第6話 ロケハン

 ふたりは飲み友達らしい。

 年齢は一回りちがうそうだが、研究テーマが近いこともあってよくふたりで話すところを見かける。草臥れたヤカラに見える四十崎と、穏やかという言葉が服を着て歩いているような穂積とでは一見合わなそうに見えるものだが──やはり根っからの研究者という気質は大きいのだろう。

 将臣はウーロン茶を頼んだ。

 どうやらこちらの大食いについては教授陣のなかでもすっかり有名らしく、将臣がメニューを手に取ることはゆるされず、四十崎が適当に、数点のつまみやおかずを注文していった。

「君に任せたら俺の薄給がぜんぶ飛ぶ」

「失礼な。TPOくらいわきまえますよ──それよりこの店、静かでいいですね。居酒屋って感じしなくて」

「ここね、定食も多いからノンアルコールの客も多いらしいよ。二年生とかはちらほら見かけたことあるんだ。ああほら、あそこにもうちの学生が」

 と、穂積が指さす先を見る。

 見て、おどろいた。つい今日の昼に会ったばかりの顔。槙田泰全と並木剛である。


 ────。

 なんてこった、とは言わないが、顔には出ていたかもしれない。

 おういと呼びかけられた気がして、何の気なしに周囲を見渡すとまさかのひとつ卓を挟んだ向こう側に見知った顔がいたのである。四十崎准教授、穂積教授に浅利将臣──。

 私はおもわず対面に座る泰全を見た。

 彼もまた困惑の顔をしていると思ってのことだが、意外にも無表情で向こうを見つめている。私ひとりでどう反応を返すべきかと口ごもっていると、四十崎がさっと立ち上がりこちらに歩み寄ってきた。

「ややっ、こんなところにフレッシュな若者がふたり」

「あ、四十崎先生──酔ってます?」

「なに言ってるんだ。まだ注文したばっかりで酒のすがたも見てないよ。ちょうどいい、となりの卓が空いていることだし我々がひとつずれよう。ねえ穂積先生」

「そうしよう!」

 快諾しながら、すでに荷物一式をとなりに移動させる穂積のかたわらで、浅利が酒を運んできた店員に席移動の件について応対している。昼にご飯をともにしたときにも感じたことだが、彼は何かと対人折衝に駆り出されることが多いらしい。家が寺だというから、きっとそういうことは得意分野なのだろう。

 彼らは席につくも早々に、四十崎ゼミについて話を始めた。

「さて、つよしくん。君どうだった?」

「え? どう、とは」

「うちのゼミについてさ。楽しくやっていけそうかね」

「ああ──まあ、幸いに泰全もいるし。あのふたりも悪い人じゃなさそうだし」

「ハッハッハ。そりゃそうだ、決して悪かぁない。悪かぁないが多少刺激的ではあるかもしれないな」

「はあ、それはまあ」

 多少どころではない。

 これまで息をひそめるように生きてきた自分にとって、彼らは異人種どころか異星人である。こちらの曖昧な表情に気が付いたか、浅利がくすくすと肩を揺らした。

「でもあのふたり、わりにふたりのこと気に入ったみたいだったから。何かと会話も多くなるとおもうよ」

「気に入ったって──別に俺たち、何もしてないよな?」

 と、泰全を見る。

 彼は困惑気味に苦笑してうなずいた。すると四十崎がすこし大げさにおどろいてみせる。

「へえ。奴らが気に入るなんてことがあるのか、いったい何をんだか」

「嗚呼──」

 浅利がすうと熱っぽく目を細めた。

 その視線は私と泰全に向けられる。とたん居心地の悪さを覚えて、私はおもむろに身じろぎをした。

「たぶんお祭りのことでしょう」

「祭り?」

 四十崎が食いつく。ついでにとなりの穂積も身を乗り出した。しかし浅利がその続きを話す前に、泰全が口を挟む。

「そうだ。オレたち、祭のことなんて一言も言わなかったはずだけど。どうして彼あんなこと言ったんだ? あんな辺鄙なとこの村祭──彼が知ってるわけもないとおもうんだけど」

