没例文


 ヒロシは憤っていた。目の前の惨状――綺麗に整理整頓された我が部屋を見ての、怒髪天を衝くほどの憤りだった。おそらく母親の仕業だろう。ヒロシが年を取るにつれヒロシへの扱いがぞんざいになっていく母親は、ヒロシが絶対にしないで欲しいという行為を平気でするところがあった。ノックをせずに部屋に入る、人のノートを勝手に見る――自分で掃除をするからと言っておいたにもかかわらず、勝手に人の部屋の掃除をする。


 その結果が、今まさにヒロシのベッドの上にうずたかく積み上げられた母親似の熟女系のエロ本の山だ。ヒロシはベッドを激情のままにドンと叩いた。まるでおねぇ座りで脚線を披露するエロ本女優のようにエロ本の山がみだらに崩れた。


「ふざけんじゃねぇよ糞婆! 自分で掃除するって言っといただろうが! これだから俺は糞婆のことが嫌いなんだよ!」







「あの人だかりの中央にいるのは佐藤ヒロシって名前の同級生なんだけど、他人をいじめるのが大好きな糞野郎で、できれば関わりたくないんだ。本当に屑でさ、平気で人に生卵を投げつけるんだよ。だから早く行こうぜ」




 人だかりの中央にいる男は佐藤ヒロシ。他人をいじめるのが大好きな糞野郎だ。できれば関わりたくない。本当に屑で、平気で人に生卵を投げつけるような男なのだ。だから早くこの場を去ろうと田中博は友人の鈴木勝に提案した。





「おいカスミ。お前鼻毛出てんぞ」


 ヒロシにとってカスミはエターナル美少女だ。憧れ中の憧れ。授業中はいつも後ろの席からうなじのラインをじっと見てる。好きなのだ。カスミのことが。その髪懸かったうなじのラインが。たまにカスミが振り返ってバレそうになるが、そのスリルが逆にいい。逆に、ヒロシの視線をカスミのうなじへと引き付ける。リスクがリターンを際立たせる。背徳感がカスミのうなじをさらに色気づかせる。カスミはヒロシの学園生活をただそこにいるだけで華やかせる天使なのだ。


 そんな天使の鼻毛を見つけてしまったのはほんの偶然だ。少しローアングルで。そう思い消しゴムを落としてカスミを見上げた瞬間、眼に入ってしまったのだ。そして気づいた瞬間、チャンスだと思った。いつも言葉はおろか挨拶すら返してくれない高値の花の天使たるカスミを自分の位置まで、人間の位置まで引きずり下ろし、そして自分に否が応でも構わせるチャンスだと。そう思った瞬間、上記の台詞を発していた。カスミの羞恥に染まった表情を見た瞬間、カスミを穢した興奮がヒロシの身を包んだ。


 カスミはいつも自分を視姦してくる学園で一番嫌いなキモオタに向けて、ありったけの嫌悪を籠めて叫んだ。


「死ねよこのキモオタが! いつもいつもきめぇんだよ! 何が鼻毛だ! にちゃついてんじゃねーぞ!」








「ちっ、どじっちまったぜ」


 俺――佐藤ヒロシは血の滲んだわき腹を抑えながらそう言った。まさかこんなことになるとは――ぐっ! 痛い! 脂汗の滲んだ顔を悔恨に歪ませながら俺は一分前の出来事を脳裏に再現する。


 それはカスミに誕生日を祝うドッキリを単身仕掛けたときのことだった。


 俺の頭の中ではこうなる予定だった。友人との誕生日パーティーの帰り、祭りの後の静けさにセンチメンタルを感じながら夜道を歩くカスミをプレゼント片手に奇襲。背中に隠した花束を電柱の陰から現れると同時にプレゼントフォー・ユー。カスミは驚きながらも相手が俺だと知ると、実は急に一人になって寂しかったの。ヒロシくんって、ちょっとわんぱくだけど優しいね……好き……。カスミが顔を近づけてくる。おいおい参ったなといいながら俺は仕方なくカスミに応じる。ちゅっ……2人は幸せなキスをして互いの気持ちを確かめ合い、恋人、結婚、HAPPY ENDING――そうなる予定だった。


 そんな青写真はドッキリの1段階目から失敗した。後ろ手に花束を隠して突進する俺を見てカスミは悲鳴を上げて金的。「ああああああああああああ!」と悲鳴を上げながらも、必死にプレゼントを渡そうとする俺を見てカスミはさらに追撃。俺が世界で最も愛する漫画【ホ〇リ〇ランド】でリーチと破壊力を兼ね備えたマジヤバい攻撃とまで作中最強キャラに言わしめたマジヤバい前蹴りを俺の脇腹に突き刺してきたのだ。文字通り、ハイヒールのかかとを突き刺してきたのだ。カスミはその攻撃を最後に逃げて行った。ドッキリを仕掛けた相手が俺だと最後まで気づいた様子はなかった。どうせなら姿もちょっとだけ隠してドッキリ感を倍増させよう。そう思ってフードを深く被って接近したのが功を奏した。地面に蹲り痛むわき腹を抑えながらも俺は笑う。正体はバレていない。なら、まだ希望はある。これからいくらでも挽回できる。今日はちょっとドジっただけ。また明日から頑張ればいい。


