第14話 地味男子、ギルド戦でたた※△××gou3g3@@――魔王のめざめ

 で、結果どうなったかと言いますと。


「「「「「ボーコッ、ボッコ! ボッコボコッ!」」」」」


 聖ヴァレンシア学園の生徒たちの回復スキルはかなりレベルが高いようで、試作ゴーレムを破壊してもすぐに再生してくる。

 ボクが生徒を直接狙わないとバレたのか、露骨にゴーレムを盾に進軍してきた。


 森の索敵鼠も警戒されるようになってしまい、長距離の闇魔術が通らなくなる。

 次々に小型エンペリウムが破壊されていき、ヴァレンシア生徒の能力が上昇。


 おかげで試作ゴーレムがどんどんパワーアップしていき、闇魔術で倒すのに時間がかかるようになった。


「「「「「ボーコッ、ボッコ! ボッコボコッ!」」」」」


 クスノさんのスナイプも的確だった。

 ボクが闇魔術を行使するタイミングを見計らったかのように狙撃。

 おかげで、防御にもずっと気をつかわなければいけなかった。


 ようは実力差がモロにでたのだ。

 力の差というより、戦闘経験の差だ。それも集団における。


 相手は鳴り物入りの魔王ボクを決して舐めることなく、きちんと分析していたらしい。


「「「「「ボーコッ、ボッコ! ボッコボコッ!」」」」」


 まあこれはこれで良い試合。

 お互いに健闘を讃えあって、爽やかに試合が終わると思っていた。


「「「「「ボーコッ、ボッコ! ボッコボコッ!」」」」」


 あれれー、様子がおかしいな?

 そう感じはじめたのは、ボクたちの砦をヴァレンシアの生徒数百名がとりかこみ、ゴーレムがドッゴンドッゴンッと門を叩いた頃ぐらいからだ。


 彼らはいっせいにフルボッココールを叫んだ。


「「「「「ボーコッ、ボッコ! ボッコボコッ!」」」」」


 想像して欲しい。

 野球・サッカーなんでもいい。

 満員御礼のスタジアムでただ一人アウェーにいる。

 地鳴りのようなブーイングがいっせいに向けられて、大きく振動する空気で、内臓がどすんどすんと揺さぶられる感覚を。


「「「「「ボーコッ、ボッコ! ボッコボコッ!」」」」」


 ライブ配信のチャットも荒れていた。

 ボクを快く思ってなかった人たちも配信を見ていたようで、劣勢とわかるやいなや、煽ってきた。


『魔王だっせえええええええええええwwww』

『なりきり野郎ざまあああああああwwwww』

『今晩はこの動画を再生しながら飯食わせていただきますわwwwww』


 敵を作っているとは思っていたが、想像以上にいたようだ。

 さらにはボクに指示をする人間まであらわれる。


『だーかーらー! ゴーレムに意識を割きすぎなんだって!』

『再生すんだから無駄だって! 効率が悪すぎるわ!』

『せっかくの超火力が無駄になってんじゃん! わかんないかなー!』


 それを諫めようとする人間まであらわれて、チャットは荒れるに荒れた。

 このカオスっぷりは、ある意味魔王の配信動画らしいのかもと思えた。


 こんな状況下、さぞボクは取り乱していることかとお思いだろうか。


 ボクは、椅子にふんぞり返って座っている。

 ボクは、めんどくさいなと……ひどくさめていた。


『さすが魔王さま! こんなときでもまったく動じておりませんね!』

『さあ! 今こそ反撃のときですぞ!』


 アルマのリスナーはなに一つブレることなく応援してくる。

 よく訓練されているなと思った。


 だが彼らの熱気とは裏腹に、ボクはひどくさめていた。

 指示やら、効率やら、意見の食い違いによる対立やら……学園次元都市トゴサカに来て、がんばって周りに溶けこもうとしたあのときと変わらない構図。


 魔王になりきった先でも味わうとは思わなかったが。

 もう笑いどころだな。


 ボクが自嘲気味に笑うと、リスナーたちは好意的・悪意的にそれぞれ受けとって、勝手に盛りあがっていた。


「「「「「ボーコッ、ボッコ! ボッコボコッ!」」」」」


 向こうの砦にいるクスノさんはどうしているだろう。


 ボクを見て笑っているのか。

 闇を滅するタイミングを見計らっているのか。

 みんなみたいにボッコボコにしたいと願っているのか。


 この雰囲気じゃあ、エンペリウム破壊だけじゃすまなそうだな。

 ……さすがに身バレはするか。


 なのに、ボクは落ち着いていた。

 これからひどく痛い目にあって、ひどく恥をかいちゃうかもしれないけれど……どの道、元のボクに戻るだけだ。教室でたた一人机にぽつんと座る、地味で平凡で冴えない鴎外みそらという日常に戻るだけの話。


