紅蓮隊、「敵」と遭遇するの事(その三)
「
鬼の名乗りを受けて渡辺竹綱が絶叫した。茨木童子!その名は当然頼義も聞き知っている。二十年前、ここ丹波国大江山に鬼の一大王国を作り上げ、朝廷に対して真っ向から反逆した大謀反人である。その勢いは一時平安京の間近にまで及び、辛うじて竹綱の父である渡辺綱率いる摂津渡辺党の軍があの羅城門の手前で押しとどめ、綱と茨木童子は壮絶なる一騎討ちの末、綱が茨木の片腕を斬り飛ばしてようやく退却させたという。
茨木童子はその後大江山に潜入した源頼光と四天王の襲撃により討ち取られたとも、綱の母に化けて斬られた片腕を取り戻し、何処へと消え去ったとも噂されていた。
その茨木童子の名を、眼前にいる女は名乗った。傍目には二十歳を越えているとも思えぬ若さである。しかし……
「茨木童子とな……?あの羅城門の鬼の
頼義の質問に鬼は
「所縁も何も、
そう言いながら、茨木と名乗った鬼は自ら斬り殺した馬の前脚を無造作につかむと、まるで庭の雑草でも引き抜くかのように易々と引きちぎった。そしてまだ血の滴る腿の肉をその大口でかぶりついた。
「!!」
驚愕する一行を尻目に、口元を血と脂にまみれさせながら鬼は語った。
「不調法で失礼。アタシらはどうにも腹もちが悪くてねえ、こうしてひっきりなしに何か食べ続けてないともうどうにもならないのさ。だから……」
プッ、と軟骨を吐き捨てながら茨木は続けた。
「
その言葉を言い切らぬ内に坂田金平が剣鉾を叩きつけた。
「みなまで言う必要もねえ。お前が茨木本人でも他人でも構わねえ、お前は殺す」
金平は再び怒りに任せて剣鉾を薙ぎ払う。茨木は難なく持っていた馬の大腿骨を棍棒がわりに使って金平の剣戟を受け流し、ふわりとまるで重みなどないかのような軽やかさで宙を舞った。それでも紅蓮隊の四人はすかさず間合いを詰め、囲みから逃さない。
今回は非戦闘員の卜部季春も囲みに加わり、白鞘の短刀と護符を持って構えている。頼義も囲みの外から様子を伺いつつ、いざ茨木が囲みを突破しようとしてもすぐに逃げ道をふさげるように腰を落として待ち構える。
足がわなわなと震える。鬼を目の前にした恐怖以上に、今この鬼が告白した事実に対し、頼義は視界が赤くなるほどの怒りをおぼえていた。
「人を、人間を食らったと言うのか貴様ぁ!!」
頼義は吠えた。茨木は涼しげに
「当然」
と答えた。
その一言を開戦の合図としたかのように竹綱と金平が斬りかかった。茨木は二方向からの攻撃を右手の鉤爪一本で受け止め、力まかせに押し返した。力自慢の金平が思わず後ずさる。なんと言う怪力!しかしそのわずかに見せた隙を狙って貞景が小薙刀を雷鳴のごとき神速で打ち込んだ。
薙刀の刃は茨木の振り上げた右腕のわきに食い込んだ。これ以上ないと言うほどの正確さで貞景の一撃は鬼の急所を突き、致命傷を与えたはずだった。にも関わらず茨木は全く怯むことなく左手で薙刀の柄を握ると、貞景に劣らぬ神速でそれを引きつけた。貞景は小薙刀を握ったまま足をつんのめらせてそのまま茨木の胸元まで一緒に引き寄せられる。その貞景の首筋を茨木の牙が待ち構えていた。
「!!」
あわや喉笛を噛みちぎられるその寸前、鬼の口元めがけて季春の放った護符が殺到してその大きな口腔を護符で埋め尽くした。
「ナウマリ サンマンダ ボダナン オン マカカラヤ ソワカ!!」
季春が高速で真言を唱えると、手にした護符はひとりでに折り曲がって鳥の形に変化し、次々と茨木めがけて矢のように突撃して行く。
完全に護符で顔をふさがれながらも、茨木は全く意に介さずなおも貞景めがけて鉤爪を振るう。貞景がようやく距離を離した頃、茨木も顔にまとわりついていた護符を引き剥がした。先ほど貞景が打ち込んだ後にはかすり傷ひとつない。
「無駄だよ、無駄無駄、まるで無駄。何匹雑魚どもを狩ってきたのか知らないけどねえ、アタシを他の鬼どもと同じにするでないよ。炎に焼かれることもなく、いかなる金鉄も我を貫くことかなわじ。アタシを殺すだあ?否、死ぬのはお前、お前たちだよ」
そう言い放つと、茨木童子が攻勢に転じた。四方八方まるで構わず、さながら竜巻のように鉤爪を振り回しながら周囲の木々を薙ぎ倒し、岩を砕き、地面を切り裂いた。あの精強無比な「鬼狩り紅蓮隊」の面々が、まるで子供扱いされている。竹綱は吹き飛ばされ、貞景は薙刀を折られ、金平は襟首を掴まれて喉首を締め上げられた。
「金平どの!!」
頼義が叫ぶが、金平には届かない。
「ぐ……このお……!」
必死にとき解こうとするが、金平の巨体を茨木はその一見華奢にすら見える細腕で軽々と持ち上げた。
「ぐおおおおおおお!!」
金平は苦しみながらも浮いた両足をなんとか振り上げて、渾身の力を振りしぼって地面に叩きつけた。反動で金平の首がさらに締まる。目の前に火花を散らしながら、それでも金平はその勢いを利用して茨木を放り投げた。普通なら熟した果実が爆ぜるかのように頭蓋を砕かれるほどの勢いで地面に叩きつけられた茨木は、それでも平然と受け身をとって、まるで鞠が弾むかのように軽々とトンボを切って体制を整えた。
「ほほほ、少しは骨があるじゃあない。お前の肉はさぞ美味かろうなあ」
茨木が舌なめずりする。勇猛果敢な金平でさえ、この女のどす黒い妖気に背筋を凍らせた。
「死ね」
茨木童子がとどめの一撃を振りかざした。
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