「うん──」

 と、唸るようにつぶやく浅利はすこし面倒くさそうに宙を見つめた。四十崎はわけを知っているのだろう。憂いを帯びた浅利の横顔をニヤニヤと見つめている。

「まあ、これから先もああいうことはあるだろう。アイツはちょっと耳が良くて──なんというか」

「耳……」

「余計なことまで聞こえることがあるんだ。べつに警戒する必要はないんだけども」

「おい、それよりなんだよ。その村祭ってのは」

 四十崎が焦れる。

 乾杯もそこそこに、ジョッキビールをあっという間に飲み干した彼は、新たな酒を注文しがてらこちらに問うてきた。

 向かいに座る泰全の顔が引きつる。

 私が代わりに答える。

「俺たち、小学生時代は奈良の山奥にある村に住んでいて。そこでは昔から、毎年夏ごろに村祭が開催されていたんです。いまはどうかわからないですけどね、もうずっと帰ってないんで──」

「祭の意味とかもなにも知らないんです。さっき、昼間に浅利くんたちと飯食ったときに、浅利くんが仮説を立ててくれましたけど」

 と、気を取り直した泰全がつづけた。

 四十崎はすっかり研究者モードになったらしく、かばんからメモ帳を取り出してさらさらとなにかを書きつける。穂積が浅利に目を向ける。

「仮説って?」

「彼らの記憶にあった名前から、祭の意味を考えただけですよ。タマフリサイとオムスビカグラだって言うんで、鎮魂祭で行われるのが命を結ぶ神楽ということなんだろう、と。連想ゲームです」

「なるほどねえ。鎮魂たまふりに緒結びか──そうなんだろうね。しかし鎮魂ということは、昔そこで何かしら大量人死にがあったということなんだろうかねえ」

「奈良のどこだって?」

 四十崎がメモ帳から顔もあげずに問う。

 泰全は言いにくそうに村の大方の所在地を告げた。すると研究者はオッと顔をあげる。

「その辺りは──むかし飢饉でずいぶんやられたそうだな。全国的なものだったから仕方ないだろうが、かなり多くの死者も出たんだろう。その鎮魂かもしれない」

「へえ。そんなの聞いたこともなかった。な、剛」

「ああ」

 私は静かにうなずいた。

 あの村について、私達が知ることは多くない。どころかほとんどないと言っていい。当時小学生だったのだから当然といえばそうである。が、いま思えば村の老人たちは、いずれもあまり村の深部を見せまいとしていたような気がする。

 唯一子どもが村に触れられる機会といえば、あの緒結び神楽の巫女役に抜擢されたときくらいか──。

 と、物思いにふける私を見た四十崎が、うんうんと幾度がうなずくと上機嫌に身を乗り出した。

「いいね。ふたりとも、久しぶりに帰省してみたらどうだ。もしその祭りがまだやっているなら、ぜひともうかがいたい。いわゆるロケハンってやつだな」

「えっ──あ」

「おまけに、あのふたりを連れて行っていいと思うなら、評点加点も検討しよう」

「いいですよ」

 と。

 向かいの泰全がきっぱりと言った。

 もっと逡巡するものかとおもったが、意外にも乗り気らしい。彼はふいにこちらを見た。

「────」

「?」

 妙に熱っぽい目だった。

 同意を求められているのかとおもった私は、曖昧にうなずく。彼はフッとやさしく笑んだ。

 しばし見つめ合う私たちをよそに、四十崎はなおも上機嫌に話をつづけた。

「そういうことなら、どうだ浅利くん。君も」

「おれ、四十崎ゼミじゃありませんけど」

「あ、いや。オレも賛成です。オレたちだけじゃ分かるものも分からないかもしれないし──浅利くんがいてくれると正直助かるというか」

 泰全があわてて言った。

 たしかに。あのふたりを連れて行くならば、浅利将臣の存在は必要不可欠といえるだろう。私もつられてうなずいた。迷惑がられるだろうか──と一瞬不安がよぎるも、彼は存外あっさりとうなずいた。

「たしかに、藤宮と古賀を引き連れての旅行は骨が折れますからね。それならついでにあのふたりの保護者をひとり連れていきますよ。そしたら並木くんたちの負担も少なくて済むと思う」

「本音は?」

「おれの負担が軽減されるから」

「よろしい」

 どうやら、話はおどろくほどあっさりまとまったようである。

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