細い白が走る空色 - 1
僕は
でも、たった今思い出せた。そんなことは不可能だと
___ああ、そうだ。そうだとも。この気持ちだ。
少しでも足を滑らせたら、なんてことは考えない。ただ、足を踏みしめて、たったそれだけが僕の身体を前へ前へと押し出してゆく。
この感覚が好きだった。この感覚が僕の全てを
景色がまたたく間に流れて行く。不安定な足場なんてものはない。何故なら僕が行くのは道だからだ。通れるから道なのだ。だから遠慮なく踏みしめる。
楽しい。ああ、楽しいな。
この喜びを忘れていたなんて信じられない。
この時間がずっと続けばいいのに、と、そう思った。
久しぶりにあいつがログインしたから誘ってやったのに、あいつは楽しくなさそうな顔をしていた。
せっかく誘ってやったのに、とは思わなかった。だって、あいつがこのゲームに俺を誘ったはずだった。
だから俺はあいつがログインしなくなっても、新しく出来た友達と仲良くやっていた。それが、否定されたような気がして悲しくなった。
そういう理由があって、俺はとっておきの場所にあいつを誘った。きっと見たこともないだろうとか、驚くだろうな、とも思っていたのに。
そこは色とりどりの細い結晶が視界一杯に生えている場所で、地名は特にない。でも、明らかに絶景を意識した作りになっていて、そこを背景にスクリーンショットを撮るような、そんな場所だった。
はずだった。
「おい、おい?どうしたんだよ急に!そっちは危ないって!」
俺が制止する間もなく、あいつはふらふらと崖っぷちに立ち、眼下のそれらを見下ろしていた。そこで初めて、何をしようとしているのか分かった俺は駆け出したが、一歩間に合わない。
「おまっ、やめろってぇ!! っく」
あいつはそこから飛び降りやがった。自殺の名所じゃないんだぞここは。確かに結晶は細く鋭いけど、それは景色を飾るものであって、お前の最後を飾るもんじゃないんだよ。
色々と言いたいことが喉に引っかかって出てこない。どっちにしろ、ここからじゃもう聞こえない。
でもそれは立て続けに何度も聞こえてきた。それぞれが違う高さの音で、でも何かの曲になっているとかじゃない。キンキンシャンシャンと少し
「あはははは!!!」
あいつの声も一緒に聞こえてきた。慌てて崖に駆け寄って覗き込むと、そこには不規則に生えている結晶の間を跳び回るように駆けているあいつの姿があった。
絶句して、ある光景が
そうだった。俺がこのゲームに誘われたときも、あいつは妙な遊び方をしていたんだ。
これはVRMMOだっていうのに、なんでそんなと思ったものだった。
あいつはレベル上げをほどほどに、
ステータスは機動力全振りで紙装甲もいいとこで、モンスターや障害物に当たれば一発で
俺は何度やってもついて行けなくて、あいつがログインしない時にプレイするようになって、正しいVRMMOの遊び方を知った。
おかしいとは思っていた。今どきこんなピーキーなゲームが流行るはずがないって。
それからは互いにログイン状態を確認しあうような感じになって、たまに誘う誘われるはありつつも、いつの間にか
そのあいつは、もうかなり先まで走っていってしまった。もう声も聞こえない。
でも、それでも良かったな、と思えてしまうのは、何だかんだ心配が
あんなでも俺の古い知り合いで。あいつがあんな風に笑うから、俺もこのゲームをやってみようって気になったんだ。
後でプレイの邪魔にならないようにメールポストに手紙でも
「……はは………ははは」
その声が聞こえた時、思わず気のせいかと思った。
だってその声は結晶が生えている向こう側から聞こえてきたから。私の友達のマップを隅々まで埋めないと気がすまないタイプのA型を自称する子が、この下はいわゆる
でも
「……ははは…ははは」
明らかに近付いてきている様子で2回目が聞こえると、流石に空耳ではないか、と疑問に思った。
そうだとして、この声はどこから聞こえているのだろう。そう思って、どうでもいいか、とその場に座り直して膝を抱える。
今はそんな気分じゃない。今はこの癒やしスポットでゆっくりしていたい。そう思ったのに。
「はははは…ははは!!」
それはやってきた。正気の沙汰とは思えない方法で。
「あー!面白かった!!」
それは一瞬崖下に消えたかと思うと、どういう方法でか、直上にすっ飛んでいき、見事な空中3回転半捻りを決めて、私の隣に軽やかに着地して見せた。
私も自分で何を言っているのか分からない。
理解したくないと私の頭が言っている。
でも、一つだけ明らかで、信じたくない事実がある。
それは間違いなくプレイヤーだった。
彼の頭の上に意識を集中すれば、そのふざけたプレイヤーネームが表示された。
プロゲーマーの私でもあんな魅せプレイは出来ない。少なくともこのゲームの同業者は参考のためにチェックしているし、その中でもあんなアクロバティックなプレイを出来る人はいなかった。
というかテイザームービーでさえ、そんな動きは無かったのに。
つまりは、だ。
コイツはただのアマチュアだ。ということだ。
「こんちは」
それでも、最低限のマナーというものがある。特にプロである私はそれを無視できない。
どこで誰が見ているか分からないからだ。
「………あっ こんちは!!」
だけど、こういう自分の世界に入り浸って周りが見えてないタイプはやっぱり苦手だ。
だから無視を決め込もうと膝を強く抱え込んだ。なのに。
「えっ……と。大丈夫ですか?」
それが私の顔を覗き込むように見下ろしてきた。憎らしくもギリギリハラスメント報告出来ない距離感だ。……まぁ、あの動きを出来る時点でそうなのかもしれないとは思ったけど。
そうじゃないと私たちの立場がない。
「ほっといてください」
それだけ言って自分の殻に閉じこもろうとした。その時だった。
「っ! 思い出した!
なんでその名前をと思うと同時に、懐かしさが蘇る。私にとってはその時が初めてのVRMMOで、訳もわからず配信を始めてしまったのが何故かヒットしてしまって。
「やっぱりそうだ!まだやってたんですね」
でもその言葉が生傷を大きく
「……何も知らないくせに」
言いたくなかった。でも口からこぼれ落ちてしまった。会話をする気がない時点でミュートにしてしまえば良かったと思ってももう遅い。
売り言葉に買い言葉かと身構えたそのときだった。
「あ……ご、ごめんなさい」
そいつは思いの外素直に謝ってきて拍子抜けした。その時初めてまともに相手を見た。それで。
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