第4話轟天竜の初配信

 竜守4号ダンジョン。以前、市の依頼という形で小遣い稼ぎに内部を撮影したことがあるが、至って普通のダンジョンだ。


 初配信、ということもあって人の少ないダンジョンを選んだつもりだが……案の定、ここは不人気らしい。


 特に映えるようなスポットはなく、あるのは鬱蒼とした木々だけだ。

 森林系ダンジョン特有の木と土が湿ったような匂い。ぬるりと肌を撫でる風は生温かく、少し動けばじっとりとした汗が出る。

 視界は薄暗く、見通しは悪い。ダンジョンというだけあって、道幅には困らないが油断をすれば木の影からモンスターが飛び出てくるだろう。


 ……ここのモンスター、虫っぽい見た目したヤツが多いから配信にフィルターかけたほうがいいか?


 明らかに人のものじゃない、地面を叩く足音が先程から俺たちの周りで鳴っている。賢いモンスターだ、きっと俺とヴァニの力量を測ろうとしているのだろう。


「しけたダンジョンじゃの。なにも無いとは面白くない。のう涼太、映えとやらを意識せんでよいのか?」


 普通のダンジョン、とはいえだ。いくらなんでもこのドラゴン、気を抜きすぎだろ。


「初配信で俺も手探りなんだよ。人のいないここなら問題が起きても周りに迷惑をかけなくていいだろ?」

「? 配信とは人に見られてナンボの活動なんじゃろ? ならば有名配信者の撮影にちょろっと映り込めばよいではかいか」

「……売名行為は禁止って話じゃなかったのかよ。そんなことしてみろ、一発で炎上するぞ」


 こいつの肝の座り方は配信者向けだと思うけど、ドラゴンスケールの倫理観はさすがにアウトだ。


「我が言ったのは売名による危険行為の禁止じゃ。炎上行為ならば我は寛容じゃぞ?」

「ヴァニが寛容でも世間は寛容じゃないんだって。今日日、女性に対する挨拶一つでセクハラ扱いされる時代なんだぞ」

「なんじゃ、それは。なにかのトンチかの」


 キョトンとするヴァニに社会的な道徳と規範を期待するのは間違いだ。こいつの現代知識はアニメ、漫画、ゲームといったもので蓄積されている。ほんと、とんでもない話だ。

 

「しかし人間は他者への悪評に敏感じゃな。大抵百も生きられんくせに、よくそんなつまらんことに時間を使えるの」

「ドラゴンサイズのデカい物差しで人間を測るなよ。……小さな人間は、ちょっと大きな人間の失敗や悪評を叩いて自分を大きくしたいんじゃないの?」


 俺にはよく分からない感覚だけど。


「なんと。では他者を叩かずに大きくなった涼太は立派じゃな。飴ちゃんをやろうではないか」

「いや、もう飴貰って喜ぶ歳じゃないんだけど」

「そう言うでない。人の子から捧げられるものを我が拒まぬように、お主も我が与えるものは全て受け取るがよい」

「……はいはい。じゃ、ありがたく」


 普段の自堕落なヴァニに対しては強く言えるんだが、どうしてもおばあちゃんのような言動には弱い。……小さな頃から、この飴をもらうと滅茶苦茶喜んでるんだよな、俺。


 いかんいかん、ノスタルジーに浸っている場合じゃない。今日はダンジョン配信をしに来たんだ。


「とにかく、今日のダンジョン配信は自己紹介と4号ダンジョンの探索にしよう。なぜかは知らないけど、市のダンジョン紹介動画でここの視聴数がいいから、少しは視聴者が来てくれると思うし。だから気合い入れてくれよ?」

「まあよかろう。我のコレクションのため、ひいては可愛いお主のためじゃ。我も一肌脱ぐとするかの」

「……」


 全部お前のためなんだが? ヴァニが一人でアルバイトでもしてくれるなら、俺だって配信に付き添う必要ないんだぞ。


 しかしその動機がヴァニの頭の中で勝手に解釈されていようと、そのやる気に水を差す必要はないだろう。


「それじゃあ配信始めるぞ」

「うむ、いつでも問題ないぞ」


 一つ、息を吐いてスマホの画面の配信開始ボタンに触れる。

 

 ドローンのカメラを通して、俺とヴァニの姿が全世界へと配信される。……スマホを見れば、コメントも視聴者数もゼロ。当然、これでは一銭も懐には入らない。

 

「見ておるか、人の子たちよ! 我が名は竜守ヴァニじゃ! 平伏し、疾くチャンネル登録と高評価をポチるがよい!」

「ちょいちょい! アーカイブに残るんだから、言葉には気をつけろって!」

「む。なにか変なことでも言ったかの?」


 そりゃあもう、バリバリ。なんで視聴者に平伏しろとか言っちゃうんだ。

 一旦枠を閉じてやり直すか? そんな選択肢が頭を過ぎった瞬間、0だった視聴者数が1と表示されていることに気付く。


「1ぃ〜? 一人しか見ておらんではないか!」

「なんでキレるんだよ……。無名のダンジョン配信者なんてこんなもんだから、最初は我慢しろよ」


 見当違いのキレ方をみせるヴァニを、俺は小声で咎める。視聴者様は神様なんて言うつもりはないが、一期一会の縁くらいはあるだろう。


"竜守4号ダンジョン攻略してるって本当か?"


 ぽん、と脈絡もなく流れてきた一つのコメント。その意図を汲むのに一瞬だけ思考が奪われる。


 ええっと、どういうことだ? 竜守4号ダンジョンになんか深い意味なんてあったか?


「はじめまして! コメントありがとうございます。そうですね、今日探索するのは竜守4号ダンジョンで間違いありませんよ」


 今すぐここが竜守4号ダンジョンであることを証明する手段はないけれど。この森っぽい感じとか、薄暗い感じとか……市のホームページにある紹介動画を見てくれれば、なんとなく分かってくれるだろう。


"分かった、信じる。今、竜守4号ダンジョンで女の子がヤバいことになってるんだ。危険なお願いだし、報酬はなにも用意できない。断ってくれてもいい。ただ、どうか——"


 そのコメントを読み切るより先に、ヴァニが静かに口を開いた。


「行くぞ、涼太。準備は良いな?」

「……はいはい、今日に限って厄介ごとかよ!」


 "助けてあげてほしい"その一文は、このぐうたらなお人好しドラゴンを動かすのに十分な殺し文句であった。

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