ビアンコではなく、ベルティーナが④


「この一カ月、お父様と過ごして初めて知った事が多々あります」



 興奮するビアンコやどうにかしてアルジェントを連れて行きたいクラリッサの声を静かな声色が遮った。皆の視線がベルティーナに集中しても怯えず堂々とした。



「私が知っているお父様といえば、私が何をしても大体不機嫌になるか怒鳴るかのどちらかだけだった。ですが家令と一緒にお父様の手伝いをしている内に、本来のお父様はとても物静かな人だと分かりました」



 渡した書類に不備があっても淡々と間違いを指摘するだけ。普段より多くベルティーナが話しても適度に相槌を打つか、時折話に混ざってくれる。食事の際も幾つか会話をするだけで基本静かだ。

 以前はうるさいくらいにクラリッサは可愛げがある、ベルティーナには可愛げがないそのせいで王太子の寵愛を得られないのだと散々言われた。



「叔母様の魅了は、叔母様がお父様との子だと思い込んでいたクラリッサを愛することも上乗せされていたなら、クラリッサを可愛がらない私はさぞ憎たらしかったでしょうね」



 以前の父と今の父の違いを自分なりに分析すると答えは案外簡単で。魅了が解けてしまえば父にとったらただの姪になるだけだった。

 けれど――。



「けど、お兄様は違いますわね」

「な、なにが」

「そもそも魅了を掛けられていないお兄様には、クラリッサを可愛がれという強制はありません。お兄様の初恋がクラリッサであるなら、今までクラリッサが可愛いだのクラリッサが妹だったらいいだのという発言は全てお兄様の本心です。さっきも可愛げがないと言いましたね? なくて結構です。

 私も貴方みたいな、妹に泣かされたら毎回お母様やお父様に泣き付いて私をお父様達に叱らせて自分は安全な場所で笑う卑怯で情けないお兄様要りませんし、空気を読まない行動をしたせいで大怪我を負ったのに反省もせず厚かましい態度を取る貴方に当主の座は渡せません」



 途中ビアンコやクラリッサが何かを言い掛けるがその度に睨んで黙らせ言いたい言葉を全て言い切った。言いたい言葉を全て言えるのはとても清々しく気分が良い。

 顔を赤く染め上げ拳を握るビアンコは今にも噴火寸前。父が「ビアンコ」と呼ぶ。



「お前が戻って最初に発したのが謝罪であれば、私もベルティーナもお前が反省したと跡継ぎ交代は言わなかった」

「申し訳ありません!」



 父は首をふるふると振った。



「今更遅い。誰かに指摘されてからの謝罪等無意味に等しい。クラリッサとは結婚させてやる。だが、二度と本邸に入るのは許さん。ずっとアンナローロ家の領地で先代夫妻と暮らせ。それなら結婚式も生活費の援助もする。それが嫌なら二人揃って平民となり好きな所へ行くといい」



 但し、その際は生活の援助はしないと言い切られ、公爵になる道が何処にもないとようやく理解したビアンコは力なく座り込む。



「ビアンコお兄様と結婚しません!」



 クラリッサの突然過ぎる宣言にポカンとなる者、呆れ果てる者、失笑する者に分かれた。急に声を上げたクラリッサを呆然と見上げるビアンコに空色の瞳が申し訳なさげに見つめた。



「ごめんなさいビアンコお兄様。お兄様と結婚すれば、アルジェント君を愛人として側に置いてもいいって言うからお兄様に賛成したけど、公爵家を継がないお兄様とは結婚出来ません」

「クラリッサ。貴女は既に公爵令嬢ではないと分かってる?」

「伯父様がわたしを養女として迎えてくれたら公爵令嬢に戻れます!」

「……あのね」



 元々、クラリッサがアンナローロ家の養女になる件はアニエスが計画したもの。クラリッサに実兄をお父様と呼ばせ、義理でもいいから家族になりたかったのだ。


 アニエスが死に、クラリッサも兄妹の子ではないと判明している今養女にする理由がない。

 うるうると揺れる空色の瞳が父へ行き、養女にしてほしいと訴えに出るが父は断った。



「な……何故ですかっ。お父様もお母様もいなくなって、家もなくなったわたしには居場所がないのに……っ」

「クラリッサ。極端に可愛がる気が消えても、お前が私の姪であるのは変わらない。初めは修道院に送るつもりだった」

「修道院!? ベルティーナお姉様が行くべきところではありませんか!」



 それもまた最初の頃の話で、現在は当然だが消えている。



「生活に不便がないよう多額の寄付をし、お前が快適に過ごせるよう援助もするつもりだった」

「修道院へ送られるくらいなら公爵令嬢としてでなくてはいいから此処に置いてください!」

「そうです、父上! ベルティーナに継がせるならクラリッサや僕をベルティーナの補佐にすればいい!」



 ここ一カ月で顔色も体調も快方に向かっている父が段々と疲れを見せ始めているのをベルティーナは気付いており、側に控える家令も気付いていて「旦那様」と声を掛けるが父は手で制した。



「ベルティーナの補佐は十分に足りている」とアルジェントを一瞥すると再びビアンコとクラリッサを見る。

「これ以上お前達には何を話しても無駄だと分かった。戻って早々悪いがすぐに領地へ行く準備をしろ」

「そんな! 父上! 僕達の話を聞いてください」

「伯父様、わたしを養女にして此処に置いてください! あんなに可愛がってくれたではありませんか!」



 叫ぶ二人の声を背に、少しふらつく父を家令が支えながら部屋へ運んだ。


 残ったのがベルティーナとアルジェントになるとビアンコの矛先は真っ先に二人――主にベルティーナに向けられた。



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