王宮舞踏会②
私達も踊りましょう、と父の手を引っ張って中央へ移動した。婚約者だった時はリエトと踊っていたがあくまでも義務。ファーストダンスが終われば二人は別々の行動を取るのが常だった。
「カタリナと踊ったのを思い出す」
そういえば。
「叔母様と踊っている姿は見たことがありませんでした」
父を異常なまで愛していた叔母がファーストダンスは無理でもダンスを踊らなかったのは何故かという疑問は父があっさりと答えてくれた。
「アニエスはダンスが苦手だったんだ。練習の相手をされた時、何度も足を踏まれて怪我をした覚えがある」
「そうだったのですか」
踊る相手はルイジだけで。ファーストダンスが終われば、以降は二度と踊らなかった。
社交界の華は消えても、別の華が生まれ社交界を美しくする。
ファーストダンスが終わると後はどうするかとなった。
「ベルティーナ嬢、次は私と!」
「いえ僕が!」
終わったのを見計らって次々にダンスを申し込まれる。王太子の婚約者から、次期アンナローロ公爵家の跡取りとなったベルティーナに近付きたい令息達ばかり。どれも婚約者のいない令息達だ。
早速か、と小さく息を吐いたベルティーナは父と話があるからと中央から抜け出し、通りかかった給仕からジュースとワインを受け取り、ワインは父に渡した。
「酒は飲まないのか」
「どうでしょう。まだ飲んでいないので飲めるか分からないのです」
「弱い酒から試したらいい」
「今度、家令にお勧めを聞いてみます」
……それにしても。
「未亡人やご婦人方はお父様と踊りたいようですわね」
ベルティーナだけではなく、父もダンスを申し込みたいと狙う未亡人やご婦人から熱烈な視線を受けていた。母とは別居中といえ、離縁していないのに。
ベルティーナは当主となるなら、婿を取るのは必須。
――結婚相手ね……
「ベルティーナ」
「殿下?」
グラスを揺らしてジュースの水面が揺れるのを眺めるベルティーナを近くへ来たリエトが話をしたいと言う。
ベルティーナは父に断りを入れ、リエトの後を歩いた。着いた先はテラス。ここなら少なくとも邪魔は入らない。
「驚きました。殿下が王太子位を降りるなんて」
「未練がないと言えば嘘になる。だがこれでいい。ヴァージア帝国と結ぶ友好関係、スペード公爵家との関係修復。二つを手に入れる為に一つ手放すものが出来た。それが私だった、というわけだ」
リエトが納得しているならベルティーナも何も言わない。
「旧モルディオ領を管理していくのは大変だろうが、元公爵のように領民を幸せに導くのが役目だ」
「ルイジおじ様は領地運営に関しては手腕を発揮しておられましたから」
「だからこそ、あの様な事になり残念だ。せめて、あの世で反省してくれればいいが……」
「……ええ」
曖昧な笑みで頷くも薄暗いお陰で気付かれず。
――叔母様もおじ様も天国どころか地獄にも行けない、のよね。
アルジェントが死んだ二人の魂に傷を付けたと言った。死者の魂は死神が管理をし、天国・地獄行を決める。悪魔に傷つけられた魂は天国へも地獄へも行けない。
何処に行くかと聞いたら「内緒」で終わらされた。
ルイジの公開処刑後の数日後にあるものを見せてあげるとアルジェントに連れられたのはベルティーナの部屋の姿見。鏡に魔法を込めた時、自分達以外映っていなかった鏡に別の光景が映し出された。魔法という人知を超えた力は時として恐ろしいまでに人を魅了する。
何の光景かと訊ねるとアニエスの前世だと教えられた。
白い部屋の白いベッドに寝かされているのは痩せた黒髪の女性。とてもアニエスの前世とは思えないくらい痩せている。手には複数の管がピーピーと音がなる箱と繋がっていて、曰く全く違う文化が繁栄した世界だと言われた。更に前世のアニエスは死んではおらず、植物人間となっているのだとか。
『死んではいないの?』
『前世の夫人の魂が肉体から離れたせいで目覚められないんだ。中身のない空っぽな肉体だけが残っているんだ』
