第11話 廃村の謎
村はほどなく見つかった。
いや、村だった場所──というべきか。たった十年前まで住んでいたはずの村はいまや人っ子ひとり見受けられず、時刻は昼間だというにどこか薄暗く、村内は静謐な冷ややかさを湛えていた。
中はそれほど広くない。いくつかの地区で構成されているが、全体を見て回ってもざっと三十分もかからないくらいだ。村内を見た感じは、いずれの場所も人の気配はおろか猫の子一匹見かけることはない。耳がいいらしい藤宮でさえ「こりゃあいい静けさだ」と皮肉交じりに言うほどに。
点在する邸宅はどこも廃屋と化し、十年前まで人が住んでいたとはおもえない荒廃ぶりだった。
泰全はショックを隠せない。
曲りなりにもここで生まれて十二年過ごした場所である。それがまさか、これほどまでに朽ち果てているとは──。
「畳があがっている」
浅利がつぶやいた。
ひょいと廃屋内に首を突っ込んで、内部の様子をさぐっている。つられて覗くと彼のいうとおり腐敗した畳が部屋の隅に立てかけられていた。一歩踏み入れるも足場がわるく先へ行くのははばかられた。
「いったい何があったんだろう」
「可能性としてまず考えられるのは、過疎化による集団移住かな」
「集団移住?」
泰全は浅利を見た。
「うん。槙田くんから聞くかぎりでも、当時からずいぶん過疎化が進んでいたようだし村人から行政に声をかけたとかね。これほど山奥だと、災害時の支援も受けづらいし。行政的にも妥当な申し入れだと判断された可能性はある。宮崎県の寒川集落なんかはまさしくそういう理由で廃村になったんだ」
「はあ。なるほど──でもこんなにいろんなもの残して行っちまうものかな」
「実情はわからないけどね。それにしてもずいぶんボロボロになるんだなあ」
と言って天井部を見上げる浅利のうしろで、黒須景一がずかずかと廃屋のなかへと踏み込んでいく。
「家ってのは、人が住まなくなった瞬間から死んでいくんだよ。十年だれも住まなきゃ朽ちもするさ。さてどうしたもんかね。こんだけ荒廃していりゃお目当ての祭なんてやってなさそうなもんだけど」
「祭の主催は神社の神主です。社ごと移住したわけじゃないなら、神社に行けばいろいろ祭の文献とかが残ってるかもしれません。なにせオレも小さいころにいたっきりだから、そういう深部みたいなのはよく知らないんでちょっと気になるかも」
「ふうん」
と、藤宮は廃屋の鴨井に腕をかけた。
こちらを見下ろす彼の瞳は、同い年とはおもえぬほど艶っぽい。
「だったらそれは将臣とタイゼンくんに任せよう──僕とケイくんはイッカたちをさがす」
「そいつはいい。が、別行動するなら連絡を取れるようにしたいけど──圏外だぞ」
「問題ないね。僕の耳がある」
「一方通行の連絡手段か。まあ、しょうがない。景一さんと恭なら」
浅利がちらとふたりを見比べる。
「不穏分子の方が逃げていきそうだ。ケガだけは気を付けて」
「ひっかかる言い方だがその通りだね。わかった、そっちも何かあったらすぐに声をあげてくれよ。恭太郎の耳がキャッチするから」
といって、黒須はにこにこ笑いながら廃屋の外に出た。
浅利はフッとわらって、
「それじゃあのちほど。槙田くん、神社の場所はわかる?」
泰全に顔を向ける。
分かる──ような気がする。ここに来るまではほとんど忘れた状態だった記憶が、村内を歩くうちに様々な情景がよみがえってきている。子ども時分の記憶は、いくつ年老いても鮮明に残っていると聞いたことがあるが、あながち間違いではないらしい。
村の様相はだいぶ変わったが、方角ならばなんとなく見えている。
「朧気だけど、こっちだと思う」
「おうい、タイゼンくん」
ふいに背後の藤宮から声掛けがあった。
「そいつは恐ろしいほど方向感覚がないのだ。ぜったいに先導させないように」
「恭。うるさい」
「こ、心得ました」
泰全は苦笑した。
────。