 それよりも先に、ろくに攻撃しなかったボクを、アルマは見限るかも。

 彼女はどうしているのかと視線をやる。


「――」


 アルマは無でいた。

 なにも言わず、静かな瞳でフルボッココールを聞き流している。


 あれは……魔王ボクと知り合う前のアルマだ。


 今は暴走しがちだが、以前のアルマは静かな女の子だった。

 教室のすみでクラスメイトと社交辞令的な会話をするだけの女の子。ボクとは違い、孤高の花とみんなから好意的に受けとめられてはいたが。


 ボクはそんな甘城アルマを、日常がひどく退屈な子なのかなと思っていた。


 けれど。

 静かで、すべてがどうでもよさそうな横顔に初めて気づく。


 あれは……孤独だ。

 この世界に自分は一人だけだと、周りを隔絶している人だけが放っている、孤独の表情。似たようなボクだからこそ、甘城アルマという女の子の内面を初めてのぞけた気がした。


 ……ボクと同じなんだ。


 ボクは一人だけの世界に逃げればいい。

 けれど彼女が、次に逃げる先はあるのだろうか。


「……………」


 まっすぐに前を見据える。


「「「「「ボーコッ、ボッコ! ボッコボコッ!」」」」」


 ボクはおどろおどろしい椅子に肘をつき、もったいぶったように足を組みなおした。


 なぜならボクは魔王だからだ。

 魔王なりきりプレイすら捨てたボクに、なにも残るわけがないからだ。


 ボクは自分の手札をあらためて確認する。


 ボクが行使している闇魔術は、基礎魔術ばかり。

 応用性があるように見えるのは、スキル【影操作】で闇を操って、強度や形を変えているだけの話。


 だから、技名が常に変わる。

 ってーか、そのときの気分でボクが名前をつけている。


 だが、それとは別に攻撃用スキルをとっていた。


 ただ、

 追いつめられた状況下でなにをと思うが、好みじゃないはボクにとって大事なことだ。


 まさか、単一言語の組み合わせで放つ術とはなあ……。

 よくわからず、とったんだよ……。


 詠唱も固定。

 術の名前も固定。

 ダークとかシャドウとかを技名に使いたいボクにとって、あまりにも好みじゃなさすぎた。


 ……まあ、ボクのこだわりは最強の魔王さまであることだ。

 ここで素直に負けるわけにはいかない。

 魔王として全力で戦う覚悟を決めようじゃあないか。


「「「「「ボーコッ、ボッコ! ボッコボコッ!」」」」」


 今なお叫び続ける彼らに向かって、唱えはじめる。


獣の耳トゥ


 アルマの肩がびくんっと反応した。


獣の牙トゥ


 アルマの全身がぷるぷるとふるえている。


恐れよクゥ獣の目をトゥ恐れよクゥ極寒這いずる獣クゥトゥ飢えクゥを。飢えた獣はクゥ恐れをしらず。トゥ獣は臓腑トゥトゥに鉄が刺さろうともクゥトゥ飢えを満たすクゥトゥクゥ恐れは反転するクゥトゥ恐れはクゥ汝らの隣人となったトゥクゥ


 ゆったりと、重々しく、いかにも魔王っぽく唱えていく。


 ふと、強い視線を感じた。


 甘城アルマがボクを見つめている。

 瞳をうるうると輝かせ、ボクが彼女に魔王だとうそぶいたときと同じように、歓喜に満ちた表情をしていた。


 アルマが口を動かす。

 なにを言っているのか聞こえない。


 なんとなくだけれど『――』、そんな風に言ったような気がした。


 鷗外みそらという存在が、唱えるのはやめようよと警笛を鳴らしてくる。

 だけど、尊大で傲慢で、最強の魔王さまが【唱えよ】とささやいた。



「――666の軍勢トゥ・ジェヴォーダン



 ボクの足元から、どぱーっとタールのような黒い影が溢れ出ていく。

 黒い波は砦をあっというまに闇で満たしていき、闇からは次々に異形のものがあらわれはじめる。


 そして、影の獣たちは、飢えた狼のようにグルルルッと唸った。


 うーん、魔王ポイント的には0点だな。

 けれど、まわりの雑音が完全に消えた。

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