第7話轟天竜の蟻駆除開始
汗だくになりながらヴァニを追いかけてみれば、なんということでしょう。ちょっと目を離した隙に、彼女はダンジョン配信者の撮影に割り込んでいやがるじゃありませんか。
おい、炎上系の手段は避けようって言わなかったか、俺? いや、あそこまで清々しく行動されたんだ、もしかしたら言ってなかったかもしれない。……んなわけあるか。
配信に声と姿が映らないよう、ヴァニの視界の隅で両手を掻き寄せるようにしてカムバックのジェスチャーを敢行する、この汗まみれの俺の姿はさぞ滑稽だったことだろう。
「おお、涼太! 随分遅いと思ったら……その身振りはなんじゃ? ステゴロでかかってこい、ということかの?」
「ちっがうわ! 一旦こっちに来い、って意味だよ!」
が、そんな即席のボディランゲージがヴァニに伝わるはずもなく。
大きな声で名前を呼ばれれば、姿を現さないわけにもいかない。
うじゃうじゃと出てきたでっけえ蟻の集団に囲まれる冒険者が4人、うち一人が捕まっている、と。それとは別に、場違いなくらい弱そうな子がダンジョン配信者だろうか。
もー、どんな顔して出ればいいんだよ。
「あのぉ、竜守の者ですけどぉ……」
「なにを恥ずかしがっておるんじゃ、お主は。挨拶ははっきりと、ここに力を入れて喋らんか。ほれほれ」
「腹を叩くな、そんなことわかってんだよ! 間合いを測っていることくらい察してくれ! 勝手に飛び出したお前の尻拭いをしようと必死なんだよ、こっちは!」
「足の遅いお主が悪いんじゃ。我は悪くないぞ」
1層から4層まで道筋もモンスターも無視して、一人で突っ込んで行ったドラゴンに追いついただけでも褒めて欲しいもんだ。
「あ、アナタたちがあの竜守の……?」
ダンジョン配信者と思しき、俺とほぼ同い年の少女が尋ねる。
あの竜守の? いったいどの竜守のことだろうか。轟天竜ヴァニフハールの名前なら竜守市民でなくても知るところだろうが、竜守ヴァニと名乗って人間の姿に擬態していると知っているのはそう多くないはずだ。
「ふふん、活動して半日足らずでこの知名度よ。我が威光に惚れ直すがよいぞ、涼太」
「絶対違うからな。そろそろブレーキ踏んどけよ、お前」
往々にして、調子に乗ったドラゴンの末路は悲惨だ。竜守家の長男として、締めるところは締めねば。
そんな決意をもって一歩、ヴァニの前に出て挨拶しようとしたところ、彼女に脇を小突かれた。
「まあ任せておれ。我の年の功に比肩するものなぞ、そう無いのじゃからな」
「……マジで穏便に頼むぞ」
うむ、と黙っていればどこに出しても恥ずかしくない美少女の、小さな顎が鷹揚に振られる。
「いかにも! 我らがあの! 竜守市最強のパーティ、竜守バスターズじゃあああっ!」
……穏便、とは。
「……竜守?」
「……バスターズ?」
あんぐりとヴァニの自己紹介に口を開く、可哀想な冒険者とダンジョン配信者さん。願わくば俺もそっち側に混ぜてもらいたい。
なんだよ、竜守バスターズって。初めて聞いたわ、そんな草野球チームみたいな名前のパーティ。まさかとは思うけど、俺を頭数に入れてないだろうな?
「なんじゃ、その不満そうな顔は。我が直々に命名したパーティ名じゃぞ。もっと胸を張らぬか」
「そうだよな、俺も竜守バスターズの一員だよな」
「ふふん、嬉しかろ?」
うん。
「すんげー嬉しい」
我が家の崇める竜がコイツじゃなかったら唾を吐いていたところだ。
「お、お願いです! 村瀬さんは捕まって、池内さんは蟻の毒で瀕死なんです! どうか助けてください!」
「うむ、その願い。この竜守ヴァニがしかと聞き届けたぞ。汝はそこで休んでおれ、我と涼太でぱぱぱーっと万事解決するからの」
また安請け合いして。毎度、人の願いを——それも深刻になればなるほど——簡単に叶えようとする悪癖が出ている。
まあ、連れ出したのは俺だし、今回は大目に見てもいいだろう。相手は、アーマード・アーミーアント。その数は……うん、10から先は数えるのが面倒だな。
ドイツもコイツも、先程からヴァニの威圧感に気圧されてピクリとも動かない。つまりは雑魚、ってことだ。
「涼太、我に合わせるがよい」
「……いいけど。魔法は使わないでくれよ。ダンジョンが保たない」
「わーっはっは! 誰に物を言うておるか。我とて時と場合は見極めるわ!」
嘘を吐け、嘘を。
「二人だけでは無茶だ、撤退の援護だけでいい!」
「東雲さんは池内を安全圏に移動させてくれ、俺たちはこの二人と村瀬を確保した後に合流する!」
気炎を吐くヴァニに感化されたのか、あるいは二人の助っ人が現れたことで気力が回復したのか。
俺としてはあまり喜ばしくないことに、へばっていた冒険者が突然やる気を出してしまった。
ええっと……? それはちょっと面倒というか、厄介というか。個人的に気骨のある冒険者は好きだけど、正直ヴァニの狩りに付き合うには、少し練習が必要なわけで。
「む。汝らは休んでおれ。そこを動かれるとやり辛い故な」
「いや、しかし……!」
「……二度は言わぬぞ。そこを動くでない」
邪魔だから、と言わないのは人間が大好きなヴァニのささやかな思いやりだろう。こういうことくらい、俺に押し付けてしまえばいいのに。
「今度から俺が言おうか?」
「別によい。竜が恐れられるのならいざ知らず、竜守の名が恐れられては本末転倒じゃからな」
「……今のお前も竜守の人間で、俺たちの家族なんだからな。そこんとこ、忘れるなよ?」
「なんじゃ、長男風を吹かせたい年頃かの? ククク、では頑張るとするかの、おにーちゃん?」
「俺の妹は前世今世来世において小鈴しか認めねえよ!?」
「か〜ら〜の〜?」
「しつけえ!」
なんでコイツはさらっと妹枠に立候補してくるんだ! 図々しいにも程があるだろ! よくて従姉妹、譲歩しても姉ってところだ!
そんな俺のツッコミをさらりとかわして、ヴァニは攻撃のための準備を始めた。
「《天雷の鎖よ、我が身を縛れ》」
その詠唱が、合図であった。
ヴァニが唯一行う詠唱。これは攻撃でもなければ防御でもない。この魔法の効果は至って単純だ。
それは、対象のあらゆる能力を大幅に制限するというもの。攻撃も、防御も、その足の速さも魔法も。全ての生命がこの魔法に掛かれば、身を動かすことさえままならないほど弱体化する最強の妨害魔法だ。
それを、ヴァニは自分自身に掛ける。……無論、自爆したわけじゃない。
「さあ、害虫駆除の時間じゃな」
とんと地面を蹴る、一陣の旋風。次の瞬間、軽く50を超える巨大な蟻たちが、その全身をぐちゃぐちゃにされて宙を待っていた。
「——は?」
いや、その疑問は尤もだ。慣れてない人の目にはなにが起きたか分からないだろう。
「……はあ、分かってはいたけど全然衰えてないな。俺も毎日エナドリ10本飲むか?」
合わせろと言われて同意した手前、ここで呑気に見物するわけにも行かないだろう。
俺は億劫な気分を吐き出して、暴れる風の中にその身を投じた。
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