ペノトの射す未来
暗闇がおどる
暗闇が踊っている。
なにもかもを呑みこもうと、ゆっくりと近付きながら。
「……アレン」
声が、石の床に落ちる。
砕けるように反響し、どこかへ消えていく。
シルフィは地下牢のような部屋にいた。
牢獄のような鉄格子こそないが、押しても引いても開かない扉が、暗闇と共に閉じている。
奇妙なことに、シルフィはさほど悲壮感に満ちてはいなかった。
熊猫団から離れたことで失意の底に落ちるのではないかと想像していたが、不思議と落ち着いている。いずれこうなると、心のどこかで思っていたからか。それとも、この牢獄こそが自らの居場所だと心身が理解しているからか。
「はは。本当にとんでもない美人だな」
扉に付いている小窓から、人の目が見えた。
仮面を着けていないシルフィの顔をまじまじと見ている。なんらかの手段を取って、魅了の魔法がかからないようにしているらしい。シルフィは目を背けたが、その姿も良いと思われたようで、数人の男たちの口笛が扉の向こうからひびいてきた。
――気持ち悪い。
この姿になったばかりの時に覚えた嫌悪感が、シルフィの全身を撫で回す。
あの扉の向こうにいる者は皆、シルフィを人間だとは思っていない。ただただ情欲をぶつける道具として、視線を送ってきている。そしてそれを、悪だと思っていない。ティファナであったころに散々暴言を叩きつけてきていた者たちなのだから、悪と思わなくて当然だ。
「おい、そこをどけ」
不意に、扉の向こうで威圧的な声があがった。
「あ、あ、はい!」
「監視は二人でいいだろう? ああん!? 残りはどっかへ行け!」
「す、すみません!」
「……っはー! クソどもが!」
威圧的な声が、扉の向こうに集まっていた人々を蹴散らす。
シルフィはその声に聞き覚えがあった。誰であるか思い出す前に、シルフィの身体が震えだす。
「よお、ティファナ」
扉を開けて入ってきた威圧的な男。ヴィランだ。
入ってくるやいなや、ティファナの身体を上から下まで撫で回すように見てくる。その視線に、ティファナは気持ち悪さを超えて恐怖を感じた。
「……ヴィラン、さん」
「捜したぜえ、ティファナ」
「……どうして」
「そりゃあ、そうさ。お前は俺たちの仲間だからなあ?」
「……仲間、って」
ティファナは脳裏に、熊猫団の皆の姿を過らせる。
違うはずだ。
ヴィランたちとの関係が、仲間であるはずがない。
今ならはっきりと分かる。だからこそ、熊猫団から離れたのだ。
「……私はもう、あなたの仲間じゃない」
ティファナはヴィランを睨みつけた。
やはりどれほど睨んでも、魅了の魔法が発動する気配はない。
「ああん!? じゃあ、あいつらの仲間ってわけかあ?」
「……違うわ」
「っはー! 健気なこった! そうやってあいつらを守ろうってわけだ? 脳なしのティファナのくせに!?」
「そうだとしても。私がここへ来たら、彼らには手を出さないっていう約束よ」
「っは! わかってらあ! お前とあいつらが大人しくしてりゃあ、なにもしやしねえ!」
ヴィランの顔が、ティファナへ近付く。
悍ましい目が、ティファナの目を覗き込んだ。
ティファナは顔を背ける。
しかしヴィランがティファナの顔面を掴み、無理やりにティファナの目を覗き込んだ。
「大人しくしてりゃあ、なにもしねえ」
「……大人しくここにいるわ」
「違うなあ、ティファナ」
「……なにを」
「お前は大人しく、俺のモノになるんだ」
「……え」
ティファナはぞくりとして、頬を引き攣らせた。
その表情を見て、ヴィランの顔が愉快そうに歪む。
「俺の女になるんだあ、ティファナ!」
ヴィランの顔が、さらにティファナへ近付いた。
魅了が効いたうえでの言葉ではない。
扉の向こうにいる者たち同様に、魔法の効果を打ち消すなにかを用いているのか。
二人の額が、じとりと付く。
吐息が、ティファナの唇に触れた。
思わずティファナは小さく悲鳴をあげる。
吐きだした声が固まり、息が止まってしまいそうな気がした。
これまでは魅了にかかってしまう男たちを見ることが怖かった。
しかしヴィランはその比ではない。
より凶悪な存在として、ティファナの上に覆いかぶさっていた。
再び、ヴィランの吐息がティファナにかかる。
直後、ティファナの意識は薄れ、宙に溶けた。
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