二話【白黒の姉弟】
〈Colorful Bullet!!!〉のバトルフィールドは街中にせよ大自然の中にせよ、現実にありそうな場所が舞台として設計されている。リアリティのある舞台だからこそ、アバターの力と『色』の能力が一層引き立つからだと俺は考えている。
しかし今回は違った。打ちっぱなしコンクリートの無機質で巨大な一室に、一辺が五メートルほどの白い
視線を巡らせれば、既に他のイベント参加者たちもそこかしこで集まっていた。今は三十人ほどだが青い光と共にプレイヤーがポツポツと現れる。手首のマルチパレットの時刻を見れば、開始時間まであと十五分。最終的には五十人ほど集まりそうだ。
人目を引いていたのはやはり
稲井と共に現れた俺と璃恩にも好奇の眼差しが向けられる。Bランクの璃恩はまだしも、装備がほぼ初期状態のC3ランクの俺を見る目には蔑みと困惑まで含まれているように感じる。
そんな中、俺の見知った顔が一人近づいてきた。
「やっ、ショウ君」
「エリさん!」
先日の大会で一回戦を戦った『若紫』のエリさんだった。
「奇遇ですね。こんな所で再会するなんて」
「同感よ。私は仲のいい同僚がSランクだったから参加できたの」
彼女が振り返って手を振ると、こちらを見ていた女性プレイヤー二人が手を振り返す。どちらかがSランクで、もう一人がフレンドだろう。
「それにしても、まさか『黄色のブライト』のフレンドとして参加しているなんてね。一体どんな手を使ったのよ」
「それは、企業秘密ということで」
稲井が〈Colorful Bullet!!!〉のプレイヤーであることを公言していない以上、プライベートでも関わりがあると広めるのはやめておいたほうがいいだろう。
「そろそろ時間ね。始まったら離れ離れになるけど、お互い頑張りましょ」
「はい。健闘を祈ります」
エリさんが自分のグループに戻ると、他の知り合いへの挨拶に向かうのか、彼女たちはすぐにその場を立ち去ってしまった。
「随分楽しそうにしてるじゃねえか」
俺がエリさんとの別れを寂しく思っていると、今度は背後から二度と聞きたくなかった声が聞こえてきた。俺を〈Colorful Bullet!!!〉の世界に引き込んだ張本人にして『鉛色』の持ち主。
「奈雲、お前も参加していたのか」プレイヤー名は『クラウド』だが、諸々の都合でその名は意地でも呼ばない。「お前もSランクじゃないから、誰かに連れてきてもらったのか?」
「……俺の兄貴の後輩の友達がSランクだったから、脅――頼み込んで参加したんだよ。文句あるか?」
皮肉を込めて言ってやったつもりだが、初プレイの俺に負けたのが尾を引いているのか、意外にも素直に答えてくれた。何やら物騒な単語が聞こえた気がしたが。
「イベントが始まったら、あとは実力勝負だ。ランクは関係ねえ。俺の本当の実力をこの場で知らしめてやるから、てめえは隅っこで縮こまって見ておくんだな」
それだけ吐き捨てると、俺が何か言う前にさっさと背を向けて行ってしまった。
「今の、奈雲重己だよね?」
璃恩が眉間にしわを寄せながら訊ねる。奈雲は璃恩にとっても因縁のある相手だが、余計な騒ぎにならないよう姿を見せなかったのは正解だろう。
「あいつもこのゲームのプレイヤーだったんだね。っていうか、最近翔ちゃんと何かあったの?」
必要性を感じなかったので璃恩には話していなかったが、俺は入学式翌日の奈雲との一件を説明した。話を聞き終え、璃恩は口元を緩めた。
「それじゃ、奈雲には一応感謝だね。翔ちゃんがこっちの世界に来てくれたんだから。過去のことは水に流してあげよう」
俺にとっては高校生活を懸けた緊迫の戦いだったんだが、結果的に俺は〈Colorful Bullet!!!〉という新しい世界の一員になり、稲井やエリさん、正輝さんや遊治さんと知り合うきっかけになった。あれだけ苦手意識を持っていた兄さんとの溝も縮まったように感じている。
「……そうだな。俺も水に流してやるよ」
遠ざかる憎らしい巨体に、心の中で健闘を祈ってやった。
思わぬ再会を果たしているうちに、時刻は十時目前となった。プレイヤーたちの口数は少なくなり、これから何が起こるのかとせわしなくキョロキョロしている。熟練のプレイヤーである稲井ですら、その表情には緊張が浮かんでいた。
俺は左手首のマルチパレットの時刻表示をじっと見ている。アバターの心臓の鼓動よりもゆっくりとしたリズムでデジタル表示の秒数が時を刻む。いよいよその時がやって来る。
9:59:57――58――59――10:00:00
その瞬間、白と灰色の空間が闇に染まった。視界が黒く塗りつぶされ、隣に立っている璃恩と稲井の姿すら微塵も見えない。プレイヤーたちが動揺する声が聞こえるだけだ。
バンッ!
