諦めないと思う


 今夜は宿に泊まり、明日も街を見て回ろうとなったベルティーナとアルジェントの二人。窓側に椅子を置いて夜空を眺めていると頬に温かいマグカップを当てられた。



「はい、宿の人に頼んで作ってもらった」

「ありがとう」



 アルジェントから刻んだチョコレートとハチミツの入ったホットミルクを受け取り、一口飲んだ。好みの甘さに感動していると横に椅子を置いてアルジェントが座った。彼が持つマグカップにはホットカフェオレ。膝にチョコレートの載った皿を置き、ベルティーナに一つ渡した。



「ベルティーナも食べよう。ホットミルクと違って甘さ控えめだよ」

「あら、頂くわ」



 掌に置かれたチョコレートをパクリと食べてホットミルクを飲むとチョコレートの味が強くなり、一層ホットミルクを飲みたくなった。

 半分くらいまで飲むと横から苦笑する気配がした。



「気に入ってくれて良かった」

「美味しいからよ。

 ねえ、アルジェント。叔母様の魅了の件が片付いたら、アンナローロ家やモルディオ家はどうなると思う?」

「そうだねえ」



 アンナローロ公爵夫妻はいわば魅了を掛けられた被害者。長期的に掛けられ続けたせいで、洗脳を解こうとすると廃人になる確率が非常に高い為、二人の洗脳は解かない方向でいる。兄に関してはどうなのだろうと思うも、あれは多分両親の影響と素である可能性が高いので深く考えないでおこう。薄情かもしれないが兄がどうなろうと知った事じゃない。


 問題はモルディオ家。イナンナからの連絡によると洗脳を解いた国王やベルティーナの修道院行の話をずっと反対し続けていた王妃の耳に、遂にアニエスの魅了の件が入った。無論王太子の耳にも。初めは信じられないと呆然としていたが、ベルティーナの件だけ人が変わったように話を進める国王にずっと違和感を持っていた王妃やリエトに自身の異常性を指摘された国王はイナンナの話を信じた。両家を呼び出し、王家を交えた話し合いの場は国王が指定した日に登城させる事で決まった。指定日は五日後。五日の間にモルディオ公爵夫妻の情報を大聖堂側で収集する。王家は動かないようにと、いうのがイナンナの指示。

 大聖堂には決して人にバレず、情報を収集する達人がいるからである。王家にも情報収集の達人を抱えているが大聖堂に借りを作ってしまい、手出し無用と言われると食い下がれず。その代わり、集めた情報は全て提供するというので了解した。



「叔母様は陛下に魅了を使って話を有利に進めたのだから、極刑は免れないでしょうね」

「死刑か。そういえば、人間の処刑方法って何があるの?」

「大体は絞首刑かしらね。高位貴族や王族の場合は毒杯を賜るわね。悪魔はどうなの?」

「悪魔は力を誇示するのが好きだから、犯罪者には一つだけチャンスを与えるんだ。自分よりも強い悪魔に勝てたら釈放される。負ければ死ぬだけ」

「悪趣味ね」

「悪魔だからね」



 圧倒的実力差の悪魔と戦わせて殺される悪魔を観客を集めて見させるのだから、尚性質が悪い。



「王太子はどうするの?」

「殿下?」

「そう。婚約破棄は、俺と君を引き離したい王太子とクラリッサの思惑が合致したからの虚言であって、本当に婚約破棄はされていない。君はまだ婚約者のままだ。この件が終わった後、次に問題になるのは君達だと思うよ」

「ならない」



 きっぱりと言い切ると紫と金の不思議な配色の瞳が丸くなった。



「考えもしなかったね」

「私は王太子妃になるつもりはない」



 いくら好きな相手が自分と言われようとリエトの隣にいる自分の幸せな姿が浮かばない。優しくされようが、愛されようが、きっと何をしてもクラリッサと比較してしまう。クラリッサにはしていたくせに私には出来ないのか、と。



「諦めが悪そうだけど? あの王太子」

「アルジェントを側に置かせるのが条件だと突き付けてやったら、絶対に諦めるわよ。クラリッサはもう無理でしょうけど、探せば王太子妃になれる令嬢はいるわよきっと」



 残り半分のホットミルクを飲み干したベルティーナはそろそろ寝ましょうと寝室に移動した。



「どうだかな……」



 ベルティーナの言う通りに諦めるだろうかと疑問に持ちつつ、別の寝室に移動して寝台に寝転んだ。


 


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