side:八蜘蛛ミコト『小さな蜘蛛』

 八蜘蛛ミコトは、人には見えないものが見える。

 幽霊や妖怪の類いではなく、そもそもこの世界に霊がいるのかはわからないが。

 少なくとも、少女はたしかに特別な力を宿していた。


 ミコトは次元の裂け目が人より多く見える。

 俗にいう次元跳躍者トラベラーだ。


 トラベラはー、ダンジョンと別ダンジョンの繋ぎ目さえも見ることができ、ダンジョン間をまるでワープしたかのように移動することができる。

 国内の確認件数もごくわずかの、特殊な目の持ち主だ。


 幼い頃から力の兆しはあったが、少女本人がよくわかっておらず発見は遅れた。

 そして小学低学年のころに力が覚醒。

 最寄りの大学病院で診てもらい、トラベラーだと発覚する。


 ただ、ミコトの力はそれだけではなかった。


『うん、ミコトちゃんは次元跳躍者で間違いないわね。特殊な力だから他の次元跳躍者のように国からサポートを受けることもできるわ。これからいろいろと学ぶこともあるけれど――』

『……おねーさん、良い人だから教えてあげるけどー』

『え?』

『音楽の才能があるよ。諦めないほうがいいよー?』


 ミコトを診察した女医は、のちのち音楽界隈でブレイクする。


 ミコトには他人の可能性がわかる。

 他人の適性がわかる。

 性質が見えるのだ。


 目をこらすと、ぼんやりとだが、相手の周りに幾何学的な文字が浮かびあがる。特殊な言語で読むことはできないが、見れば感覚で内容が理解できた。


 相手のスキル画面をみなくても、どんなスキル適性があるかもわかる特別な才。

 次元跳躍者の上位互換、稀有な瞳の持ち主だった。


 研究者から瞳は【多次元可視眼ビジョンアイ】と名付けられる。

 特別な才を得た少女だが、幸福かと言えるかは、また別問題だった。


『おじさん、悪い人でしょー?』


 他人の適性や性質がわかるおかげで、人格をある程度察することができた。

 スキルは個人の性格が反映されるという血液型占いのような話があるが、ミコトは当たっていると思った。


 そうして自分を利用しようと近づいてきた人間を、少女は暴きつづける。


『悪い人は反省しなきゃねー?』


 ミコトは、クスクスと人を食った笑い方をするようになる。

 誰とも世界を共有することができず、悪意だらけの世界に、少女は苛立ちを募らせていった。


 父親との折り合いが極めて悪かったのもある。

 父子家庭で仕事が忙しいなかでも娘一人を育てあげてくれたのはありがたいが、いかせん厳格で生真面目な性格だ。

 人を食うようなスれた性格のミコトとはとことん合わなかった。


 親子の噛み合いが悪かっただけだと、ミコトは思っている。

 能力と、そんな早熟した性格は、学校でもひどく浮くようになっていた。


 だから学園次元都市トゴサカから特別支援プログラムの申しこみが来たときは、渡りに船だった。

 学費は免除。

 寮生活もサポート。

 ミコトの【多次元性可視眼ヴィジョンアイ】の可能性を知るために、好きに考えて動いていいとのお墨付き。


 そんなわけで家を出て、一番好きにできそうな黒森アカイック学校初等部に転入した。


 それでも少女は誰とも打ち解けず、一人でいたが。


 力のことを言ったところで気味悪く思われるだけ。

 むしろ便利な才だと嫉妬されるかもしれない。


 校風のノリは合っているし、盛りあがるのも好きなほう。

 周りが騒がしいから、以前の学校より異物感はない。

 ただ、めんどうくさい人間関係をつくるよりは、孤独のほうが気楽だったのだ。


 でも、孤独に慣れたわけではなかった。


 寂しさから苛立ちを募らせ、八つ当たり気味に悪人を狩るようになる。