残された神社は、ほかの邸宅に比べると比較的きれいに残っていた。
廃村となったいまでも関係者が手入れに来ているのかと思ったが、となりの蔵はひどく傷んでおり、中には貴重であろう文献文庫などもボロボロの手付かずのまま放置されていた。なぜこんな、夜逃げのようなかたちを取ったのだろうか。自分が村を出てからいったいなにが──。
と考える横で、浅利が動いた。
蔵内の文献量を見たとたん、目を輝かせて中へ踏み入ってゆく。
外壁がわずかに崩れているが、造り自体は頑強そうだ。崩れる心配はない、と信じたい。
すごいね、と浅利は棚に収まった書物を手に取り、躊躇なくページをめくる。
「お祭りどころか──村の歴史についての文献もある。寛喜の大飢饉についての記述までありそうだぞ……」
「カンキノダイキキン?」
「鎌倉時代、異常気象によって全国的に大飢饉が発生した数年間があったそうだ。前に四十崎先生が仰っていたけれど、この辺りもかなりやられたらしいね。村史を読むかぎりでも──村人の半数以上が飢饉によって命を落としたとある。なるほど、この大量死が鎮魂祭の大元由来なんだな。でもそこから時が流れて、この村で亡くなられたご先祖や仲間たちへの弔いのため──と、動機がシフトチェンジしていったと」
「つまるところ、先祖供養ってこと?」
「そうだね。神道の考え方では、人は亡くなったら山に還って我々子孫を見守る御柱となるという。ここの御神体は裏の山のようだから、みなご先祖たちはあの山にいると考えられていたんだな」
と言いながら、浅利のページをめくる手は止まることを知らない。解説をしながらよく本の中身が頭に入るものだ。泰全は感心半分と呆れ半分が入り混じった気持ちで、浅利の話に耳を傾けた。
話題は祭のさなかに披露される『緖結び神楽』に移行している。
「人の魂は転生する──この意識を前提とした村人たちは、緖結び神楽を舞うことで、ご先祖たちがふたたびこの村に新たな身体を持って生まれ出ることを祈願した」
「へえ。そこんとこの背景とか、まったく知らなかったから──こんな数年も経って知ることになるなんてふしぎな感じだよ」
「あくまでおれの憶測だけどね。この村に村長さんというのはいたの?」
「村長──」
と呼ばれる人間がいた記憶はない。
村のことで何かあると、たいていこの神社のとなりにある集会所に老人たちが集まって、神主を中心に会合がおこなわれていたのは見たことがある。泰全も一度、祖母に連れられてその話し合いに参加した。参加といっても話の内容なんてわからないから、ほかにちらほらと集まった子どもたちで固まって、神社境内で鬼ごっこをしていたのだが。
「村長的立場にいたのは、たぶんここの神主だったんじゃないかとおもう。村のなかじゃ一番大きなお屋敷だったし、みんななにかとここに相談事を持ってきていたから──」
「なるほどね。神主一家が代々村を取り仕切っていた、と。でも人々が集まってきたというなら嫌われていたわけじゃなさそうだな」
「ああ、慕われていたとおもうよ。小学生から見た印象にすぎないけど。でも神主のおっちゃんもすごいやさしくて、当時オレたちけっこうやんちゃもしたもんだったけど、いつもやさしく叱って、最後にはお菓子くれてさ。オレも好きだったなあ」
「槙田くんと並木くんが、やんちゃ? いまの姿からだとあまり想像つかないね」
浅利がふっとわらった。
馬鹿にするでもなく、慈愛のこもった笑みに泰全はおもわず口ごもる。そんなこちらをよそに、なおも書物を物色する浅利の目線がひとつの書物にとまった。
「神隠し──」
「えっ?」
ドキリ。
胸が跳ねた。
こちらの動揺を知ってか知らずか、浅利は書物を手に取り中身を見る。
「鎮魂祭では時折、神隠しが起こるのか?」
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