第47話 水面は揺れる①

 新しい住居は、真っ白い三階建てのお家でプール付き。

 そしてダンジョン管理局の監視付き。


 とてもとてもみんなでプールなんて気分にはならなかったのだが、母さんがうまーいこと話しをつけてきたようで当日はダンキョーの人間が減るらしい。


 それならばと、プール当日。


 朝からぽかぽかと温かく、水場でゆるく遊ぶにはもってこいな日。

 ガチ泳ぎには適していないが、けっこう広いプールなので十分楽しめるだろう。


 水着になったボクは、プールサイドでおいっちーにと呑気に準備体操をしていた。


 もうちょっと色恋を期待してもいいのかもしれない。

 だけどアルマたちとは一日を共にすごす時間が長くなっていて、そうそうドキドキすることはないと思っていた。


「――お待たせしました、みそらさま」


 アルマの声にふりかえる。


「ぁ……」


 アルマの水着姿に、ボクは息を吞んだ。


 フレア型の水着で、細身の彼女によく似合っている。

 銀髪はまとめられて、すらりとした手足が繊細な雰囲気をより際立たせていた。


 本当に可愛くて、ボクは彼女が愛らしい女の子なのだと強く意識してしまう。


「みそらさま、どうされましたか?」

「その……すごく似合っている……」

「…………水着はなんでもいいと思いましたが。

 そう褒めていただけるなら、自分なりに選んだ甲斐がありましたね」


 アルマは嬉しそうに微笑んだ。


 うっ……頬がめっちゃ熱くなってきた。

 ボクはなんでこんなにも可愛い女の子に、もっと普段からドギマギしないんだ?


「……ほ、本当に似合っているよ」

「はい。ありがとうございます」

「な、なんていうかさ……。

 その右手に持った短刀も……短刀???」


 ボクの心臓がドキリとした。


「こちらは淫気を祓う、妖刀マカポケでございます」


 そうだよ。

 アルマは美少女を上書きしてしまうぐらい闇が深いんだよ……。


「……アルマ、水場で短刀は危ないから手放そうか」

「イヤでございます」

「イヤってさあ……。ほら、ちょっと貸して」


 アルマは赤面しながら短刀を背中に隠した。


「やっ……。手元に武器がないと……恥ずかしいです……」

「え⁉ あっ……ごめんっ」


 ボクは慌てて手を引っこめる。


 そして甘酸っぱい空気に恥ずかしく……ならないよ⁉

 手元に武器がないと恥ずかしいって、さては普段から隠し持っているな⁉⁉⁉


 だいたい、淫気を祓うってなんだよ!

 さてはその短刀、ボク用か。

 なにかあれば祓う気だな?????


 奪ってやろうとボクがにじりよるが、アルマはさささと静かに離れていく。

 二人でちょっと牽制しあっていたが。


「――なにをやっているのよ、二人共」


 クスノさんの声にふりかえり、ボクは息をするのも忘れてしまう。


 彼女はネック型のビキニで、腰にはパレオを巻いていた。

 輝く金髪は水辺の女神にふさわしくて、暴力的なまでのスタイルは本当に同年齢ですかと尋ねたくなるぐらい、それはもうラージサイズ(巨)だった。


「どーしたの? あたし、なにかおかしいかしら?」


 クスノさんはスタイルに自信ありといった笑みだ。


「お、おかしくありません……」

「んー、聞こえないなー。大声で言って欲しいなー」

「すごくよく似合っています……‼‼」


 思わず大声で言ってしまい、ボクの側で妖刀マカポケがギラリと光る。

 肝は冷えたが、それでも耳まで熱くなっているのがわかった。


 どうしてこんなにも素敵な子を、ボクは普段から意識していなかったんだ?


「ふふっ、みそら君ってばそんなに赤くなっちゃって。

 あたしのほうが恥ずかしくなるじゃない」

「……は、はは。う、うん、ごめん」

「昔はプールで一緒によく泳いでいたのにねー」

「そうそう……昔は……一緒に……?」


 クスノさんは防水ケースからスマホをとりだす。

 そして画像を見せつけてきた。


「ほら、忘れたの?」


 ひぃ⁉⁉⁉⁉⁉⁉

 スマホの画像で……幼い頃のボクと、幼い頃のクスノさんらしき少女が一緒にプールに入っている………。


「ク、クスノさん、こ、これこれ……これ⁉⁉⁉」

「昔のアルバムを眺めていたら見つけたの。懐かしくて、スマホに移しちゃった」

「懐かしくて……? ありえもしない画像を加工――」


 そう言いかけて、ボクは言葉を呑んだ。

 彼女の瞳のハイライトが消えかけていたからだ。


 どんな感情で画像を加工したのとか、どんな気持ちでボクにこの画像を見せているのか、その瞳からはなにも察せない。


 そうだよ。

 クスノさんは思いこみが異様に強いんだよ……。


 アルマが幼なじみ(偽)の画像を見て、眉をひそめる。


「幼なじみの記録でございますか」

「そーよ。あたしとみそら君だけの思い出ね」

「……やれやれでございます。

 大事なのは記録ではなく、より鮮烈な記憶。

 前世の記憶より強い絆はこの世に存在しません」


 前世も幼なじみもボクには無関係な絆なんですけど???