 自分の力を良いことのために使っているのだと言い訳をしながら、リスナーからのわずかばかりの賛美を得て、どうしようもない孤独をまぎらわせる。


 蜘蛛のように、獲物を待つ楽しさを知っていた。

 ろくでもない子だなーとは、自覚していた。


『君、どうしたの……? なにか困りごと?』


 鴎外みそら。

 街で声をかけてきたときは、とんでもない邪悪な人だと思った。

 なにせ浮かんでいる文字が闇に染まりきっている。

 世紀の大犯罪人だとすら疑った。


 だから徹底的にとっちめてやるつもりが……あっさりと敗北。

 さらにはお友だちになろうなんて馬鹿げたことまで言われた。


 まあ心に刺さっちゃたわけですが、とミコトは思う。


 かまってくれる。

 遊んでくれる。

 こんな自分でも絶対に側にいてくれるのがわかる。

 極めて異質でありながら、平凡であろうとする彼。


 がんじがらめにするつもりが、自分がどっぷりはまっているのがわかった。


 だから、ちょっと褒められたかっただけ。

 自分の得意分野を生かして、悪人を狩ろうと思っただけ。


 小学校からの帰り、怪しげな連中がバンに乗るところを発見。

 奴らは黒くて澱んだ文字が浮かんでいて、すっごく悪そう。

 みそらの澄んだ闇色とは違うので、間違いなしに犯罪者だ。


 一度相手の文字を目にすれば、あとは感覚で追跡できる。ダンジョン間を移動しながら追いかけて罠にはめてやろーと、ミコトは企んだ。


 過信があったと思う。

 他人には見えない次元の裂け目から自分はいつでも逃げることができるし、ダンジョン内では目を利用して戦うこともできる。


 そして、トゴサカ郊外の廃工場。

 悪い人がいっぱい集まった工場を、決定的な瞬間を撮るべくスマホを片手にこっそりと観察していたのだが――


『ここでなにをしてやがる、クソガキ』


 背後から呼びかけられて、慌ててスマホを操作する。

 警察よりもなによりもまず、いつもひらきっぱなしで、一番打ち慣れたメッセージ相手に連絡を送った。


【おにーさん】


 ここで記憶が途絶える。


 ※※※


 次に目覚めたとき、ミコトはうすぐらい倉庫の中にいた。


 ホコリ臭くて、ケホケホと咳きこむ。

 縄で縛られてはいなかったが、ただ一つの出入り口は重たい鉄扉で、もちろん鍵がかかっていた。

 小さな窓枠からは月光が差しこんでいる。夜が更けたようだ。


 自分の置かれた状況に、ミコトは顔を青ざめた。

 なにせ近くに次元の裂け目が見当たらない。

 スマホは当然のように没収されている。

 倉庫内ではなにかが大量にシーツをかぶせられているが、今は調べる気にはならない。


 扉に耳を当てると、野太い男たちの声が聞こえてきた。


「――ガキをどうする?」

「なにかを探っていた――」

「――気づかれたからには」

「処分――」


 聞き漏れてくる内容は、耳を塞ぎたくなる物騒なものばかり。


 少女はあらがいようのない絶望と孤独を味わった。

 標準こっちの世界では、自分はただの子供。

 背伸びした無力な子でしかない。

 余裕ぶっていた態度が崩れていって、足元から恐怖がじわじわと這い登ってくる。


 罰が当たったんだと、らしくもなく神さまに祈り。

 そして、自分みたいな人間の祈りは届かないとそうそうに諦めてしまう。


「……………みそらおにーさん」


 ミコトは神でも父でもなく、側にいてくれる相手の名前を呼んだ。


 あんなメッセージ一つで来るわけがないのに。

 もういい加減、自分に愛想をつかしたかもしれないのに。

 そう思った。


 ギギギと重たい扉がひらいていき、聞き慣れた声がとどく。


「ミコトちゃん――」

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