頼義、摂津にて再び鬼に相見えるの事(その一)

とぼとぼと山陰道を帰京する鬼狩り紅蓮隊の一行は重い沈黙に包まれていた。


丹波国にて茨木童子を名乗る鬼に遭遇したこと。その鬼から丹波国府が壊滅し役人たちが皆殺しとなり、文字通り鬼の餌食となっていると知らされたこと。その茨木と相対して全く歯が立たず、命からがら国境まで引き返してきたこと。その様々を思い返すたびに一同は怒りと屈辱とに苛まれ、いっそう空気が重くなるばかりであった。


都へようやく帰参し、事の顛末てんまつを兵部省に報告するために参上すると、省内ではすでに丹波国で起こっている変事への対応で上を下への大騒ぎとなっていた。


この時点で把握している情報としては、丹波国府が謀反人どもの手により焼き落とされ、国司たいらの維敍これのぶ卿ほか多数の生死が不明となっていることと、丹波国内は完全に孤立状態であり、隣接する但馬、摂津、播磨いずれからも進入を阻まれているということぐらいであった。


謀反人の正体は未だ判明していない。頼義は兵部省の長官に謀反人の正体が茨木童子を名乗る「鬼」の軍勢であることを進言しようとしたが、傍にいた坂田金平によって止められた。



「コイツはの仕事じゃねえ、人外の化物どもの相手は陰陽寮の……いや、の役目だ」



そう言って金平は「でも……」と言いかけた頼義の言葉も無視してさっさと兵部寮を引き上げた。


それからというもの、紅蓮隊一同はずっと陰陽寮の一室でこれから先の指針もな見えずに引きこもっていた。常日頃から魔性のものと戦うための修練を重ねてきた。実戦経験も積んできた。いかな悪鬼羅刹の類であろうと決して遅れを取ることはない。そう自負してきた金平たちであったが、その自信はたった一人の鬼女すら傷一つ負わせられなかったという無情な現実に脆くも打ち砕かれた。真の鬼と人との間にはこれほどまでの力の差があったとは……!今まで自分たちが相手にしてきたものなどは、ほんの末端の使い魔程度に過ぎなかったのだ。それでもいくらか魔物たちに対する備えがあった自分たちである。それがこのザマだったのだ、その他兵部省傘下の「普通の」兵士たちでは到底太刀打ちもできまい。


状況は何一つ好転の兆しも伺えなかった。あの鬼に対抗する手段は何かないものかと、わずかな頼みに期待していた陰陽博士安倍晴明は折悪しく帝の伊勢ご行幸の随身ずいじんとして都を離れていた。相談する相手もなく、ただ寮内に納められている文献や古文書を季春や竹綱とともに漁ったり、比叡山や春日大社などにも連絡を取って何か魔を払うための良い手立てはないか探ってはみたが、いずれも徒労に終わった。その間金平は瞑目して一歩も動かず、貞景もただ黙ってひたすら薙刀を振るっていた。


進展のないまま幾日かが過ぎたところで兵部省の方で動きがあった。太政官はようやく丹波国における異変を謀反人による騒乱と認め、軍を編成してこれの討伐に向かうという旨の宣旨が下されたのだ。それを聞いて頼義たちも



「このまま手をこまねいていても仕方あるまい、ここは一軍に加わりまずは一働きして、その後のことはまた改めて考えよう」



という結論に至った。



「えらく脳筋な発想ですなあ」



と季春が自虐的に笑う。頼義としても最善の策とは言いがたいのは百も承知だった。しかしただこのまま何もせずに無聊ぶりょうをかこっていてもただ士気が下がるばかりである。金平たちのためにも、ここは拙速と言われようが何か一つ行動をして見せる必要があった。


ところが、兵部省に参集した軍団を見て頼義たちは絶句した。軍団といってもその数はわずかに二百人足らず、しかもそのほとんどが実戦経験もない衛士小隊の若い連中で構成されていた。それを見た頼義はすぐさま指揮官とおぼしき人物に進言したが、指揮官は笑って



「なに、謀反などと言ってもおおかた現地の舎人とねりどもが不平を言って国司殿たちを監禁してでもいるのであろう。まことけしからぬ所業ではあるが、この者たちの実地訓練にはちょうど良かろう。まあいざともなれば後ほど本隊を投入すれば良いだけのこと、そなたのような跳ねっ返りの女子おなごに指図される筋合いなどないわ」



などと取り合わない。



莫迦ばかな、戦力の逐次投入なんて下策もいいところじゃないか、わざわざ殺されに行くようなもんだ!」



竹綱が息を荒げる。困ったことにお上はこの件に関してまるで危機感を持っていない。承平天慶の乱よりこのかた、まとまった軍勢による戦など見られなくなったこの平安の御代である今、都の軍事規律はここまで緩みきっていた。


あまりにも事態を甘く見過ぎている。頼義はなおも戦力の増強と自分たち「鬼狩り紅蓮隊」の合流を願い出たが、指揮官は



「不遜である、これは太政官直々の命令であるぞ、そなたのような女子供が口出しするとは言語道断」



そう断じてまるで耳を貸そうとはしなかった。頼義はそれ以上何もなすすべもなく、ただ物見遊山気分で丹波国へ向かう討伐軍を見送るばかりであった。

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