そして死を念う2
宮下理央
第1話 プロローグ
来てみればそこはとても静かな海だった。
湿った濃い灰色の砂の上を行き来する白い波は実に穏やかで、一月前のあの惨劇がまるで夢だった様に思ってしまう。
いっそ全てが悪夢であればどれだけ救われただろう。
目をつぶって再び瞼を開けるとあの日の日常に戻れるそんなことを考えてしまう。
馬鹿げたことだ。
コレが現実だとやっと受け入れることができたじゃないか。
ここにはもう戻らない日々に別れを告げるためにやってきたのだろう。
そう自答をしながらひび割れたアスファルトの防波堤を歩く。
どこか砂浜に降りれる場所があれば良いのだけどと考えたがすぐにその気が失せた。
やっぱり海辺にはまだ近づきたくなかった。
どうしようかと当てもなく歩き続けているうちにとうとう防波堤の行き止まりまで来てしまった。
あと一歩踏み出せば海まで真っ逆さま、全てが終わった後はここから身を投げるのも良いかもしれないが今はその時ではない。
潮風になびく髪の左手でかきあげる。
その際視界に入る銀色の煌めき。
それはかつての幸せの象徴、薬指に収まるエンゲージリング。
それを指から抜き取ると海に向かって放り投げた。
ずっと探していた気持ちの落とし所を。
これから先自分の人生は今までと全く別物に染まっていくだろう。
自分の幸せな日々は終わりを告げた。
けれど、自分自身今まででの自分を本当に捨てられるか不安があった。
何かケジメをつけるべきだ。
そして思いついたのが自分の幸せの象徴であったあの指輪を自らの手で捨てることだった。
捨てる場所はすぐに決まった。
全ての幸せを奪ったこの海だ。
この海に自分にわずかに残った幸せの思い出と人間性を捨てていこう。
そうすればきっと自分は違うナニカニなれると思うから。
「さようなら」
最後に海に向かってそう呟いた。
幸せな日々にさよなら。
今までの自分にさよなら。
自身の人間性にさよなら。
自分はこれから畜生になります。
貴方の元へ行けることは2度とないでしょう。
それでもヤツらを消し去らなければならない。
この身がどれだけ穢れてしまおうと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます