第29話 地味男子、異変に気付く

「ミコトちゃん、大丈夫?」


 倉庫に閉じこめられていたミコトちゃんが、パッと明るい笑顔になる。

 しかし、すぐにジト目になった。


「……おにーさん」

「…………うん、ボクも捕まっちゃった」


 ボクの背後には、激コワ人相のスキンヘッドの男が立っていた。


 スキンヘッドの男はボクの背中を押して、倉庫に入れとうながしてくる。ボクは素直に従った。


 ミコトちゃんにメッセージを返したあと、なかなか返信がこなかった。

 いつもならすぐに返ってくるのに、既読すらつかない。


 ちょっと悩んだボクは、アルマに相談。

 するとアルマはごにょごにょしたツールで、GPSをごにょごにょし、ミコトちゃんのスマホの場所を探し当てる。


 はたして現代社会が怖いのか、アルマが怖いのかはわからない。

 そういえばアドレスを教えてないのに連絡をくれたことや、ボクの前に突然あらわれたことがありましたね……。


 とにかくスマホが郊外の廃工場付近だったのが気にかかり、ボクは一人で調べにきていた。


「……まあ、ミコトのメッセージじゃわからないよね」

「面目ない」


 ミコトちゃんが廃工場で遊んでいて、事故にあったのかなと思ったんだ。


 廃工場で声をだしながら探していると、ガラの悪い人たちが飛んでやってくる。あっという間に囲まれて、ボクは倉庫に連れてこられた。

 郊外とはいえ、こんな怖い人たちがいるなんて思わなかったよ……。


「……でも、来てくれてありがと」


 ミコトちゃんが安堵の表情を見せてくれたので、ホッとした。


 と、スキンヘッドの男がドスの効いた声でしゃべってくる。


「お前らやっぱ繋がっていやがったか。

 おい、俺たちのなにを探っていた。どこまで知ってやがる」


 スキンヘッドの男は、ミコトちゃんをにらんでいる。

 一番最初に捕まった彼女を怪しんでいるようだ。


 ボクはミコトちゃんに危害が加わらないよう、男の視界に立ちふさがる。


「ボクたちはなにも知りません。この子も廃工場で遊ぼうとしただけですし……。

 ボクもこの子がなかなかメッセージを返さないから探しに来ただけです」

「お前には聞いてねぇ。先に痛い目にあうか? あっ?」


 スキンヘッドの男は大きな拳をチラつかせた。

 人を殴るのなんて慣れきっているって態度だ。


 …………正直、目を逸らしたいし、めちゃくちゃ怖い。

 でもミコトちゃんへの興味がボクにうつったのなら、話しつづける意味はある。


「本当になにも知らないんです」

「……俺の言っていたことが聞こえなかったのか?」

「なにも見ていませんし、知りません」

「それを調べるんだろーが。

 静かにできねーのなら、今すぐ殴り殺すぞ」

「……ボクたちの背後関係を調べるためにもそんなことはできませんよ」

「はっ……自分が殺されないと思ってるのか?」

「だって」

「あん?」

「あなたの瞳のハイライトは消えていない」


 危害を加える気はあっても殺意はないだろう。

 ボクにとっては当然のことなのだが、スキンヘッドの男は『なにこいつ?』みたいな顔でいる。


 あれ……なにか間違っていたかな……。

 自分だけの価値観って、あてにならないことがあるのはあるけども……。


「変なガキが2匹かよ……。チッ……」


 スキンヘッドの男は気味悪そうに舌打ちした。


「まあいい。てめーはあとで俺が直々にゆっくり調べてやるよ」

「……」

「今は床で寝てやがれや……王子様きどりのボケがっっっっ!」


 スキンヘッドの男は苛立つように、ボクの腹を【コツン】と蹴ってくる。

 すると、スキンヘッドの男は大きく顔しかめた。


「⁉⁉⁉ っ~~~~~~~⁉⁉⁉

 ……い、いいか! お、大人しくしてやがれよ、クソが!」


 そう叫び、足をひきずりながら部屋を去る。

 ガチャガチャと鍵を閉める音がした。


 ?

 なんだ今の反応?

 人の腹を鉄板でも蹴ったみたいに……。


「……おにーさん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。ちょっと脅しでコツンと蹴ってきただけみたいだし」

「え? そんな風には見えなかったけど……」

「それよりミコトちゃんは大丈夫? ここがいったいなんなのかわかるかな?」

「う、うん……大丈夫。ここはよくわからない……さっき目覚めたばかりだし」


 ミコトちゃんもよくわかってないようだ。


 あのスキンヘッドの男の苛立った態度といい、廃工場にいた連中の焦った態度といい、なにかとんでもないことをしているのはたしかみたいだが。


 ふと、倉庫内のシートが気にかかった。


 人形でも隠しているのか、大きくシートがかぶせられている。

 やけに奥行きがあるな。

 ボクは意を決してシートをつかみ、そして一気にとりはらう。


「きゃっ」


 ミコトちゃんが小さな悲鳴をあげた。

 ミコトちゃんがこの場にいなければ、ボクは腰を抜かしていたことだろう。


 シートを取りはらった先には、モンスターがずらりと並んでいた。

 狼系、リザードマン系、ゴーレム系、プラント系、……比較的小型なモンスターばかりだが30体は銅像のように並んでいた。


「おにーさん、これ死んでいるの?」

「うん、死んでる……というよりぜんぶ、剥製だね……」


 モンスターのくすんだ瞳はなにも映していない。


 まずいなと、ボクはミコトちゃんに見えないように唇を噛んだ。

 モンスターの剥製は、グレーかアウトかといえば……アウトだ。


 モンスターにかかわる生命倫理問題は難しい。

 次元境界内のモンスターは別次元の可能性。

 いわば仮初の肉体で、仮初の魂だ。 


 だが標準こっちの世界に連れてくることで世界の法則が適用されて、血肉が与えられる。

 いわゆる受肉だ。

 そうなったモンスターは、一つの生命扱いになる。


 だから基本、モンスターは素材でしかダンジョンから持ち運べないが。


「おにーさん……」

「大丈夫……大丈夫だよ」


 ボクは笑顔で返すので精いっぱいだった。


 生命倫理問題なんて、しょせん人間が考えたことだ。

 ダンジョンで狩ろうが狩らまいが、モンスターを倒すことには変わりない。

 そもそもモンスターは侵略存在である。ボクだって趣味で戦っている。


 問題は、剥製として保存したこと。

 綺麗な状態を保つため、ほぼ原形でこちらの世界で受肉させている。……下手をすれば、生きたままダンジョンを連れ出して、作業をした可能性があるな。


 どこかの好事家に売るためにも、剥製状態なら輸送しやすいか……。


 つまり、ここにいる連中は平気で法のルールを踏みぬいてくる人間だ。

 ミコトちゃんや花上レミや黒森の子たちは全然違う。


 まずい…………。

 ボクが思ったより、ずっとずっと洒落にならない連中だ…………。


 スマホは当然没収された。

 部屋の扉は一つだけ、しかも頑丈な鉄の扉だ。


 標準こっちの世界でのボクは魔術もスキルも使えない。

 平凡で地味な男子生徒でしかないんだぞ。

 どうすれば、どうすれば……ここから脱出できる?


「ちゅー」


 考えろ……考えろ……でもどうすれば……。

 せめてミコトちゃんだけでも……。


「ちゅー」


 ネズミの鳴き声がした。

 うすぐらい倉庫内だし、剥製を齧っていたのかと足元に視線をやる。


「…………ちゅー太郎?」


 スキル【影の鼠】で召喚された索敵鼠であり、ボクの心の支えでもある。

 ちゅー太郎が、つぶらな瞳で見あげていた。

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