『……叔母様は戻れないのよね』
『戻れないよ』
死神に魂を渡していたら、もしかしたら前世の肉体に戻って人生を再スタート出来ていただろう。
ベッドの周りに椅子を置いて座る三人の人は前世アニエスの家族。両親と兄。アニエスが実兄に本物の恋情を抱いてしまった原因。
アルジェントが興味本位で探ったら、そもそもの原因は両親にあったことが分かった。
『多忙を理由に幼い前世の夫人を蔑ろにして六つ離れた息子に親代わりをさせていたんだ』
『つまり、兄しかあの人にとって家族はいなかったということね』
その兄の周りにいる女性達を排除してきたのはたった一人の家族を奪われない為であり、自分を愛してくれる兄に恋することで孤独にならないと知った為。だが兄に結婚する相手が現れたと知り、発狂し、目の前で自殺を図った。
『相当後悔しているようだよ、この親は』
『当り前よ。この人達が前世の叔母様をきちんと見ていたら、きっと誰も不幸にはならなかった』
前世のアニエスも、アニエスも父も母も誰も。
意識を今に戻したベルティーナは不意に訊ねられた。
「一つ聞いても良いか」
「え? ええ」
「スペード公爵が随分と大人しくなったみたいなんだが理由を知っているか? 以前、審議が終わった後公爵と擦れ違ったんだがいつもなら嫌味の一つや二つ言ってくるのに何も言われなかった。以降公爵を見ていないし、今日の舞踏会も体調不良で欠席しているみたいなんだ。父上に聞いても口を閉ざされてしまってな」
「ああ……」
理由を知っているベルティーナは若干遠い目をするも、教えても周りに言い触らす人じゃないと知っているから話した。話し終えると何度も瞬きをするリエト。気持ちはよく分かる。
「意外と打たれ弱い人だったのか」
「そうですね」
同じ意見が出ても驚きはない。
「だから、父上は申し訳なさそうにしていたのか……」
口を閉ざす為でやった事が本人の心を折り、引き籠りにまで追い詰める結果になるとは思いもしない。カツラを取って禿げを暴露したくらいで。
「ベルティーナはこれからも公爵の下で当主教育を受けるのか?」
「はい。お父様や家令に教わりながら、自分なりに進んでみようと」
「そうか」
そろそろ戻ろうかと提案し、先に会場へ足を向けたベルティーナに突然リエトが頭を下げた。今度はベルティーナが瞬きを繰り返す番となった。
「殿下?」
「今まですまなかった……ベルティーナ」
「……」
「周りの声に釣られて君自身を見ようとしなかった。湖で助けてくれたと思い込んだ君が自分の理想とかけ離れた人だと知って勝手に絶望して、勝手に苛ついて……。今更謝られてもベルティーナには迷惑かもしれないがそれでも……すまなかった」
「……顔を上げてください」
ゆっくりと上げられた顔には罪悪感で濡れていて、今まで受けて来た仕打ちはどんな態度を取られようが顔をされようが許す気は更々ないと発した。リエトは顔色を変えずベルティーナの話に耳を傾けた。
「お父様に関しても同じです。お父様を許すつもりは更々ありません」
父もまた、許してもらうつもりはない。
「それでも……ゼロから関係を築けることは出来ると思います」
今のベルティーナと父がそうであるように、今のリエトとゼロから関係を築けることだってまた可能だ。
「ベルティーナ……」
「殿下の初恋に関しては申し訳なく思います。後は殿下にお任せします」
「ああ……それでいい。ありがとう」
「! え、ええ。私は先に戻ります」
お礼を言われるとは予想外で、面食らいながらもベルティーナは頭を軽く下げ会場に戻った。
ベルティーナがいなくなってもリエトはしばらくテラスにいた。
同じ公爵の方が王族でいるより近い距離でいられる。
「これでいいんだ……」
初恋を思い出に昇華するにはまだ時間が掛かるリエトであった。
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