第8話轟天竜の蟻駆除終了

 例えるなら、ミキサーに大量の蟻を突っ込んだような、と表現するべきか。舞い上がる大量の蟻は、そのどれもがヴァニの嵐に吸い込まれて放り出されたもの。


 留まることを知らない嵐は、辺りの木々を薙ぎ倒して範囲を広げて行く。


 その嵐の中心は、もう最悪としか言いようがない。惨殺された蟻どもの肉片と体液が四方八方から飛び散り、雨霰と降り注いでいた。


 俺の仕事といえば、暴れまくるヴァニが取りこぼした蟻にトドメを刺すだけの簡単なお仕事だ。


 そう——恐ろしい速度で吹っ飛んでくる、岩より硬い肉片を身体に受け、体液と毒液で視界不良の中、まだ生きてる蟻を殺すだけの簡単なお仕事だ。


「最悪だ、変な汁飲んじまった……!」

「うへ、ばっちいのう。えんがちょ、じゃな!」

「お前のせいだろ!」


 この状況に責任者がいるとすれば、それは間違いなくヴァニだ。が、強くは咎められない。なにせ彼女は自分にデバフ魔法を掛けて、その上で

 

 デバフ魔法の制限下においても、彼女がその気になればこのダンジョンは耐えられないはずだ。仮に、耐えられたとしてもあの5人は無事では済まない。


 俺の身体が臭い蟻の体液塗れになろうと、5人の命を救うためなら背に腹は変えられないだろう。

 

 辛くもヴァニの猛攻から難を逃れた蟻の顔面に、容赦なく掌底を叩き込む。粉砕、絶命。掌に伝わる感触は、この一撃がアーマード・アーミーアントの命を奪ったことを確かに伝えてくれる。


 1匹、2匹、3匹——流れるように殺していく。その間にヴァニは20、30と処理速度を上げていく。なんつー速さだ。

 しかし、数が多い。これならつい先日、家に湧いたシロアリの方が厄介だったな。


「ふむ、なんじゃ手応えのない。屋根裏に出たシロアリの方がまだ面倒であったぞ。のう、涼太?」


 同じこと考えてるし。


「……シロアリは蟻じゃなくてゴキブリの仲間だぞ。あと、面倒とか言ってるけどお前はあの騒動のとき何もしてなかったからな!」

「い、いや蟻は駆除しておったじゃろ……」

「ゲームの中のな?」


 家族総出で騒いでいたというのに、コイツは侵略を企む宇宙人から地球を守る某ゲームを楽しんでやがったのだ。大画面でロケランをぶっ放し、ギャグ漫画かと思うほど大量の巨大な蟻が空を舞っているのを見て大笑いしていたコイツに、「あれは大変じゃった」と語る資格はない。


「ええい、過ぎたことをネチネチ言うでない! そんなことより、あの捕まっていた者はどこじゃ? 巻き込んではおらんと思うが」

「ああ、それなら——ほら、あそこだ」


 ヴァニの初動に応じて、群がる蟻たちの動きの中で一匹だけ違う動きをするのだから見失うわけがない。


 果敢にもヴァニに立ち向かう大多数の蟻に対して、あの一匹だけ女性冒険者を咥えたまま逃走を図っている。

 

「つまり、此奴らは囮というわけか」

「おそらくは。まあ、連中からすればただの狩りのはずが、種の根絶レベルの被害を受けたわけだしな。……繁殖のためのつがいは死んでも持って帰らなきゃならないんだろ」

「……涼太。我では諸共壊してしまう故、頼めるか?」

「そういうお願いなら。竜守の名にかけて、必ず果たしてやるよ」

「なんと。では、今すぐエナドリを飲みたいんじゃが!?」

「そういうのじゃねえよ!」

 

 怠惰と暴食は管轄外である。


 竜が守る街、そして竜を守る街。それが竜守である。その竜が願った、ならばその願いはここ竜守で必ず果たされる。


 辺りに飛び散った肉片のうち、刀のような形状の毒針を拾い上げる。


 ——集中。


 構え、力を込める。今、この身は竜守涼太ではなく、偉大なる轟天竜ヴァニフハールが、その強大な力ゆえに振るえぬ御業を代行するための装置だ。


 視界は依然不良。対象はおよそ時速60キロで移動中。あんなにデカい蟻が、もう豆粒ほどの大きさだ。周囲には薙ぎ倒されたとはいえ、遮るように大木が倒れている。


 射的のコンディションとしては最悪だ。普通に投げたら当たらないだろうし、平時の俺では仕留め損なうだろう。


 だが——


「必ずあてよ」


 ヴァニの命じるままに、俺の身体はアーマード・アーミーアントの毒針を投擲する。


 遮る大木もなんのその。俺の投げた毒針は、ありとあらゆる障害物を切断して直進する。

 

