第2話 地味男子、魔王になりきる

「きゃああああ!」


 女の子の叫び声に、浮かれ気分のボクは現実に引き戻される。


 今ボクがいる古城ダンジョンは、廃墟ビルが変化したものだ。

 この近辺で湧くものはどうもあまり旨味(高く売れる素材とか)がないダンジョンらしくて、冒険者を見かけたことがない。ついでに不安定な土地だからか、浮浪者やヤンキーも紛れることもなかった。


 だから、中学生の頃からボクだけの聖域。

 ボクだけの遊び場だった。


 女の子の叫び声なんて、どんなモンスターの雄叫びよりビックリしたし、急速に自分がコスプレ魔王さまであるのを実感してしまう。


「……我、興ざめだなあ!」


 ギリ、口調は崩さずに。

 ローブをたなびかせながら声がした方角に駆けて行く。


 そして、元廃墟ビルのエレベーターホール。

 今は古城の大広間では、セーラー服の女の子が甲冑におそわれていた。


 セーラー服の女の子は床にぺたんと座りこみ、甲冑が大斧を振り下ろさんとしている。


「配信者か」


 女の子の側に、ステータス画面が表示されていた。

 ダンジョン現象下では自分のステータスを表示することができるが、基本ひらきっぱにはしない。


 ひらきっぱにしているのはたぶん、ダンジョンUIにインストールしたカメラアプリで、配信しているからだろうな。


 ボクはさらに加速する。


 ――魔王コスプレのまま人前に出るのか?

 コスプレ姿を他人に晒すことに抵抗はまったくないとは言えないが、そんなもの、女の子の危機を前には些細なことだった。


暗黒の輪舞ダークネスロンド!」


 はい! 100点魔王ポイント!


 10個の円月輪がボクの背後で浮かびあがり、甲冑に襲いかかる。


 闇魔術とスキル【影操作】で、ほどよい暗黒色とトゲトゲしさを表現するのには苦労したんだ。

 見て欲しい、あの禍々しい円月輪。

 ズバシューーっと実にかっこいい感じで甲冑を輪切りにした。


「ふん……貴様程度では、我が闇には抗えんか」


 キャラは崩さず崩さず。

 だって魔王コスプレのままシラフで対応するなんて、羞恥心が爆発してしまう。

 キャラになりきったままなのも恥ずかしい気もするが、魔王コスプレしたシラフのボクが配信されるよりは全然マシだ。


「我が領地になんの用だ、ニンゲン」


 なので、のりきる!

 のりきるしかない!


 ボクは芝居がかった口調で話しかけると、女の子が顔をあげる。


「それは……」

「ぎゃ」


 ぎゃあああああああああああああああああああ⁉⁉⁉

 クラスメイトの甘城あまぎアルマさん⁉⁉⁉


 長い銀髪に、澄んだ海みたいな蒼い瞳。月の光を吸いこんだような綺麗な肌。

 S級美少女として名高い彼女で間違いない。

 学業スポーツなんでもござれ、冒険者としても一流らしい、ボクの人生に絶対かかわることのない美少女が首をかたげていた。


「ぎゃ?」

「ふ、ふん……我が領地になんのようだと聞いておる! ニンゲン!」

「ニンゲン?」

「そうだ! お前だ! 愚かなニンゲンに聞いておる!」


 絶対に身バレしてはいけない。

 夜な夜な魔王なりきりプレイを楽しんでいる子だと知られてはいけない。


 彼女のステータス画面ではチャットが勢いよく流れているみたいだが、どんな会話がされているが想像するだけで心が折れそうだ。


 がんばれ!

 貫きとおせ! 

 ボク……我は魔王ガイデルだ!


「わたしは……このあたりの不可解なダンジョン化現象を調べにきました……」

「不可解だと?」

「はい……。ダンジョンが発生してはすぐに収束されるようでして……。

 冒険者も、学生自治体も対処していないようで……噂になっていまして。どうしてなのかと」


 それはボクが、次元点ダンジョンコアをきちんと破壊しているからだ。

 次元点を放っておけば浸食が進んで、ボクたちの世界に影響を与える。

 だから破壊推奨だ。


 気に入ったダンジョンは次元点ダンジョンコアに遅延措置をほどこして、ゆっくりと攻略するときもあるが、だいたい遊んだあとは片づけている。


 冒険者マナーだし破壊しつづけていたが、噂になるほどのことか?

 と、強い視線を感じる。


「じー」

「……なにを見ておる」


 見ないで。ほんと見ないで。

 隈取で顔がわからないようにしてるけど、じっくりと見られたバレかねない。

 いいや、賭けろ!

 自分の影のうすさに! 


「あの……どこかでお会いしたような」

「我はニンゲンの知り合いなどおらん」

「どうしてそのような話し方なのですか?」

「ほう、ニンゲンごときが我に物申すのか」

「どうしてそのような格好をしているのでしょう?」

「我の正装ぞ! おのれ愚弄する気か!」

「いえ……そんなつもりは……」


 彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。


 責めているようで心苦しいが、こっちは身バレしかねないから必死だ。

 汗がダラダラと流れる。

 彼女のステータス画面ではチャットが活発に流れていた。絶対にろくでもない会話がされているだろうな……。


 だからって、もう引き返せない……!

 下手にシラフになって身バレするぐらいならと、ボクは唾を呑みこむ。

 そして目に力をいれた。


「我は魔王! 魔王ガイデルである! 貴様ら人類の頂点に立つべき支配者よ!」

「魔王ガイデル……さま」


 甘城さんはきょとんと不思議そうにした。

 よし! ここまでキャラを作れば、絶対にボクだとわからないはず!


「ここらは我が領域! 我が支配地である!

 ニンゲンどもが迂闊に立ち入ってよい場所ではないのだ!

 我の気分がよいので今日は見逃すが、次はないと思え!」


 甘城さんと配信を見ているであろう人たちにつよーく言ってやる。


 しばし、空気が固まった。

 彼女はボクの顔をじーーーと見つめ、なにか言いかけようとした。


 その前に、踵をかえす。


「さらばだ!」

「あ……待ってください……」


 彼女のすがるような声を背中で聞きながら、スキル【影歩き】でちゃぷんと影の中に溶けこみ、そしてボクはこの場から逃げ去った。

 

 大丈夫、ボロはでなかった。

 絶対に身バレしていない。


 ――次の日、ボクは甘城さんに身バレした。

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