鈍色の欠片 1/3

 そこは石造いしづくりの小部屋だった。

 そこへの入口と思われる通路の先は白い光がまばゆく、奥までは見ることが出来ない。

 その光が揺らめき、人影が現れた。


 その人物は奇妙だった。

 全身は人ではなく無機物の様であり、それでいて二足歩行し、長い両の腕をらと振り歩く様は人に違いない。


 だが、その頭部は正八面体を縦長にしたようなクリスタルを中心にそれを囲う二重の金属とおぼしきが縦軸と横軸で不規則に回転している。

 頸部けいぶは存在せず、浮遊しており、胸部と腹部は不揃ふぞろいのクリスタルを固めたような形状で、そこから生える長い腕は蛇腹じゃばらの薄汚れたくだの様であり、手に当たる部分は重ね合わせた金属の板を指とてのひら型に雑にカットし、それらをボルトで留めたようであった。

 一方、腰と脚は、というと固めたクリスタルを支えるような形状の無地の箱型で、そこから蛇腹の汚れた管が伸び、直に重そうな金属製のブーツにつながっている。


 その人物は通路を抜け、小部屋に入るとギクリと硬直した。

 まるでここが何処なのか分からない様子で、まずキョロキョロと周りを見渡した。


 だが、そこは何の変哲へんてつもない石造りの小部屋だ。強いて言うなれば、若干じゃっかん石レンガが風化しており丸みを帯びていることと、特別何も置かれていない立方体型の空間である、ということだろうか。


 とはいえ、入り口付近以外の場所は、その光から離れるほど暗くはある。

 その暗がりに目をらすようにその人物は顔を近づけて、何も無いことを確認すると肩をすくめた。


 無機物みた容姿ながら中々にコミカルな動作は笑いを誘うが、残念ながらその人物の周囲には誰も居ない。

 その人物は他の何か、あるいは他の誰かを探すように暗がりの奥へと進んだ。


 そして数分も経たない内に慌てた様子で小部屋へと戻ってきた。どこから息を吸っているのか、そも呼吸を必要としているのかさえ不明だが、胸部に手を当て息を吐こうとした、のだろう。


 というのは、その際にカチャ、と金属とクリスタルが触れ合う音が鳴り、その人物がまたも硬直したためである。

 その人物は恐る恐るその手を見て、声にならない悲鳴を上げた。


 ハッハッと短い呼吸を繰り返すような動作で全身に目をやり、顔に手をやり、回転する環に手を弾かれて三度みたび硬直した。

 その後何度か顔に手をやったが、繰り返し弾かれた結果、触るのを諦めた様子で、その場に力なく座った。


 その様は哀愁あいしゅうを誘うが、周囲には誰も居ない。

 寂しいのか、イジケて地面に金属の指で文字を書き始めたが、誰も居ない。

 じきにその人物は落ち着いたのか、立ち上がって腕を組んだ。


 そして、腰を少し落とし、走り出す構えを取るとガンガンと騒がしい音を立てて走り出し、部屋を出ていった。

 その先で何者かの悲鳴が聞こえ、爆発音や五月蝿い物音が立て続けに聞こえた後、静かになった。



 少しして、入口の光が揺らめき、人影が現れた。


 その人物は奇妙だった。

 西部劇のようなウエスタンハットを被っているが、その下にあるはずの頭はなく、暗闇が漂うのみだった。

 頸部は見て取れず、そのままベストの中に消えている。長袖シャツに手袋を着けているため、腕部がどうなっているかは不明で、脚部もまた長いズボンを履き、ウエスタンブーツを身に着けているために、中まで暗闇なのかは分からない。


 その人物は躊躇ためらいなく歩いて小部屋へと入り、

ふと足を止めた。

 ぐるりと周りを見渡して首をかしげる。

 そしてあごに手を当てて考えようとしたのだろうが、その暗闇には質量が無かったのか、手は空振りその中に手を突っ込んだ。


 慌てて手を抜き、顔があるはずの部分を探るが何も無い。それが恐ろしくなったのか、次第にガクガクと震え始め、光の方へ戻ろうとして、何も無い場所に強かに身体を打ち付けたような挙動をしてすっころげた。

 尻もちをついたのか、尻をさすさすり起き上がる。そして光の方へ手をやるが、そこには見えない壁があるらしく、通路の先には行けないようだった。


 その人物は肩を落として、暗がりの方へ向き直る。そして意を決したかのように歩き出す。

 そして数秒もしない内に銃弾を撃つような音が数回聞こえて、ドタドタと部屋へと戻ってきた。


 その手には部屋を出る時には無かった、銀色に光る拳銃ピストルが握られている。

 それをマジマジと眺めた人物は、それを構えてみて、数秒沈黙し、空の手を同じように構えてみて、拳銃ピストルを撃つような動作をした、次の瞬間。


 その空の手に銀の拳銃ピストルが握られていた。

 一つ頷いた人物は暗がりの方へと歩き出し、通路の先に消えた。

 そして何度も発砲音が聞こえた後、静かになった。



 そのしばらく後、入口の光が揺らめき、人影が現れた。


 その人物は奇妙だった。

 体全体が毛糸のようなもので構成されている。

 色は実にカラフルで、その形状がくびれの無い棒状でさえなければ、可愛くなる余地よちはあっただろう。

 ただ、寸胴ずんどうであり、頭部胸部腰部を含む一本の太い塊に腕と脚がそのまま生えており、ひじひざで曲がりはするものの、手と足に当たる部分は無いらしく、各先端は丸くなっている。


 その人物はまず両手を見てギクリとし、全身を見て肩を落とし、部屋の様子をうかがった後、部屋の壁にもたれ掛かりズルズルと座り込んで、膝と思われる部分の間に頭を埋めた。

 そのまましばらくそうしていた。


 寝ていたのか、それとも意気消沈していたのか、その人物は起き上がる。

 そして指のない両手を見て、ため息をつくような動作をした後、両手を前に出してぷるぷるした。何も起きない。


 その人物はしばらくぷるぷるしていたが何も起きなかった。


 しばらく後、その人物は両手をバタバタさせながら部屋を出ていき、ずったんバッタンと物音が聞こえた後、静かになった。



 その後、入口の光は明滅するように暗くなり、そのまま消えた。


 そこは石造りの小部屋だった。

 しかし、光源はなく真っ暗で、通路は2つあった。1つはかつて入口だった通路。

 もう1つは奥に続く通路だった。


 その先に何があるのかは分からない。

 ただ、かつてそこに入っていった人物だけが知っていた。


おわり?

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