舞踏会

三十八話

 太陽が西へ傾き、首都の街並みはオレンジ色に染まる。僕とコラリーは、逸れないように手を取り合い、無事にお城へと辿り着いた。


「待ってたよー、シオン!」


 人通りの多い城門の前で、ドレス姿のリズが手を振っている。その後ろには、笑顔のソフィー、そして澄まし顔で腕を組むアネットの姿もあった。


「あら……お手々なんて繋いじゃって。二人は本当に仲良しだよね! 微笑ましい!」


 ソフィーが満足そうな笑みを浮かべながら、僕とコラリーを冷やかす。


「べっ、別にそんなんじゃないから!」


 繋いでいた手を、一方的に離された。行き場を失った手が、コラリーの感触を忘れていく。


「ちょっと何? 僕達を待たせておいて、二人は仲良くイチャイチャしていたって訳?」


 リズが怪訝そうな顔をしながら、こちらへ詰め寄って来た。


「ねぇ、シオン。少しは僕にも構ってよ。ほら、舞踏会バルだよ。今宵は一緒に、踊り狂わない?」


 顔を近づけ、誘惑するように耳元で囁く。すかさず、コラリーが割って入った。


「ちょ、ちょっとやめなさいよ! シオンが嫌がっているじゃない!」


 まるでボディガードのように、リズを僕から引き剥がす。


「なに? 僕のシオンに対する想いを、邪魔する気?」


「当たり前じゃない! シオンはうちの大切な生徒なの! アンタなんかに、絶対渡さないから!」


 二人は睨み合い、口喧嘩を始めた。その様子を、眉間に皺を寄せながら見つめるアネット。


「あの! 恥ずかしいので、あまり騒がないで下さい! 魔女としての品格が――」


 途中で、ソフィーが焦ったように言葉を遮る。


「ダ、ダメだよアネット! そんな大きな声で魔女とか言ったら、周りにバレちゃうから!」


 そんなソフィーの声も、なかなかに大きかった。案の定、彼女達の声に反応するように、周囲の人々がこちらを振り返る。


「……ソフィー。悪いけど、君も声を抑えて」


「はっ……!」


 僕の指摘を受け、しまったと言わんばかりに、ソフィーは両手で口を覆う。アネットも良からぬ雰囲気を察したのか、そっと下を俯いた。


 人々の視線が集まる。ヒソヒソと耳打ちしながら、こちらを指差す者もいた。やはりここに居る人間は皆、『魔女』という言葉に敏感なようだ。


 僕達は暫く注目の的となっていたが、やがて何事もなかったかのように、人々の注意が逸れてくれた。……助かった。そして、危なかった。


 アネットとソフィーは、互いに顔を見合わせ、ほっと胸を撫で下ろす。その傍で、リズとコラリーは未だに言い争いをしていた。


「大体、私はアンタの事が気に入らないのよ! 無理矢理シオンを誘拐しておいて、よく平気で顔を合わせられるわね! 信じらんない!」


「ふん、何とでも言いなよ。たとえ君が、どれだけシオンの事を好きだとしても、僕には関係ないし。もたもたしている内に、奪っちゃうからね」

 

