我が家の引きこもりでぐうたらな最強ドラゴン、ダンジョン配信でバズってしまう

久路途緑

第1話轟天竜は働きたくない

 我が家にはドラゴンがいる。世間一般がイメージする、あの翼の生えた伝説の生き物だ。


 巨大な翼に雄々しい角。獰猛な牙に万物を割く爪。口からは鉄すら容易に蒸発させる炎を吐き、その体躯は山の如く——とまあ、書き連ねればかなりヤバい化け物みたいだ。


 が、それは世に伝わる御伽話。現実ってやつは、蓋を開けてみれば存外大したことがなかったりする。


「涼太ぁ。我のポテチとエナドリがなくなってしまったんじゃが。一大事じゃと思わんかの?」


 広いだけが取り柄の古い竜守たつもり家——もう古民家と言ってもいいだろう——の最も広い一室。見目麗しい女性が、今にも溶けそうな声で俺にポテチとエナドリを強請ってくる。


「それでもう5袋目なんだけど。エナドリにいたっては7本目だし。ふざけんなよ、お前。毎日毎日、人間だったら恐ろしくてできないような食生活しやがって」

「クク、定命の者たちはつらいのー。こんなに美味い菓子を自ら作り出しておきながら、それらを味わえば味わうほど短い寿命をさらに削るとは。ならば代わりに我が味わってやるのが情けじゃろうて。ほれ、はよう持ってこい」


 竜守ヴァニ。胸元にポテチのカスを散らすこの女の姿をしたなにかが、不遜にもこの街の守護竜と嘯いたのは遥か数百年も前の話。そして、偉大な祖先がときの権力者に彼女の世話を仰せつかったのが、俺たち一族の運の尽きだった。

 

 こいつ、変身して人の姿をしているくせに胃袋はドラゴンサイズなのだ。おかげで共働きの両親の稼ぎも虚しく、エンゲル係数は高止まりする日々である。


 無用の長物とはまさにこのこと。どう考えたって平々凡々な庶民の家にドラゴン一匹を飼うのは荷が勝ちすぎている。毎食毎食、軽く10人前の飯を平らげるくせに、常に「飯はまだかの?」と耄碌した老人のような独り言を口にするから手に負えない。


 じゃあドラゴンを飼うメリットとはなんぞやと自分に問いかける。……特になくね? しいてあげれば、美女が家族になってくれることか。が、生まれたときから顔を合わせていれば、不思議なものでそういう目で見られなくなるのだ。


 結論。人が汗水垂らして働いている横でポテチをドカ食いする、クソの役にも立たない女が同居してくれる……メリットなのか、これは。

 

「働かざる者食うべからずって言葉、知ってるか?」

「ほほう、この我が働いていないと?」

「どこをどう切り取っても働いちゃいないだろうが!」

「阿呆め。我の手元をよく見よ」


 ヴァニに促された視線の先には、一台のゲーム機。現在、ヴァニがプレイしているのはモンスターをハントする某ゲームだった。


「此奴の逆鱗が足りなくての。エナドリを持ってきたら我の仕事を手伝うがよい。なに、2落ちまでならキレぬから安心せい」

「おい、ボケるならネタは一回につき一つまでって言っただろ。それともマジで言ってんの?」

「? マジで言っとるんじゃが」


 よし、ぶっ飛ばす。


「世間じゃゲームで一狩り行くことを働くとは言わないんだよ! つーか狩られる側だろお前は! ドラゴンが人間の娯楽を堪能してんじゃねえ!」

「あー! ライン超えじゃぞお主! 我の目の黒いうちにドラゴン差別とはいい度胸じゃ! いいのか? 我が人間相手に一狩り行ってもいいのか? 本気を出したら瞬殺じゃぞ!」

「おうやってみろ。お前が人様の命を奪う前に、そのコレクションは全部ぶっ壊す」


 指をポキポキと鳴らして、俺はヴァニを威嚇する。残念ながらヴァニの逆鱗の位置は知らないが、彼女の泣きどころはよーく知っている。


 整頓された棚のショーケースには、古民家のインテリアに相応しくない、ロボットやら美少女やらのフィギュアが所狭しに配置されている。その横にはマンガ、ライトノベル 、ゲーム等々が埃ひとつ被ることなく置かれていた。