 木を切り、風を切り、音を切る。この一撃は、俺がただ投げたのではない。


 ヴァニが「必ず中よ」と願った。ならば、この一撃はどのようなことがあろうともなのだ。


 侮り難いことに、逃げていたアーマード・アーミーアントは、まるで生存本能に従うかのように、突如そのルートを直進から左折へと方向を変えた。


 投げた針はもう進行方向を変えることはできない。あの針は明後日の方向へとすっ飛んでいくことだろう——そう、普通に投げたのなら。


 針は大木に当たり、


 跳弾した針は、地面へ、大木へ、再び地面へ、そして——。


「ヒット」


 俺は、端的に結果をヴァニに報告する。


「……毎度思うんじゃが、いったいどういう手品なんじゃ?」

「いや、普通に投げて当てただけだろ。まぐれみたいなもんだけどな」


 本当に特別なことはなにもしていない。あるとすれば、ヴァニの応援くらいなもんだけど……正直に話すと調子に乗るから絶対に言わないでおこう。


「ふむ、これで一応の片はついたかの」

「あー、まあ」


 無惨な蟻の死骸の山と、抉れた地面、倒れた木々に目を瞑れば、完璧と言っていい。

 ああ、ヴァニを客寄せパンダとして活動するという方針はどこへやら。他人の配信に映り込み、デカい蟻と大立ち回り(というには一方的だったか)をしては、炎上待ったなしだろう。


 竜守の人間として、竜守市で困っている人がいれば助けるのは当然なのだが、当初の目的まで蔑ろにされては困る。……ああ、高かったんだけどな、配信機材。ダンジョン配信以外の方法で、またヴァニが金を稼げる方法を探さなくては。


「……う、噂には聞いていたが。竜守の人間は誰もが強いらしいな。その噂は本当だったわけか」


 ゆっくりとこちらに近づくのは、彼らの中で最も力量がありそうな男性であった。


「S級冒険者パーティ、ブルータートルのリーダーをやらせてもらっている倉田だ。今回は本当に助かった、メンバーを代表して礼を言わせてくれ」


 律儀に頭を下げられてしまった。年上の人に頭を下げられるのは、結構な数経験しているけれど。やはりどこかむず痒いものがあった。


「おお、S級! ……のう、涼太。S級とはどれくらい強いんじゃ?」

「……一応、冒険者のランク上では一番強いことになってるけど」

「なんと。G級ではないのか」


 そりゃクエストだろ。

 しかし、この人がS級か。……ううむ、外の冒険者の昇級試験は竜守市と基準が違うと聞いていたけれど、この倉田さんレベルではうちでB級に引っかかるかどうか。大変言い辛いが、ここ竜守4号ダンジョンははっきり言って適性レベルじゃない。


 ……と、なるとだ。


「あ……あの! 私からもお礼を言わせて下さい!」

「ふむ、お主はブルータートルの一員じゃなさそうじゃの。何者じゃ?」

「だ、ダンジョン配信者をやらせてもらっている、東雲カノンと言います!」


 この子のレベルは推して知るべし。うちの一般人と喧嘩させたら絶対駄目だな。……えー、ダンジョンを攻略していく内に大抵の冒険者は強くなるってのが一般的な言説じゃなかったのか?


 見てくれは整った女の子だ。まあ、隣にヴァニが立つとそれも霞んでしまうけど。このダンジョンの中じゃ良ければ食料、悪ければモンスターの増産装置だ。

 

「ダンジョン配信者じゃとぉ……? では我の商売敵ではないか!」

「後発が一番キレちゃいけない部分だろ! 頼む、少し黙っててくれ!」


 シリアスな思考を巡らせているのに、なんで我が家の駄竜はいちいち引っ掻き回そうとするんだ。


 全国に竜守の恥部を晒しながら、この後の炎上処理を想像して、俺は静かに胃を痛める。……ああ、どうか穏便につつがなく、この一件が収まりますように。

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