五話【空色たち対黒】

*  *  *  天宮翔  *  *  *


 稲井がキューブから飛び出した。やはり『原色』は存在感が別格なのか、彼女の姿を認めた二人は明らかにその他プレイヤーへの警戒心を緩めた。気を抜けば初めて彼女と戦った俺のように瞬殺されるおそれがあるからだ。


「頼んだぞ、璃恩」

「うん、任せて」


 稲井に託された作戦を実行するべく、まず璃恩が動く。一般サイズの筆二本セットの近接系武器『小筆シャラク』で床に人型を描く。璃恩の『肌色』の能力は人を描くと肌色一色のマネキンを実体化させるというものだ。

 通常のマネキンと違うのは、作り出したマネキンはあるじの命令通りに動ける点だ。巨大なマネキンなら力に優れ、目や耳も作ればマネキンを通して周囲の状況を探ることもできる。相手に密着したところで自爆してインクまみれにさせるなど、使いこなすのは難しいが汎用性に優れた能力を持つ色だ。

 モノとクロに気付かれないよう、小指サイズのマネキンに目、口、耳を作ってやり、物陰に隠れるプレイヤーたちに密かに作戦を伝えに行かせる。小さいゆえに移動速度は遅く、全員に行きわたるまでの数分がじれったい。


「――よし。全員了承してくれたよ」


 マネキンの耳を通して返事を聞いた璃恩が親指を立てる。

 遠くで目にも止まらない高速戦闘に身を投じる稲井。彼女がモノを引き付けている今がチャンスだ。


「よし、行くぞ!」


 俺が先陣を切って飛び出すと同時に、残る十三人のプレイヤーもキューブから姿を現す。

 目標はクロ一人。俺たちの突撃に気付き、一瞬稲井たちの方を見たが、すぐに彼女らに背を向けて俺たちに向き直った。二つの銃口が俺たちに向けられ、今にも引き金を引こうとしている。


「配置に着くぞ! 近接班は前方! 射撃班は広く射線を取りながら後方へ! 無駄なインクの消費は避けるんだ!」


 Cランク丸出しの俺の指示なんて聞いてくれるのかと思ったが、ブライトの連れという立ち位置が幸いしたのか、Sランクと思われる動きのいいプレイヤーまで従ってくれた。

 稲井が伝えた作戦は「モノとクロの分断、および精密攻撃による各個撃破」が肝だ。

 この場で最強のプレイヤーである稲井ブライトが飛び出せば、ボス二人も無視できない。二人のチームワークの前では稲井といえど長くは持たないだろう。しかし、この三人の中でクロだけがスピードで圧倒的に劣り、戦いが白熱するほどついていけなくなると予想された。

 取り残されたクロを俺たちが攻めるわけだが、ここでモノとクロの第二の能力が立ちふさがる。


「あれだけインクが飛び散る中、二人の服だけが新品のように綺麗だった。おそらく二人の白黒の服には『相手のインクを無効化する能力』に近い能力が備わっているわ」


 稲井の推理を信じれば、インクの量に頼った強引な攻めはたしかに効果が薄いだろう。

 そこで彼女は手本モノとクロを参考に、色と武器に応じた編成を考えた。近接班はクロの露出した肌を狙ってダメージを与え、射撃班は色の能力でサポートに徹する。

 俺たちは彼女の作戦を信じて役割に徹した。

 作戦に誤りがあったとすれば、第二の能力の認識ぐらいだ。白いワイシャツは飛んできたインクを跳ね返し、黒いハーフパンツはインクを吸収して自分のインクにしてしまう。白はほぼすべての光を反射しているから白く見え、逆に黒は吸収するから黒く見える。その性質が反映された特殊なファッション装備だったわけだ。

 タネが分かれば戦いやすい。一人、また一人と人数を減らしながらも、着実にクロの肌が色とりどりのインクに染まっていく。目に見えて彼の動きは鈍くなり、射撃の精度も落ちてきた。プレイヤーたちのCB弾が彼の体をかすめ始める。


「翔ちゃん!」

「おう!」


 璃恩が作り出したこぶし大の肌色マネキン数体を空色のインク溜まりに投げ込む。やはり『空色』の能力もインプット済みなのか、クロは上空から落ちてくるマネキンに視線を向けた。

 しかし逃げられない。周囲は五名の近接班に囲まれ、どの方向に逃げても致命的な一撃を受ける。マネキンを撃ち落としたところで肌色のインクを大量に浴びてしまう。

 詰みだ。俺と璃恩も拳銃を抜き、クロの頭部に狙いを定める。


「……ごめんね、姉さん」


 クロは悟ったような笑みを浮かべ、正面に立つ俺に二丁のサブマシンガンを向けた。

 タタタタタタ!

 パァン!

 無数の銃弾と一発のCB弾が交差する。俺の体は穴だらけになったように黒く染まり、数倍に増した重力で地面に叩きつけられた。

 自由の利く首を正面に向ければ、クロの体が空色に染まり、弾けたところだった。


『レイドボス『黒のクロ』が被弾、消滅しました。残りレイドボス一体、残りプレイヤー八名』

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