと脅すのか? 発想もヤバいけど、そのヤバい発想を実行に移す行動力はもっとヤバいな」


「黙れ!! お前のせいでウイ姉様ねえさまはいなくなったのだ!! お前さえいなければ、ウイ姉様ねえさまはきっとアタシの方を向いてくれる!!」


(おっとこれは……思ってたより重症だな)


 このエリスというダークエルフの少女、彩人あやとの予想以上に兎衣ういに対する情が深い。



『ちょっとボクのことを“慕い過ぎている”節があってね』



 確かに兎衣ういはそう言っていたが、まさか誘拐して脅す流れは想定外。

 起きて早々に頭を悩ませる羽目となったが、ともあれ状況把握は必須だろう。


「お前の言い分はわかったけど、とりあえず俺が気を失ってからどんくらい経ってるか教えてくれ。いちご達に連絡しないと流石に心配される」


「ふんッ、それなら問題無い。昨日お前を攫ってすぐ、お前のスマホコレで連絡を入れておいのだた。“数日家を空ける”とな」


「あ、俺のスマホ……返せよ。ってか解放してくれよ」


「解放して欲しければ、今すぐこれにサインをするのだ」


 言って、エリスが掲げた一枚の紙。

 一番上に「誓約書」と書かれたその紙には、次の文言が記されていた。



『私、アカバネアヤトは、二度とウイ姉様ねえさまに近づかないと約束します。約束を破ったら死にます』



「………………」

 しばし無言の後、彩人あやとは「いやいやいや」と首を振る。

「こんな命がけの契約書にサインなんかする訳ないだろ。ってか、そもそもこんなのにサインしても無駄だ。仮に俺が近づこうとしなくても、向こうから俺に近づいて来るし」


「ッ~~気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!! まるでお前がモテてるみたいな台詞を吐くな!! ――それだったらッ、貴様がウイ姉様ねえさまを遠ざければいいだろう!! ウイ姉様ねえさまに『お前が嫌い』だと言え!!」


「う~ん、それはちょっと無理だな。兎衣ういは俺の義妹いもうとで、命の恩人で、大事な家族だ。それにあんなストレートに好意を向けられたらさ、嘘でも『嫌い』とは言えねーよ。実際、嫌いな訳ねーし」


「で、でもッ、お前には他に女が居るのだろう!? ウイ姉様ねえさまが言ってたぞ!!」


「あぁ、幼馴染みで大好きな彼女がいる」


「ならッ、ウイ姉様ねえさまは要らないだろう!? ――おいッ、誰が要らないだと!? もういっぺん言ってみろッ、この女ったらし糞野郎が!!」


「えぇ……お前が自分で言ったじゃねーか。勝手に一人で盛り上がるなよ、付いていけねーって」


「うるさい!! こうなったら力づくなのだ!!」


 バチンッ!!

 彼女が鞭を振るい、コンクリートの床が痛々し気な悲鳴を上げ、跳ね返った鞭の先端が――


「あたっ!?」

 

 ――エリスのおでこを直撃した。

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