第12話 地味男子、ギルド戦でたたかう①

 聖ヴァレンシア学園が作ったダンジョンフィールド内。

 地平線いっぱいに広がっている大森林地帯で、東西に分かれて砦が築かれていた。


 魔王軍(2名)の砦。

 そして、聖ヴァレンシア学園(約1000名)の砦だ。


 砦の塔てっぺんはひらかれていて全方位が見渡せる。

 ついでに、塔てっぺんには10メートルばかしの蒼いクリスタルが浮かんでいた。


 エンペリウムだ。


 試合は相手砦にある、このエンペリウムを破壊したほうが勝者となる。

 休日をつかって外部生徒との親善試合となっているようだが、わずか2名と1000名との試合で親善もなにもねーよなと思う。


 聖ヴァレンシア学園は生徒に発言力があるんだろうな。

 うなだれそうになるのを我慢する。


 今のボクは魔王さま。

 巨大エンペリウムの前で、椅子にいかにもそれっぽく座っていた。


「……ふむ」


 座りにくい。


 アルマがもってきた私物の椅子には、動物の皮や骨がびったりと張りついている。おそらく動物の皮や骨でできている椅子は、本当に座りにくい。

 ただの動物の皮や骨であってくれ…………頼む…………!


 そのアルマはといえば、ボクの隣で満足そうに立っていた。


「いかがされましたか、魔王さま?」


 アルマは黒いケープを羽織って、鋭い大鎌を手にしていた。


 正直めっちゃかっこいいし、銀髪に似合過ぎているし、死神みたいで綺麗だ。

 でもボクにとっての死神みたいなものなので……ちょっと怖くもある。


 彼女の側では、いつもより大きめサイズのステータス画面が表示されている。

 配信チャンネルをはじめていたようで、チャットが流れている。


『魔王さま! 本日もたいへん魔に満ち満ちておりますね!』

『魔王さま! アルマさまのお洋服いかが思われますかっ?』

『実に、魔王さまの配下に相応しいと思いませんか⁉』


 褒めてあげてよと暗に伝わってくるな……。

 まあ、彼女の配信チャンネルだからな。


「アルマ。その出で立ち、実によく似合っておるぞ。

 我が配下に相応しい、まさに月の化身のごとき美しさよ」


 今日の戦いでは、彼女との意思疎通は必要不可欠だろう。

 恥ずかしいけれど、めちゃくちゃ褒めよう。


 すると、アルマは顔面が沸騰したように赤くなる。


「はい……! はい……っ! そのような言葉……もったなく……!

 わ、わたし、一生懸命にがんばらせていただきます……!

 魔王さまに仇なすものはすべて屠り……! かならずや首飾りを魔王さまの元へ、持ちかえりましょう……!」


 首飾りってなんだろう。

 ぶんぶんと恥ずかしそうにふっているアルマの大鎌が、ギラリと妖しく光っていた。


『アルマさまやっちゃええー!』

『鎌を血に染めあげるんだー!』

『ひゃっはああああああああ!』


 血の気が多い……血に飢えている……。


 彼女のリスナーは民度が高いのは高いのだけれど、カルト的な集いだからか嗜好が偏りがちだ。

 このダンジョンはリスポーン設定だし、安定した次元境界だ。

 致死ダメージで血がでることはないんだけどなあ……。


「アルマ、戦いがはじまってもお前は我の元にいてもらう」

「それは……どうしてなのでしょう?」


 ボクはさもなにか考えがあるかのように、ニッと笑う。

 彼女は納得したかのようにうなずいた。


「かしこまりました……っ」


 別にまったくもって考えがないわけじゃない。

 ボクにも戦う気はある。


 最初エンペリウムだけを破壊すればいいと聞いたとき、頃合いを見計らってわざと負けようかと思っていた。


 だが、クスノさんと出会って考えが変わった。


 戦いの結果がどうのこうのじゃなくて、お互いに健闘を称えられるような試合内容にする。

 みんなが笑いあう、爽やかな終わり方を目指すのだ。


 そのためには、なにかとレーティングが高めなアルマを側で待機させておく。

 それから全力でぶつかりあうのだ。


 ボクがそう考えていると、ぴこんっとライブチャットが繋がる音がした。


 クスノさんだ。

 まっ白い箒のような長銃――マジックガンを肩にかまえて、機嫌悪げに配信画面に映っていた。


『相変わらず物騒なチャットね。今すぐ停止すべきだわ、甘城アルマ』

「彼らはこれからの暗黒時代を担っていく同士です。

 発言を取り消してください、園井田さん」

『はあ……今日はあなたと不毛なやり取りをしにきたわけじゃないの。

 ……お初にお目にかかりますってやつ? 魔王ガイデルさまとやら』


 クスノさんがボクを見つめる瞳が冷たくて、ちょっと悲しい。


「貴様が大将か、園井田クスノ」

『そ。あなたたち頭おかしい組には無駄かもしれないけれど……一応聞いておくわ。

 聖ヴァレンシア学園全生徒の前で、土下座で謝れば……まあ許してあげるわよ』


 クスノさんからの提案。

 しでかしたことを考えれば土下座は安いのかもしれない。


 だが。


「ふんっ……虫が吠えよるわ」

『なっ⁉ 虫ぃぃ⁉⁉⁉』

「貴様と我が対等だと思ったのか? 思いあがるな虫……否、ちりあくたが。

 貴様が我と話すには、まず頭を垂れ下げなければいかぬのだ。

 己の立場をわきまえよ」


 ホントごめんっっっ! クスノさん!


 でもこれで掴みは完璧なはず!

 バッチバチのライバル関係を築いておいて、あとで【お前めっちゃ強いな】的に相手を讃えまくる……!

 そうすれば一連の魔王騒動も爽やかに終わるはずなんだ!


 チャットでは『魔王さま言う~』『素敵~』と流れている。

 クスノさんは頬をひくつかせていた。


『そーう……。甘城アルマにそそのかされているなら、ちょっとは対応を考えてあげようと思ったけれど……もういいわ。

 あんたたちは徹底的に叩きつぶす……!

 甘城アルマ……【取り決め】ちゃんと果たしてもらうわよ!』


 クスノさんは鬼の形相でライブチャットを切断した。

 取り決めとはなんぞと首をかしげたボクに、アルマが嬉しそうに言う。


「まったくです、魔王さま。彼女と魔王さまが対等なはずがありません」

「……アルマ、取り決めとは?」

「試合前に彼女から書類が送られてきたのでございます。

 長々と書いていることを要約するには【負けたら、勝ったほうの言うことをなんでも聞け】とのことで……」


 えっ、ちょ、まったく聞いてないんだけど⁉⁉⁉

 ほ、ホウレンソウは⁉⁉⁉


「魔王さまが負けるはずありませんのに……」


 アルマは信頼のまなざしを向けてくる。

 絶対的に信じきった澄みきった瞳に、ボクはもう強く言ってやることにした。


「当然だ。微塵も疑うでないぞ。我らが恐れるものなどこの世にはないのだからな」

「……はいっ!」


 怖い……なにもかもが怖い……!


 ボクがいまさら逃げ出したくなってくると、砲撃がダンジョンフィールドに鳴り響く。


 試合がはじまったのだ。

 そして、光の線がボクたちに襲いかかる。

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