お使い①
「ベルティーナ、朝だよ」
「んん……」
肌触りの良いデューベイを頭の天辺まで掛けて起きたくないと抗議して見せても、強い力でデューベイを引きはがされ陽光の下に晒された。観念して起き上がったベルティーナは既に着替えを終えてニコニコ顔で立っているアルジェントをジト目で見やった。
「おはようアルジェント……今日は随分と早いのね」
「枕が変わると寝れなくなるんだ。ベルティーナはぐっすり寝ていたね」
「そうね……何処でも寝れるのは大事よ」
「はは、そうだね」
人間睡眠は最も大事な行動の一つと言える。小さく欠伸を噛み殺し、ベッドから降りるとアルジェントが準備してくれたお湯で洗顔をし、女性神官が支給してくれた化粧水とクリームで朝のスキンケアを終え。鏡台の前に座って髪を梳かれる。
「少し前に大神官と会ったんだけど、どうもアンナローロ公爵家はベルティーナを大神官が勝手に連れ去ったと王家に訴えたみたいで、もうそろそろ王家の回し者が来る」
「来る前に大聖堂を出ろという事ね」
「ああ。着替えが終わったら、大神官のお使いに行こう。国王に掛けられた魅了を解いた後の精神安定剤を貰いに行ってほしいと頼まれた」
「分かったわ」
場所は王国から馬車で半月は掛かる南の小さな町。そこにいるイナンナの知り合いの薬師から精神安定剤を受け取りに行くのがベルティーナ達の役目となる。イナンナなら転移魔法であっという間に一人で行ける、しかし、今回はベルティーナ達を王都から逃がす為の理由作り。
ベルティーナ達も転移魔法を使って移動するが戻る時期はイナンナの合図が来てからとなる。
「私達が王都に戻る頃には、全部終わっているって事で良いのかしら」
「そう思っても良いんじゃないかな。……そうだ、これも大神官から聞いたんだけど」
アルジェントから話されたのはモルディオ公爵ルイジについて。
「クラリッサやモルディオ夫人を迎えにアンナローロ邸に来たんだ。自分の妻が君の父親と恋人ごっこをしているのを見てもモルディオ公爵は全く顔色を変えなかったんだって」
「……」
透視魔法で残った面々の状況を確認したらこれだったとか。
更に驚くのは、母と違ってルイジには魅了を掛けられた痕跡がなかった事。
ベルティーナはおじルイジは正気のままアニエスの行為を受け入れているのだと知り恐怖した。普通、自分の妻が実兄とは言え他の男と愛し合う光景を見て何も思わないのか。
「大神官はモルディオ公爵が悪魔の可能性があるって神官に調べさせているけど……」
「アルジェントから見てモルディオ公爵は人間?」
「ああ。純粋な人間にしか見えない。魔力があれば絶対に気付くし、何より悪魔の匂いがしない」
「あるの?」
「人間には分からないよ」
悪魔の彼が言うのなら、そうなのだろう。
「おじ様が正気なら、説得して叔母様を止めさせるのは……無理ね」
「だろうね。止める気があるなら、ずっと前から止めているよ」
「叔母様に嫌われたくないから?」
「かもしれない。或いは」
「或いは?」
「自分の妻が他の男と仲睦まじくしているのを見ていたい性癖だったりしてね」
「現実味があるから止めて……」
髪を整え、着替えをするからアルジェントには一旦部屋を出てもらい、ベルティーナは女性神官を呼び寝間着から外へ出歩いても疲れないワンピースを着た。怖いのがベルティーナ用にいつの間にか用意されていた事。用意していたのは誰と言う必要もなく。
部屋を出てアルジェントを連れてイナンナのいる大神官部屋へ赴き、早朝からきちんと服を着ているイナンナにホッとした。
「おはようベルティーナちゃん~よく眠れた?」
「はい。とても」
「良かった~悪魔王子から聞いてると思うけど、早速行ってもらおうかしら~。朝食は向こうで食べて。美味しいお店が沢山あるから、少しの間楽しんできて」
「イナンナ様は大丈夫なのですか?」
「平気よ~坊やの相手をするだけだし~それに王家に貸しを作る絶好のチャンスなんだから。近頃困っていたのよ~、ここを行き場のない貴族の令嬢令息の就職場所にされて。神官は平民の子が多いから、すぐに偉ぶるし仕事を押し付けるしで良い事なんてないの。中にはちゃんと働いてくれる子もいるけど~」
イナンナが国王の魅了だけは早目に解くと言ったのはこっちが本心だったのか、と納得。
大聖堂は基本的に政治に口を出さないが緊急時には積極的に出す。特にイナンナが出張る場合は余程の時。今がその時なのだ。
アンナローロ公爵家やアニエスについてもイナンナ任せで良いのだろうかと不安が過るがベルティーナがいる方が却って危険な気がすると言われると任せるしかなく。
イナンナが準備した転移魔法で早速、精神安定剤を作る薬剤師のいる南の街に到着した。
南側にあるので吹く風が王都より少し暖かい。風に乗って甘い香りがし、どこだろうと探すとベルティーナ達がいる場所からそう距離がない店からだった。
興味津々で近付くと店内にはまあまあ人がいて。客が食べている料理を見ると朝食を食べに来ている。
「私達も入りましょう」
「いいよ」
早速、店に入ると給仕にテーブル席へ案内してもらい、モーニングセットを二人分注文した。飲み物はベルティーナがホットミルク、アルジェントは刻んだチョコレートを入れたホットミルクを選んだ。
給仕が去るとゆっくりと店内を見渡した。中々に年季の入った建物だが清潔感がある。店主達の掃除が行き届いているのだ。
「大聖堂には、もう王家の使者が来ている頃ね……」
「気になる?」
「もちろん」
「今の俺達がするのは、大神官から頼まれたお使いを果たして事態が落ち着くまでこの街にいること」
「そうね……」
大人しくしていれば、田舎の街にベルティーナがいるとは誰も気付かない。そして、たった一日で着ける距離ではないと知っているから、余計信じられない。
自分に言い聞かせても胸騒ぎが静まらない。
嫌な予感がする。
――ベルティーナ達が朝食を待っている時、大聖堂にはお忍びの格好をしたリエトがイナンナの前にいた。
「ベルティーナがいない!?」
「ええ、いないわよ~」
「何処へ行ったのですか、あの従者は!?」
「一緒よ、一緒~。どうしたの王太子の坊やは」
「二人の居場所を教えてください!」
「だ~め、ベルティーナちゃんに危険が迫っているのに王太子の坊やには渡せない」
「あの従者なら良いと?」
「そうよ。王太子の坊や、貴方が来たらベルティーナちゃんは逃げるわよ。どうしてか解る?」
「っ」
イナンナの指摘は言葉にされなくても解していて、悔しげに顔を歪めるリエト。もう間もなく国王の指示により騎士が此処へ来てベルティーナを保護しようとする。
建前は保護。本当の目的は拉致。
「……昨夜、父上はクラリッサを王太子妃に、ベルティーナをクラリッサの影にすると母上と私にこれは決定だと言って、私達の言葉には耳を傾けてくれません。ベルティーナが捕まったら……!」
「……成る程ね~……アニエスちゃんが本心からクラリッサちゃんを王太子妃にするつもりがないならこれは陛下の独断ね……」
「何を言って……」
考えを纏めたイナンナは艶笑を浮かべ、困惑するリエトの肩を叩いた。
「ベルティーナちゃんの心配は無用よ。ただ、どうしても気になるならあたしのお手伝いをしてもらいましょうか~」
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