第2話轟天竜の皮算用

 ここ竜守市は日本屈指のダンジョン発生地域である。竜の住む街として広く知られているが、我が家のドラゴンを目当てで訪れる観光客は少なく、その資源となっているのは数多くのダンジョンであった。


 発生の原理は憶測こそあるものの不明であり、その構造は現代科学でさえ匙を投げる摩訶不思議の迷宮。数多の財宝と資源が眠るダンジョンは、人類が足を踏み入れるには危険な場所であった。


 しかし、大昔より人は財宝を求めて次々とダンジョンに挑んでいる。運と実力さえあれば一財産を築くことも可能——となれば、一つの職として当然認知度されるわけで。


 もちろん、俺こと竜守涼太はそこまで蛮勇じゃない。そんな俺と同じような考えを持つ、臆病だが貪欲な者たちがダンジョンを利用した金稼ぎの方法を思いつくまで時間は必要なかった。


 それがダンジョン配信だ。動画配信というコンテンツに冒険の要素を足した、今流行りの人気動画ジャンルである。

 必要なのはトークセンスと見栄え、それから少々の冒険。そこにちょっしたオリジナルの要素があればなおよしだ。


「ほー。このドローンで撮影して、コメントはスマホで確認すると。中々忙しそうじゃの」

「慣れれば案外簡単だし、コメントは俺が読むから気にしなくていいぞ。ヴァニはドローンを壊さないことだけ気をつけてくれ」

「む。我をそこらのドラゴンと一緒にするでない。人の作るものがいかに繊細か、江戸の時代に望遠鏡を壊してからよーく理解しておる」

「へー。江戸時代に望遠鏡なんかあったんだ。……って、お前もしかして歴史的文化財を壊したのか?」


 江戸時代の望遠鏡なんておいくら万円するのだろうか。怖くて考えたくもないぞ。


「ふむ。今にして考えてみればかなりの損失じゃな。しかし我が道具の脆さを学び、物の価値を知るにはよい勉強代になったゆえ必要な損失であったともいえるの。まあ、小さいことを気にするでない」

「気にするでない、じゃないんだよ。本当に反省してるのか?」

「無論じゃ。それにほれ、その望遠鏡の価値は現代だから跳ね上がっとるわけで。時効じゃ、時効。そもそもお主が壊そうとした我のコレクションの中にも、聞けば目玉が飛び出るほどのお宝があるんじゃぞ? 言うまでもないが、我が先見の明と審美眼は定命の者では辿り着けぬ境地にある。くく、褒めてもよいぞ?」

「へえ。じゃあダンジョン配信が上手くいかなかったらそれ売ろうか」


 当面の活動資金には困らなくなりそうだ。


「うぉい! そういう話の流れじゃなかったじゃろ! この美への感性を讃えて我の好感度を稼ぐ選択肢を無視するでない!」

「なんだよ、選択肢って」


 審美眼以上に変なことを学びすぎだろ、この駄竜。どうせ漫画かゲームのネタだろうけど、少しは人様に崇められている自覚を持って欲しい。


「まあ、我のコレクション売却の是非については置いておくとして。そもそもダンジョン配信における成功とはなんじゃ?」

「……そりゃあ、ヴァニが暴飲暴食しても困らないくらい稼げば一応の成功かな」

「漠然としとるのー。こういうのはしっかり目標と手段を具体的に決めておいた方が良かろう?」


 ……年の功、とでも言うべきか。普段は自堕落な生活を送っているくせに、こういうアドバイスは的確だ。


「じゃあ具体的には?」

「そうじゃのー……」


 片目を瞑り、ヴァニは「ふむ」と一息吐いてから意味深な溜めを作ってから口を開く。


「ダンジョン配信のいろはは知らぬが、チャンネルの宣伝は惜しまない、不断を心掛けて活動をする、売名のための危険行為は避ける、とかじゃなかろうかの」

「……なんかありきたりなこと言ってないか?」

「クク、成功に近道なし、ということじゃな。人生における一発逆転なんぞ、そうそう起こらんよ」

「毎日怠惰な生活をコツコツ積み重ねた奴が言うと説得力が違うな」


 世界広しと言えど、ここまでドヤ顔で耳の痛い話を恥ずかしげもなく口にできる駄竜はいないだろう。


「だが、我がいれば一発逆転なぞ朝飯前じゃろうて。我は轟天竜ヴァニフハール。人と同じやり方なぞするわけなかろ」

「と、いうと?」

「まずこの身体よ。美しさは元より、老いも若きも自由自在。見栄えに関して我の右に出る者はおらん」


 そういって、身を惜しげもなく妖艶にくねらせる。……なるほど、見慣れていたせいで見落としていたが、その見てくれは一見の価値がある美しさだ。視聴者の導線があれば、バズること間違いなしだろう。


 問題はその導線だ。今や知名度は金で買わなければ得られない時代である。そんなもの、俺はもとより引きこもりのヴァニだって持っちゃいないはずだ。


「そも我には熱烈なファンが元よりおるからの、このダンジョン配信に失敗はなかろう」

「へえ。日がな一日部屋に篭って映画見たり漫画読んだりゲームしてるヴァニにファンが? 物好きな連中もいたもんだな」

「うむ。竜守に住まう人の子、その全てが我のファンじゃろ?」


 ……なんだろう、この大海を優雅に泳いでいたらダイナマイト漁で釣られた魚のような気分は。

 満面の笑みで両手を広げるヴァニの間抜けな姿に、俺はズキズキと痛む頭を押さえる。


「そりゃあ、確かに竜守市に古くから住んでる人はヴァニの竜の姿を木彫りや掛け軸で知ってるだろうけど。人のときの姿を知ってるのって何人いるのよ」


 あと竜守市に住んでるからってファンとしてカウントするのはいかがなものか。その理屈が通るなら、俺もヴァニのファンになってしまうじゃないか。


「関係なかろう。我が力が不変であるように、彼らの信仰もまた不変。ゆえに我の姿がいくら変わろうと必ず応援してくれるじゃろ」


 竜守市民の皆様をなんだと思っているんだ。


「……はいはい、期待せずに待とうな」

「そこは期待して待つところじゃろ。大船に乗ったつもりで我を信じよ!」


 なんで俺が乗ろうとする大船は、こんなにも船底に穴が開いているんだ。

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