六話【ゲーム世界へ】
奈雲とライスボックスに入った俺は、突如異世界に飛ばされた気分に陥った。一瞬で自分の体を包む重厚な電子音。激しく極彩色の光を点滅させる筐体。感情をあらわに狂喜する若者もいれば、老齢の職人のように無表情で格闘ゲームの対戦に興じる男たちもいる。雑多な娯楽を無理やり一箇所に集めて煮詰めて凝縮したような、まさに非日常の空間だ。
「何ボーっとしてんだ? こっちだ」
久々のゲームセンターという空間に圧倒されている場合じゃない。俺はこれから奈雲と対決しなければならないのだから。
ライスボックスの一階は、いわば「普通のゲームセンター」だ。出入り口を中心にプリクラやクレーンゲームが壁のように並び、奥に行くと格闘ゲームやメダルゲームの筐体が狭いスペースに詰め込まれている。
奈雲はそれらに目もくれず、店内の隅の薄暗い階段を上っていく。俺も後に続くと、二階には思いがけない光景が広がっていた。
「〈Colorful Bullet!!!〉の筐体だけしか置いてない」
クレーンゲームの筐体なら詰めれば五十台は置けそうな空間には、〈Colorful Bullet!!!〉の筐体四台しか置かれていない。
さらに異様なのは、この空間そのものだ。筐体の少なさをごまかすかのように一階以上にフロア全体が薄暗く、ディスコに設置されていそうなミラーボールが鋭い光で暗闇を切り裂いている。コンクリート打ちっぱなしの壁には所狭しとグラフィティが描かれ、フロアを毒々しく彩っている。どこからか流れてくる今人気のJポップが場違いに感じられる、混沌としたスラム街のような空間だった。
「おっ、ラッキー! ちょうど二台空いてるぜ」
この空間に慣れているのか、奈雲が筐体に向かうので俺もついていく。
客への配慮か、フロアの一角に置かれた筐体の周りだけは蛍光灯で明るく照らされている。色を扱うゲームだけに、箱状の筐体には簡単なゲーム説明の他、インクをぶちまけたような模様に覆われている。
「おい、さっさと始めるぞ」
そう言って奈雲が右端の筐体にスマホをかざし、電子マネーで先に支払いを済ませて中に入る。
「一プレイ五百円か。ちょっと高いけど、革新的なゲームと考えればこんなもんか」
五百円玉を入れると同時に扉のロックが解除されたので中に入る。中には革張りのソファーのように座り心地の良さそうな椅子と、その正面にモニター。壁には筐体の天井から伸びる数本のコードに繋がれたヘルメット型のVRヘッドセットが掛けられている。
モニターにはゲームの始め方が表示されていた。案内に従い、ゲームのプライバシーポリシーと利用規約に目を通し――実際はほとんど読んじゃいないが――自分の簡単な個人情報を入力し、アバターの設定画面に移る。
その内容は「夏と冬ではどちらが好きですか?」「初対面の人と話すのは得意ですか?」といった性格診断のようなものだった。この回答が自分の『色』を決めるのだろう。でたらめに答えたらどんな色を割り振られるか分かったものじゃない。
正直に五十個以上の質問に答えると、アバター作成用の顔写真を撮られて設定が完了する。モニター横のスピーカーから『ヘッドセットを装着し、ゲームを始めてください』とアナウンスが入る。扉に鍵がかかっているのを確認し、おそるおそるヘッドセットを頭にかぶり、指示通りに椅子に深く腰掛ける。
『プレイヤーのヘッドセット装着を確認。〈Colorful Bullet!!!〉の世界へ投影を開始いたします。5――4――』
カウントダウンが進むたび、未知のデジタル世界へ飛ばされる緊張感に汗がにじむ。
『3――2――1――ダイブ開始』
その瞬間、俺の意識は一瞬で暗闇に堕ちた。
* * *
「――ハッ⁉」
すぐに目を覚ました。寝落ちから目覚めたような気分で、ヘッドセットをかぶってから体感で数秒しか経っていない。
「ここは……広場か? 人が大勢いるな」