「はぁ!? ば、ばかも休み休み言いなさいよ!? 私が、シオンの事を……好き!? そんな訳無いでしょ! ばかばか、ばーか!」


 顔を真っ赤にして叫びながら、リズの頬をつねるコラリー。


「いたたっ! な、何すんのさ!? バカっていう方が、バカなんだよ!」


 リズも負けじと、コラリーの頬を引っ張る。いつしか口喧嘩は、頬のつねり合いに発展した。互いに好き放題言いながら、相手の頬を摘んでいる。


 ……これから舞踏会へ乗り込むというのに、何とも緊張感のない雰囲気だ。先が思いやられる。本当に、大丈夫なのだろうか。


 僕の口から、空気が抜けるようなため息が漏れた。




 城門を抜け、あっさりと城内へ侵入する事が出来た。途中、検問や身体検査も行われたが、幻想魔法のお陰なのか、特に引っかかる事は無かった。


 そして、舞踏会が行われる大きなホールへやって来た。一階と二階が吹き抜けになっており、背の高い天井では、豪華なシャンデリアが会場を明るく照らしている。


 既に多くの人々が集まっているみたいだ。軽快なワルツに合わせてダンスを披露する男女、テーブルを囲んで立食を行う若者達、談笑を楽しむ年配者などで賑わっていた。


「わ、私達、何をすれば良いのかな……?」


 キョロキョロと、挙動不審に辺りを見回すソフィー。眼鏡が斜めにずれており、情けない格好となっている。


「とりあえず、女帝ヴァレリアの演説まで時間を潰せば良いのよ。なるべく目立たないようにね」


 ソフィーを落ち着かせるように、コラリーが呟いた。


「ふん、退屈な時間ですね。どうして、崇高な存在である私達が、品の無い人間の茶番に付き合わなければいけないのでしょうか?」


 強気な口調のアネット。しかしその直後、彼女のお腹から、くぅ〜と情けない音が鳴った。


「……暇なので、あそこのおかずを摘んできます」


 早足で、食べ物が置いてある丸いテーブルへと向かう。そして取り皿へおかずを山盛りに乗せ、無我夢中で頬張り始めた。


「全く、あんなにバクバク平らげて。品が無いのはどっちだよ」


 リズが呆れたようにため息を吐く。そしてこちらを向き、ニヤニヤと笑みを浮かべながら近寄ってきた。


「ねぇ、シオン。まだ時間があるみたいだからさ……どう? 僕と一緒に、ダンスしようよ?」


 まるでお嬢様のように、ドレスをふわりと広げる。その横では、コラリーが険しい表情でリズを睨みつけている。


「何言ってんのよ? 周りを見てみなさい。女性同士で踊っていたら、それこそ怪しまれるわよ」


 彼女の言う通り、踊っている人々は、男女のペアばかりだった。


「大丈夫だよ。どうせ骸の魔女の幻想魔法で、上手い事誤魔化せるんでしょ?」


 リズが僕に向けて、手を差し伸べる。その手を、コラリーが強く叩いた。


「だ、ダメよ! アンタと踊るくらいだったら、その……。わ、私とダンスするから!」


 目を逸らしながら、こちらに手を差し伸べるコラリー。今度はリズが、その手をピシャリと叩く。


「ちょっとちょっと、先に僕がシオンを誘ったんだから! 横取りしないでよ!」


「うるさいわね! アンタは引っ込んでなさい!」


 リズとコラリーは、言い争いをしながらお互いの手を叩き続ける。……この二人、さっきから喧嘩ばかりしているな。


「ちょっと二人とも、落ち着いてよ!」


 ソフィーが慌てて仲裁するが、二人は全く聞く耳を持ってくれない。困ったな……という様子でオロオロしていたが、やがて良い方法を閃いたかのように口を開いた。


「喧嘩するよりも、あれで平和的に決着をつけようよ!」


 ソフィーが指差す、その先には……テーブルゲームを行うスペースがあり、チェスのような娯楽を楽しむ大人達で賑わっていた。


「……いいわ。勝った方が、シオンとダンス出来るのね」


「臨むところだよ。絶対に負けないから」


 二人は睨み合いながら、向こうへ離れていく。どうやら、こちらの意思などそっちのけで、僕を賭けた戦いが勝手に始まるみたいだ。何だか取り残された気分だ。


「全く、二人とも勝手だよね……」


 ソフィーが苦笑いを浮かべながら、そっと耳打ちをする。


「ねぇ、シオン。……抜け駆けして、二人で踊っちゃう?」


「えっ?」


 思わずソフィーの顔を見る。いつに無く、無邪気な笑みを浮かべていた。


「なーんてね。そんな事したら、あの二人に怒られちゃうか。ふふっ、すぐ戻るから、少しだけ待っててね」


 そう言い残し、コラリー達の方へ行ってしまった。



 一人残された僕は、ソフィーの言動に戸惑いを覚えつつ……特に何をする訳でもなく、ぼーっと舞踏会の様子を眺めていた。


 すると、何やら女性達の黄色い歓声が聞こえ始める。


「見て! 王子様よ!」


「すごい! 本物だわ!」


 まるでアイドルのように、一人の男性が視線を集めている。澄んだ青い瞳に、少し癖のある短めの茶髪。あれ? この人……。


 その男性は、僕の存在に気づくや否や、真っ直ぐこちらへ歩いて来た。近づく程に実感する、背の高さ。間違いない、イリヤだ。彼は微笑みながら、軽く会釈をする。


「……我が城へいらっしゃい、シオン。良かったら、僕と一緒に踊ってくれないかい?」


 イリヤは片膝をつき、僕の手を優しく取った。




―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ――


お気に召しましたら、★や♡、作品フォローよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る