 じめじめドヨドヨした美少女二人の感情が、ボクのメンタルを仄暗い水底に沈めていく……。


 このプールイベントはただちに辞めるべきでは?

 危機感を覚えはじめたボクの背中に、ミコトちゃんの明るい声がとどく。


「おにーさんおねーさん、お待たせー」


 比較的明るい少女の登場に、ボクは絶句した。


 なにせ黒髪の小学生は、極細マイクロビキ――


「社会的に闇が深いやつだ⁉⁉⁉」


 詳細は控える。なにかと危ないご時世だ。

 ボクは大慌ててで、ミコトちゃんを着替えさせる。


 ワンピース型の水着に着替えてきたミコトちゃんは顔を真っ赤にして、うつむいていた。


「うう……布面積が多くて恥ずかしいよう……」

「そこを恥ずかしがるの? 

 今の水着でも似合っているよ。すっごく可愛いから」

「ほんと?」

「ほんとほんと。

 すごく可愛いんだから背伸びなんかしなくても……いや、あの水着は背伸びなのか……?」


 考えれば考えるほど闇が深そうだ。


 陽気なプール日和なはずなのに、そこかしこから闇を感じる。

 こんなのボクの胃がいくつあっても足らないよ……。


 言い出しっぺの母さん、はやく来てくれないかな……。

 あの呑気さが今は欲しい。


 そんなボクのささやかな希望を、しかし母さんは粉々に砕きにきた。


「みんなー、お待たせー!」


 水着姿の母さんの登場に、ボクの胃が飛びでかける。


「…………母さん‼‼‼」

「どっしたのー、みそら君?

 洗い立てのお布団を泥水で汚しちゃったような顔をしているよー?」

「そんな日常のちょっとした不幸じゃないよ……。

 世界に終末がおとずれたレベルだよ……」

「みそら君はおおげさだなあ」

「母さんさ……ほんとさ……年齢を考えてよ……」

「しょーがないじゃない。おかーさんの水着、穴があいて……。

 いまさら新調するのも手間かなーって」

「だからってスクール水着はないだろ⁉⁉⁉」


 母さんはスクール水着(昔のタイプ)を着ていた。


 詳細は控える。ボクの胃どころか、精神が壊れないからだ。

 ゲッソリしてしまったボクに、母さんは呑気そうに微笑んでいる。


「えー、そんなに似合っていないかな?」

「似合っていると思うよ……? むしろピッタリじゃない?

 でもさ……母親がスクール水着であらわれて、しかも違和感なかったときの息子の気持ちを考えてよ……?」


 ここは地獄か???

 ボクはいったい前世でなにをやらかしたんだ……?????

 メンタルが冥府魔道に堕ちかけていたボクはおざなりに、三人娘は母さんを褒める。


「とってもお似合いでございます。若さを感じます」とアルマ。

「いつまでたっても若々しいのはうらやましいです。素敵です」とクスノさん。

「歳の近いおねーさんができたみたいで嬉しいなー」とミコトちゃん。


 母さんは「ええへー、そっかなー」とデレデレしているし。

 アルマたち……母さんのポイントを稼ぎにきたな……。


 地獄のようなプールイベント。

 今からでも回避手段はないか考えていたボクに、ビーチチェアでごろごろしていた赤沢先輩(シマシマ水兵水着)が声をかけてきた。


「がんばれー、鷗外君ー。ちゃんと監視しているぞー」


 その手にあるトロピカルなジュース、アルコールですよね?

 率先して監視を引き受けたのはこのためか……。

 くそう、生きのこってやるからな‼‼‼


 ※※※


 地獄のようなプールイベント。

 誰が一番お嫁さんらしいかという突発デスイベントも生きぬき、さらにはアルマ主催の前世バーベキューなるもので死にかけたりもしたが。


 人間とは慣れる生きものとは、ホントらしい。

 なにかと闇深い彼女たちとの非日常も慣れてきた。

 まあ耐えきれるかはまた別問題だけれど、久方ぶりの非日常にボクは存外にリラックスできた。


 みんなもそうだと思う。

 いやただ一人。

 それでも、やっぱり、彼女はいつもと調子がちがっていた。


 どーにかゆっくり会話できないか考えているうちに、夜になる。

 就寝時間を過ぎても、考えごとのせいで寝られない。


 仕方ないので一階のリビングに降り、冷えた水を呑む。

 するとプール側に、誰かが座っていたことに気づいた。


「…………なーにをしているんだろね」


 ちょうどいい機会だなと、ボクは外にでる。

 いつもと調子のちがう彼女は、プールに足をつけながら物思いにふけていた。


 魔王ガイデルに超高難易度ダンジョンで助けられる以前。

 いつも教室で寂しそうにしていたときと似たような雰囲気を放っている彼女に、ボクは歩み寄る。


「こんばんは、アルマ」

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