鮮やかな緑の芝生に俺は立っていた。広場の中央では噴水が天に向かって放水し、水しぶきが虹を作り出している。試しに寝転んでみると、チクチクとした芝生の感触と共に青臭い香りが鼻に流れ込んでくる。おそるおそる芝生をちぎって口に運んでみると、一層強い青臭さと苦みが襲う。作り物の体とは思えないリアルな五感が備わっている。
視線を巡らせれば、俺以外にも多くのプレイヤーが広場で思い思いの時間を過ごしていた。そんな俺たちを囲むようにいくつもの店が並んでいる。ショッピングモール内に作られた中庭のイメージか。
目を引いたのは、ゲーム世界らしいファンタジー然とした彼らの姿だった。中世の貴族のような人から、近未来のSF映画のように光るデバイスをいくつも身に着けた人まで。まるでハイクオリティなコスプレイヤーの集団に紛れ込んでしまった気分だ。
「そういえば、今の俺の姿ってどんな風なんだろう?」
見下ろしてみると、トップスはゆったりしたシルエットの白いTシャツ、ボトムスはシックな黒のアンクルパンツ。履いているのは存在感のあるハイテクスニーカーと、現実世界でもあまり違和感がないシンプルな服装だった。
そして先ほどから気になっていたのだが、俺も他のプレイヤーも皆例外なくゴーグルをかけている。中には眼鏡やサングラスをかけている人もいるが、目を保護するためのゴーグルは標準装備ということか。
「それにしても俺だけ地味だな。まあ、始めたばかりの初期アバターならこんなもんか」
少々気落ちするが、今は見た目を気にしている場合じゃない。
奈雲はどこだ? あいつがアバターに手を加えていたら見分けがつかないのではと思っていると、後ろから肩をつかまれた。振り返ると、そこに立っていたのは一目で奈雲と分かる大男だった。
「随分遅かったじゃねえか。待たせやがって」
「ちょっと準備に時間がかかったんだよ」
奈雲はでかでかとドクロが描かれたトップスを着ている以外は、俺とほぼ同じ服装だった。それ以外の見た目の違いは、頭髪が灰色っぽくなっていることぐらいか。
「分かってると思うが、〈Colorful Bullet!!!〉は一プレイ三十分まで。一試合二十分だから、ログイン後十分以内に対戦の手続きを済ませないといけねえ。さっさとバトルステーションに行くぞ」
「あ、ああ」
奈雲が左腕に装着しているスマートウォッチらしきものを操作すると、体が地面から伸びた白い円柱状の光に包まれ、一瞬で跡形もなく消えてしまった。
「えっと……これを操作してバトルステーションってところに行けばいいのか?」
俺の左腕にも装着されていたスマートウォッチをタッチすると、ゲーム内の経過時間とメニューがホログラムとなって宙に表示された。メニューに『移動先』という項目があったので触れてみると、選択肢の中に『バトルステーション』があったので、同じように触れてみる。すると足元から奈雲を包んだものと同じ光の柱が現れた。
「おっ? おおっ!?」
慌てふためいているうちに、瞬きするほどの短い時間で別の空間に移動していた。ホテルのロビーを横に細長く拡張したような場所で、十箇所あるカウンターでプレイヤーたちが何かを記入し、手続きを終えると青い円柱の光に包まれて消失していく。どうやら青い光は対戦場所への転送を意味するらしい。
「おい、天宮! さっさと来い!」
中央のカウンターで奈雲が手招きしていたので、急いで駆け寄って手続きを済ませる。今から俺たちが始めるのは『ランクマッチ』というもので、戦いの勝敗で
カウンターの美人の女性が――おそらく
「はい、承りました。それではバトルフィールドへの転送を開始いたします」
俺と奈雲の足元から青い円柱の光が伸びる。光に包まれて転送される直前、奈雲は俺を見て口元を歪めた。既に勝利を確信している顔だ。
負けてたまるか。たとえ初体験のゲームだったとしても。
ぐっと奥歯を噛みしめる俺の体と意識が戦場に飛ばされた。
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