六話【頑張る二人】

 稲井ブライトとの特訓は『プラクティス』で行われた。ランクマッチやフリーマッチとは違いRPランキングポイントに影響しない、文字どおり気軽に練習できるモードだ。バトルフィールド、天候、時間帯の設定も自由。対戦形式でも戦えるし、CB弾を食らっても対戦を継続することも可能。

 バトルフィールドの市街地の交差点で俺たちは向かい合っていた。疲労を隠せない俺に対し、稲井は腰に手を当てて涼しげな表情だ。


「はい。これで実質私の十連勝。これでも手加減してるつもりなんだけど」

「め……面目ない……」


 1プレイ三十分までだが、二十分ほどで俺は十回もCB弾のヘッドショットを食らっていた。相手がトップランカーとはいえ情けないことこの上ない。


「色々アドバイスする前に訊くけれど、お兄さんとの対戦も含め、何が原因で負けたと思う?」

「うーん……」それがわかれば苦労しないのだが。「装備が俺に合わないのかな? 過去の対戦相手が使っているメイン装備の中に、いくつか使ってみたい装備もあったんだよ。俺のSPショッピングポイントなら一種類は買えるんだけど――ブライトのメイン装備もかっこいいんだよな」


 稲井の履いている、非常にソールがぶ厚い黄色のスニーカーを指す。


「言っておくけど『ゴースト』はやめたほうがいいよ。上級者向けのメイン装備だし、何より『空色』との相性は良くないから」


 そこまで言うと、稲井は何かに気付いたかのように口を開いた。


「ちなみに、なんでこの装備が『ゴースト』と呼ばれるようになったか知ってる?」

「えっ? 知らないけど」


 俺が答えると、稲井は腕を組んで天を仰いだ。


「……とりあえず、ログアウトしたらお勉強ね」



 一回目のプラクティスを終えると、筐体を出た稲井はタブレットの電源を入れて俺に手渡した。


「天宮君の最大の弱点がわかったわ。それは情報収集能力。アバターの動かし方はそれほど悪くなかった。だけど、戦い方が素人丸出しだったのよ。十回以上実戦を経験しておいて、こんなに拙い戦い方をしているなんてめったにないわ」

「他の初心者はもっと上手くやってるのか?」

「普通のプレイヤーは、事前に効率のいい戦い方を調べて実戦の中で試していくの。そして自分の個性に合わせてブラッシュアップしていくものよ。だけど、あなたの戦い方は我流なうえにセオリーをほぼ無視で、あまりにも効率が悪い」


 散々な言われようだが、最低ランクの俺が最高ランクの彼女に反論する権利なんてない。


「つまり、ネット上の情報を参考に戦い方を改善しろってことか?」

「そのとおり。知ってるかもしれないけど、公式攻略サイトが一番おすすめだしユーザー数も多い。各色のページには戦法の考察もまとめられているから、それを参考にするのが強くなる近道よ。ほら、さっそくやってみて」


 そう言われても、俺は酷い機械音痴で以前攻略サイトを見たときも璃恩頼りだった。

 俺がそのことを稲井に言うと、彼女は俺につかみかかる勢いで体を近づけた。


「どうしても勝ちたいんじゃなかったの? ちょっと機械が苦手だからって、こんな簡単なことも避けるつもり? あなたのお兄さんなら、躊躇なく勝ち方を学び始めるでしょうね」


 あなたのお兄さんなら――その言葉に心が揺れた。兄さんと比較される言葉に敏感になってしまっていた。それを治すためにもリベンジを誓ったんじゃないのか?


「……わかった、言うことを聞くよ。別に、インターネットやタブレットに噛みつかれるわけじゃないしな」

「うん、それでいいのよ。私も使い方を教えてあげるから」


 機嫌を直してくれた稲井は、使い方を教えるべく俺の傍に座り、次にタップするべき場所を身を寄せて教えてくれる。こんなときに不謹慎だが、少し汗ばんだ稲井の熱気や香りが漂ってきてクラクラする。女子高生って、こんなにいい香りがするのか?