 俺は何とか立ち上がり脇腹を抑えたまま壁にもたれて、痛みに脂汗を掻きながらもニヒルに口角を歪める。そして、ちょっとドジなところも俺の心を捉えて離さないカスミを夜空の星に重ね合わせ、その星を拳の中にぐっと捉えて言った。


「ぜってー、諦めねぇ。この程度じゃ、挫けねぇ。いつか絶対、お前を振り向かせて見せる。愛してるぜ、カスミ」


 俺の希望に答えるかのように、偶然傍を通った選挙カーの車が「明るい未来を目指しましょう!」と力強く言った。まるで俺の未来を暗示しているかのようだった。






 3人称版


「ちっ、どじっちまったぜ」


 ヒロシは血の滲んだわき腹を抑えながらそう言った。まさかこんなことになるとは――ぐっ! 痛い! 脂汗の滲んだ顔を悔恨に歪ませながらヒロシは一分前の出来事を脳裏に再現する。


 それはヒロシがカスミに誕生日を祝うドッキリを単身仕掛けたときのことだった。


 ヒロシの頭の中ではこうなる予定だった。友人との誕生日パーティーの帰り、祭りの後の静けさにセンチメンタルを感じながら夜道を歩くカスミをプレゼント片手に奇襲。背中に隠した花束を電柱の陰から現れると同時にプレゼントフォー・ユー。カスミは驚きながらも相手がヒロシだと知ると、実は急に一人になって寂しかったの。ヒロシくんって、ちょっとわんぱくだけど優しいね……好き……。カスミが顔を近づけてくる。おいおい参ったなといいながら仕方なくヒロシはカスミに応じる。ちゅっ……2人は幸せなキスをして互いの気持ちを確かめ合い、恋人、結婚、HAPPY ENDING――そうなる予定だった。


 そんな青写真はドッキリの1段階目から失敗した。後ろ手に花束を隠して突進するヒロシを見てカスミは悲鳴を上げて金的。「ああああああああああああ!」と悲鳴を上げながらも、必死にプレゼントを渡そうとするヒロシを見てカスミはさらに追撃。ヒロシが世界で最も愛する漫画【ホ〇リ〇ランド】でリーチと破壊力を兼ね備えたマジヤバい攻撃とまで作中最強キャラに言わしめたマジヤバい前蹴りをヒロシの脇腹に突き刺してきた。文字通り、ハイヒールのかかとを突き刺してきたのだ。カスミはその攻撃を最後に逃げて行った。ドッキリを仕掛けた相手がヒロシだと最後まで気づいた様子はなかった。どうせなら姿もちょっとだけ隠してドッキリ感を倍増させよう。そう思ってフードを深く被って接近したのが功を奏したようだった。地面に蹲り痛むわき腹を抑えながらもヒロシは笑う。正体はバレていない。なら、まだ希望はある。これからいくらでも挽回できる。今日はちょっとドジっただけ。また明日から頑張ればいい。


 ヒロシは何とか立ち上がり脇腹を抑えたまま壁にもたれて、痛みに脂汗を掻きながらもニヒルに口角を歪める。そして、ちょっとドジなところもヒロシの心を捉えて離さないカスミを夜空の星に重ね合わせ、その星を拳の中にぐっと捉えて言った。


「ぜってー、諦めねぇ。この程度じゃ、挫けねぇ。いつか絶対、お前を振り向かせて見せる。愛してるぜ、カスミ」


 ヒロシの希望に答えるかのように、偶然傍を通った選挙カーの車が「明るい未来を目指しましょう!」と力強く言った。まるで自分の未来を暗示しているかのようだとヒロシは思った。






 ヒロシはアキラにキスをした。柔らかいのに弾力に満ちた不思議な感触。だが男にやられて喜ぶ趣味はアキラにはない。アキラはヒロシの横っ面を弾き飛ばした。頬を抑えながら気持ち悪い角度でアキラを見上げてくるヒロシにアキラは指を突き付けて唾を飛ばした。


「このホモガキが! 美少女に生まれ変わってやり直せ!」


 




 人称のタイプというのは視点と客観性のつまみをチャンネルのように弄ることで変化すると文字図で説明しようとしたが、上手く練り込めずまた合ってるかどうか自信がなくなったので没。憑依型を書くときは1人称の客観性を低に合わせる感じで……みたいな説明をしようとも思ったのですが、別に1人称でもかなりの客観性を保った文章とか、作者視点でも主観の塊みたいな文章などいくらでも例外はあり、この図に人称と視点と客観性の関係性を落とし込むことには限界がありそもそも出来も悪く無駄に惑わすくらいなら没にするべきだと判断しました。そういう事情を話したうえでならギリギリ公開する価値があるのではないかと思い載せてます。



 人称       視点    客観性

1人称       主人公    超低

3人称憑依     主人公    低   

3人称背後霊   主人公の背後  中

3人称作者     作者     高

3人称神       神     超高

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