別の世界

「ああ、聞こえたよ。全ての住民を殺せって言われた」

 奏多かなたは答えた。彼女の眼差しは警戒心を帯びており、その構えは臨戦態勢であった。

「そんな怖い顔しないでよ。僕は別に、人を殺してまでここを出ようとは思ってない」

 そう返した男は、酷く怯えた態度だった。奏多はため息をつき、不敵な笑みを浮かべる。

「こんな場所で、それもこんな状況下で、易々他人を信じろと? お花畑の肥料になりそうなオツムしてやがるな、アンタ」

 そう言い放った奏多は、左手で男の胸ぐらを掴み上げた。男は涙目になり、震えている。

「そ、そんなつもりじゃ……」

 そう呟いた彼に構わず、奏多は自らの右手に宝石の剣を生成した。眼前の男は今、まさに絶体絶命である。


 しかし、奏多は意外な行動に出た。


 彼女はしばらく男を睨みつけた後、彼をその場に優しく降ろした。彼女の手元に生み出されていた宝石は光の粒子と化し、宙に消えていった。唖然とする男に対し、奏多は言う。

「……やめだ。アンタは、人を殺せる目をしちゃいねぇ」

 どうやら彼女は、目の前の見知らぬ男を信じることにしたようだ。男は胸を撫で下ろし、すぐに愛想笑いを浮かべた。

「僕はディラン・マクロフォード。この世界について知るために、先ずは君と情報を共有したいな」

「オレは御代奏多みしろかなた。ディスペアという化け物から地球を守るために、何度も時間を巻き戻してきた」

「チキュウ……? それは君の友達かい?」

 妙な質問だ。奏多は怪訝な顔で首を傾げるばかりである。

「地球って言ったら、オレたち人間の住んでる星だろうが」

「ああ、アニマスフィアのことか」

「アニマスフィア? 知らねぇな。どうやらオレたちは、別の世界からここにたどり着いたってところか」

 一先ず、ここで一つの真実が発覚した。しかし二人には、まだ共有していない情報もある。ディランは己の後頭部を掻きむしり、自分がここにたどり着いた経緯を説明する。

「そうみたいだね。次は僕が情報を明かす番か。僕は親友の死を食い止めるために時間をやり直してきたんだ。それも、数えきれないくらいにね」

 両者に共通していることは、幾度となく時間を巻き戻してきたことだ。

「なるほどな。まあ、ダチ一人のために人殺しになる覚悟なんざ、アンタには無さそうか」

「はは……確かにそうかも知れないね。だけど、仮に僕が勇敢であったとしても、人殺しになんかならないと思うよ」

「まあ、ダチのためにそこまでする義理なんか、アンタにはねぇだろうからな」

 そう――ディランにその義理はない。しかしその事実は、彼が人を殺さない旨とは無関係である。

「違うよ。そういうことじゃないんだ」

「おやおや、外しちまったか。続けてくれ」

「……僕が人殺しになることを、僕の親友は望んでいない。アイツの死を食い止めたい以上に、僕はアイツを悲しませたくないんだ」

 そう語った彼は、真っ直ぐな目をしていた。その表情一つで、奏多は彼が嘘をついていないことを察する。

「その目……本気だな。気に入った。」

「……それで、君はどうするの?」

「オレも、自衛以外では人を殺さねぇ。人様の命を奪ってまで手に入れた未来であっても、世界を救える確証はねぇからな」

 どうやら二人の考えは一致したようだ。ディランは笑顔を見せ、奏多に提案する。

「ここで一緒に暮らそう、奏多」

「藪から棒にプロポーズか?」

「ちょっ……違うって! そういうつもりじゃ……」

 ディランは赤面し、少しばかり取り乱した。そんな彼を笑い、奏多は言う。

「ククク……冗談に決まってんだろ」

 世界を背に戦っていたわりに、彼女は意外にも飄々とした女であった。

「と、とりあえずさ……もう少しこの世界について調べてみようよ! ね!」

 ディランは頬を紅潮させたまま、奏多を連れて街を散策した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る