灰色に橙色の丸模様 - 1

 あの時の選択を後悔しているわけじゃない。

 むしろあのときの自分をよくやったと褒めてやりたいぐらいだ。

 だけど………


「それとこれとはまた違うんだよおおぉぉお!」


 俺はもはや日常となったその嘆きを思いっきり吐き出した。


 男尊女卑とか女は男が守るもんだとか、そういう時代錯誤さくごなことを言いたいわけじゃない。

 だからこれはあくまで俺のエゴだ。

 相手の気持ちを聞いたことは無いが、それでもだ。


「美少女に前線張らせて俺は後方支援はなんか違うじゃん!!」


 でも今更どうしようもない。激レア隠しクラスにたぶらかされた俺が悪いんだ。

 これがゲームだったときでさえ一度も引いたことのない確率。そんなん掴むしか無いじゃん。やるしかないじゃん。


 だけど、一つだけ問題があった。それは___


 そのクラスが終盤間近まで生産しか出来ないってことだ。


 だから俺は決心したんだ。

 彼女が俺を選んでくれるかとか、れたれたとかはこの際度外視どがいしして、絶対に傷物きずものにはさせない、と。

 傷は傷跡も残らないほど跡形もなく治す。

 絶対に死なせないよう、万全の服薬態勢を整える。

 生産で出来ることはすべてやる。

 そしてその効果を最大限に発揮出来るように場を整える。


 やってやるさ。 

 俺は最強の裏方になってやる。

 誰にも文句は付けさせない。

 そう奮起して今日も寝た。



 いつからだろう。彼が私についてこなくなったのは。


 いつからだろう。私の周囲に気に入らない男共が蔓延はびこるようになったのは。


 いつからだろう。彼が私を見て悔しそうに唇を噛むようになったのは。


 いつからだろう。他人が彼をさげすむようになったのは。


 ……気に入らない。全てが。

 ある時を境目に大凡おおよそ全てのことが不快になった。

 理由は分かりきっている。

 だからこそ、どうすることも出来なかった。


 いや、違うな。

 私はただ臆病だっただけだ。

 どうすべきかは分かっていて、けれどそれをしなかった。出来なかった。


 彼は私の隣にいて欲しかった。

 かつてのようにおどけて笑わせて欲しかった、どうってことはないさ、と、鼻で笑って欲しかった、お前はまだまだ弱いな、と、腹の立つ顔で見下ろして欲しかった。


 あの頃はそれが変わりない日常だった。

 今ではかけがえのない日常だったのだと分かる。


 彼では私の隣には立てないのだと。

 理解してしまったときを今でも覚えている。

 これより先は、彼にとっても私にとっても危険である、と、彼に言わせてしまったのは私だった。

 それは他でもない、私が言わねばならないことだったのに。


 ああ、力とは残酷だ。クラスとは、残酷だ。


 それでも、ただ一つだけの、約束とも言えないような言葉だけが私を支えてくれる。

 幼い頃の、何の気負いもない言葉。

 唯一彼の笑顔を思い出させる言葉。


 彼が覚えていても、覚えていなくても。

 私は忘れない。だから___


 だからどうか。その日まで共に無事でれますように。



 あの別れからどれだけの年月が経ったろう。

 もうろくに覚えちゃいないが、これだけは言える。


「やってやった……ぜ」


 俺はこの世界でもトップクラスに強い『異形の亜神』だったものを前にして、膝から崩れ落ちた。

 幸運であるだけでは成せない『裏ボス討伐』。

 それが最後のピースだった。


 その為だけに何年もの俺の人生を賭けたのだ。

 彼女以外の、あらゆるものを犠牲にして、ようやく手に入れたクラスだ。もう放さない。

 これは俺のものだ。


 始原の薬師。それが最初のピースだった。

 そして今、『活性変異粒子』を手に入れた。

 後はこれまでの俺を信じるだけだ。


 この変異に耐えうるだけの肉体を、ありとあらゆる方法で強化し続けてきたこの肉体を。


「ぎッ ぃ」


 覚悟はしていた。調べて見つけた動画も大概だったが、これは俺の身体を根本的に作り変えるものだ。

 その為にHPと耐久を出来る限り上げてきた。

 それでも……苦しいものは苦しい。


 身体が張り裂けそうだ。かと思えば内側に収縮し、酷く身体が固まったようにも思える。そんなふうに、人体はそんなふうにはできてない、と叫びたくなるような変異が俺を襲う。

 痛みが気を失わせてはくれなかった。


 だが、このさきに俺が望むものがあるのなら。

 これを手に入れないことによって引き起こされるだろう悲劇を思えば、どうということは……って強がりたかったけど、もう無理かも。


 吐瀉物としゃぶつを撒き散らし、体中の体液すら流しきったかもしれないとすら思った頃、ようやくそれは終わった。俺は汚物の中で虫の息だ。

 ゲームみたいにスキップとはいかない。これがリアルの辛いところだぜ……。


 俺は飲むことを拒否する俺の口を物理でこじ開け、インベントリから取り出したエリクサーをじ込む。

 取り敢えずこれで、俺は最強の一角になれたってわけだ。


 俺は人間をやめた。

 外見は人間ヒューマンだが、中身は始原の種族ザ・オリジンとなった。

 何が違うかというとスペックが違う。

 レベルという概念が無くなるが、成長効率が尋常じゃない。具体的に言うと、戦った相手のステータスがまるごと自分のステータスにプラスされる。


 つまり戦えば戦った分だけ強くなる。

 しかもこれまでの能力値やスキルはえ置きだ。


 そして始原の薬師は、敵のレアリティに応じてドロップに薬の材料が追加される。

 つまり、戦いながら薬の材料も手に入るというわけだ。もう何も怖くないとはこのことだな。


 そして始原シリーズは他にはないぶっ壊れスキルを持っている。

 名を地脈移動。そう、転移能力だ。

 登録できるポイントは10個と限られてはいるが、移動方法が馬か魔物に騎乗する以外に無いこの世界では非常に便利だ。

 

 そしてこの能力には時空魔法の転移には無い、ある特徴がある。それは__



 もう駄目だ、と何度感じたことだろう。

 私は満身創痍まんしんそういだった。

 右腕はもう無い。

 右脚もまともに動かない。

 それでもここを通すわけには行かなかった。


 この世界はいけ好かないが、守りたいものはある。

 彼は勿論もちろんのことだが、ここ数年で出来たほとんどの知り合いは王都に住んでいる。

 避難はもう終わった頃だろうか、と、私はまた1人の味方が目の前で切り捨てられるのを見た。


 彼らをおもうことは無い。最低限仲間ではあったが、それだけだ。

 戦場は優しくない。戦えるか、戦えなくなったか、それだけだ。でなければ心が擦り切れる。

 これは自衛だ。私が特別酷薄だという話ではない。


 そんな取り留めもない言い訳を考える程度には、この状況は終わっていた。

 意思はある。だが現実は非情だった。

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