勢いよくドアが開くような音と共に、バトルフィールドの中央に浮かんでいたキューブが真上からのスポットライトに照らされた。
そこには――どこから現れたのだろうか――二人の子供がキューブの
双子ファッションよろしく二人の服装はそっくりだ。白のワイシャツにソックスと艶のあるローファー。男の子は蝶ネクタイを結び、サスペンダー付きの黒いハーフパンツを穿いている。女の子の方はネクタイの代わりにリボンを結び、こちらもサスペンダー付きの黒いスカート。二人ともまるでよくできた人形だ。
〈Colorful Bullet!!!〉には年齢制限が設けられており、あの二人の子供は確実に引っ掛かる。それを抜きにしても、二人から漂う雰囲気は人間のプレイヤーのそれとは違っていた。
全プレイヤーが見上げる中、二人は立ち上がって笑みを浮かべると恭しく頭を下げた。
「本日はようこそ」
「お越しくださいました」
頭を上げ、女の子の方が胸元に手を当てながら自己紹介を始める。
「アタシは『白のモノ』。気軽に『モノちゃん』って呼んでくださいな」
そう言ってニコリと笑う。
『白』というだけあって、ウェーブのかかった上品なミディアムヘアは絹のように白く、瞳は満月のように白く輝く。
隣の少年は彼女を一瞥し、小さくため息をつくと同じように胸に手を当てた。
「ボクは『黒のクロ』。姉のモノと共に、今回レイドボスとしてあなた方のお相手を務めさせていただきます」
対照的に、クロはさらりとしたストレートの黒髪に、黒曜石のように艶めいた神秘的な黒い瞳。
この二人がレイドボスだとすぐに分かったが、それでもこんな子供二人が強大な敵とは予想していなかった。スポットライトにぼんやり照らされるプレイヤーたちも大なり小なり困惑の色を見せている。
「それでは、めんどくさがりの
「ちょっと! 愚姉とは何よ!」
「あ、みなさん気にしないでください。姉はこちらが
「ちぇっ! まーいいわよ! 淑女を演じるのって疲れるしー」
・モノとクロの二人を倒せばプレイヤー側の勝利。プレイヤーが全滅するか、タイムアップの場合は敗北。
・対戦時間は一時間で通常の三倍。
・バトルフィールドの広さは縦横高さそれぞれ三百メートルで通常の約十倍。
・モノとクロのCB弾は「プレイヤーの人数×三発」を共有。バトルフィールドにいるプレイヤーはちょうど五十人だったので百五十発となる。
「以上でルール説明は終わりです。そして最後に」黒い眼差しでプレイヤーを見下ろしながら告げる。「プレイヤー側が勝利した場合、全員のプレイ内容を評価し、MVPに選ばれた最優秀プレイヤーに『オーダーメイド装備作成の権利』をプレゼントいたします。敗北してもペナルティはありませんし、ランクに応じて評価のハンデも加味します。なので、低ランクの方も遠慮せず積極的に戦闘にご参加ください」
その情報を聞いた瞬間、フィールドの熱が一気に上昇したように感じた。まだ誰も持っていないオリジナル装備を手に入れることは一種のステータスになるし、勝率も間違いなく上がるだろう。これほどの餌をぶら下げられれば、俺にも抑えきれない欲が湧いてくる。
しかし隣を見れば、浮き立つ俺たちとは対照的に値踏みするような眼で周囲を見る稲井の姿があった。
「最後に質問はありますか? ――はい。なさそうですね。それでは対戦開始のカウントダウンをさせていただきます。カウントダウン中は一旦照明を落としますのでご注意ください。ほら、姉さんもカウントダウンするよ」
「はいはい。言われなくても分かってるっての。行っくよー!」
スポットライトが消え、再びフィールドが闇に染まる中、プレイヤーたちが手に手に武器を構える音が聞こえてくる。
「翔ちゃん、ブライトさん、頑張ろうね」
「おうっ」
「うん」
俺と璃恩も筆を構える。隣でトントンと床を叩く音は稲井の
『5――4――3――2――1――戦闘開始!』
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