 金銀財宝を守る竜と聞けば、さながら御伽話のドラゴンのように思えるが。ヴァニにとっては、これらオタク色満載のアイテムこそが財宝である。こんな残念なドラゴンが地域の守り神と崇められているのだから世も末である。


「ち、ちょっとしたドラゴンジョークではないか。我は偉大なる轟天竜、ヴァニフハールじゃ。戯れで人を襲ったりせんよ?」

「笑えないな、そのドラゴンジョーク。絶対に小鈴にはするなよ」


 小鈴のやつが聞いたら泣いてしまう。俺の妹とは思えないほど心優しいあの子のことだ、冗談でもヴァニの人類抹殺宣言なんて聞いた日にはどうなることか。


「ふん。悪いのは涼太じゃからな。我に働け、などと尊大不遜な冗談を言ったのは竜守の人間でもそうはおらん。ドラゴンジョークはそのお返しじゃ。つまらなくとも笑って流すがよい」

「いや、俺のは冗談じゃないぞ」


 つまらないドラゴンジョークごと話題まで水に流そうとするんじゃない。

 俺は竜守市の掲示板に張り出された数枚のチラシを、すっとヴァニの目の前へ差し出す。書かれている内容は、どれもアルバイト募集の旨だ。


「い、嫌じゃ! 我はドラゴンじゃぞ! なにが悲しゅうて汗水垂らさねばならんのじゃ!」

「汗水垂らしてる父さんと母さんによく足を向けて寝られるな、お前。ほら、今なら俺も一緒にバイトするから。それにお店の人もヴァニがよく知ってる方ばかりだから、そう構えるなよ」

「いーやーじゃー! なにを勘違いしておるかは知らぬが、我は労働の二文字が嫌いなんじゃ!」


 ……この無駄飯食いの性根はマジで一回叩き直さねば。俺の何百倍も生きていようが関係ない。


「じゃあ、言い方を変える。金を稼ごう。ヴァニ、ダンジョン配信って知ってるか?」

「ダンジョン配信? ああ、人の子が分を弁えずに危険を冒し、迷宮の産物を持ち帰る様を映像にして世に出しているアレかの」

「……おおよそ合っているけど、言い方は気をつけろよ。ノンデリはマジで炎上ネタになるからな」


 このドラゴン、普通に人間を「定命の者」とか「脆弱な人の子」とか言って、ナチュラルに見下す悪癖がある。見てくれが美しいだけに、その口の悪さも威力が増しているように思えるのはきっと錯覚ではない。


 デリカシーにうるさい昨今、なにが炎上の火元になるか分からない。引きこもりでいる内は、その口の悪さも家族で笑って許してやれるが、世間様はそうもいかないだろう。


 しかし、だ。このドラゴンとしてのプライドで凝り固まった残念美女を、いつまでもこの広い部屋で遊ばせてはおけない。労働が嫌だというのなら、そのイメージが薄いダンジョン配信で稼いでもらうしかないだろう。


 どうせ接客業やら肉体労働やら、ああだこうだと難癖をつけて拒否することは目に見えていた。俺は貯めていた小遣いで買った配信機材を持って、その本気度をヴァニに見せつける。


「労働か、ダンジョン配信か選んでくれ。そうしたら俺は今後ヴァニが稼いだ金の使い道について、とやかく言わないから」

「お、おおう。倹約家の涼太がこんなに散財するとはの」

「散財じゃない。立派な投資だろ。……で、どうするの?」


 俺の本気を察して、もう後がないと察したのだろう。暫しの懊悩を見せたヴァニは、ようやく観念したようで、ゲーム機の電源を切ってからこれ見よがしな溜め息を吐いた。


「……可愛い涼太の頼みじゃからの。仕方あるまい。本当に本当にやりたくはないのじゃが、少しばかり迷宮に足を運んでみようとするかの」


 お前は俺の祖父母か。


「……はいはい、可愛い俺のお願いだからね。で、ダンジョン配信の方にするんだな」

「勘違いするでないぞ。我は働くのではなくダンジョンを散歩するだけじゃ」

「その労働に対する絶対の忌避はなんなんだよ……」


 俺の祖先はこの我儘な駄竜をどう御していたのか気になるところだ。

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