「ほら、次にここをタップして色名を入力するの。ねえ、聞いてる?」

「あ、ああ。大丈夫! なんだ、思ったより簡単だな!」

「そんなに興奮することかな?」


 訝し気に上目遣いで見る稲井に鼓動が速まる。しかし目的のページに到達したことで、もう教えることもなくなったのか離れてしまった。残念。

 以前『黄色』のページを見たことはあったから『空色』のページの見方はすぐにわかった。詳細な能力説明、空色プレイヤーの使用装備率、そしておすすめの戦法――確かに、このページを参考にするだけでも戦い方がかなり変わりそうだ。


「装備ごとの使用率を見ると、中筆モロノブ大筆ヒロシゲの使用率が高いな。ゴーストはほぼ0%……なんでだ?」

「まず、中筆のような『ブラシ系装備』は塗りが厚く、乾燥しにくくてトラップが長持ちするから『空色』のようなトラップ向きの色と相性がいいの。それに対し、ゴーストはインクを噴霧するから塗りが薄く、すぐに乾いてトラップが発動しなくなってしまうの」

「なるほど」


 コメント欄にはゴースト使用者の書き込みがあったが、稲井の説明どおりの理由で負けてしまったようだ。


「後はわかるわね? 他の人の戦法を参考にして、次に相手の色の能力と人気戦法を調べ、対策を立てる。お兄さんが優秀なら、攻略サイトを見なくても自然と勝率の高い戦法に似通ってくる可能性が高いからね」

「ああ、わかった」

「よろしい。私はもう一回ログインしてくるから、インターネットの練習がてらタブレットを触ってていいわよ」

「ありがとう、助かるよ」


 稲井は立ち上がると、疲れを感じさせない足取りで再び自分の筐体に入った。

 俺は言われたとおりに兄さんの『天色』についても調べてみた。しかし案の定『空色』と同じ能力で、当然おすすめの戦法もほぼ同じだった。

 思いのほかすぐに終わってしまった。ついでにメイン装備について調べようと思ったが、画面の右上の星マークが目に入った。


「なんだこれ?」


 試しにスタイラスペンでタップしてみると、「お気に入り」の文字と共に様々なページのタイトルが何行も表示された。


『【初心者向け】絶対かわいくなる! 女子高生のためのメイク術』

『もっと黒髪が美しくなる、大和撫子のためのお手入れ方法』

『女子高生向け。下着の選び方とサイズの測り方』

『プロが選ぶおすすめカラコンブランド10選』

『コスプレイヤー向け通販サイトMirage』


「うわっ!」慌ててタブレットを落としそうになる。これは稲井のプライベートを覗き見る行為じゃないか!

 もう一度星マークを押して消そうとすると、お気に入りの上のほうのタイトルが目に入った。


『歴代『黄色』プレイヤーの戦法集』

『【初心者お断り!】カラバの環境を打ち破る上級戦法』

『CBニュース速報』


「これは……」開かなくてもわかる。稲井はトップランカーの地位を守るべく、情報収集と錬磨を続けているんだ。

 もう一度攻略サイトを開いて『原色』の解説を見ると、『原色』は強力な能力を持つ代わりに、敗北すれば通常の十倍ものRPを奪われるらしい。

 また、俺の『空色』のような初ログインで与えられる色とは違い、『原色』は後天的に手に入れる色のため、相性が悪ければすぐにPCランクから落とされてしまうらしい。それに一から経験を積みなおす必要がある。決して無敵の能力というわけではないのだ。

 俺の視線は自然に稲井が入る筐体に向けられた。ゲームの中では怖い物なしに見えた稲井も、実際は下から追い落とそうとするプレイヤーたちのプレッシャーに抗いながら、今の地位を必死で守っているのかもしれない。


「稲井。お前、やっぱり凄い奴なんだな」


 数日前まで、稲井はクラスの中でもか弱く地味な女子生徒でしかなかった。だけど今は『黄色』が似合う眩しい一人の女性に感じていた。

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