第25話「驚天動地」

 僕の消された記憶が判明し、山本ヒロシとの接点が見つかったその日。オルディーネさんは早速トウミメディカルへと襲撃を仕掛けた。そのヒーローバトルに応じるのは、トウミメディカルの親会社でもあるトウミ精工が抱えるヒーロー陣営、極光戦隊セブンレインボーズ。

 ∀NEとセブンレインボーズは敵同士ではあるものの、お互いに付き合いの長い仲だ。オルディーネさんも彼らの能力は熟知している。だから、その日も完璧な勝利とまではいかずとも、トウミメディカルから何かしらの情報を得られる程度の戦果は挙げられるだろう。

 それが当初の目算だった。

 しかし、結果は惨敗と言っていい。なにしろ、怪人たちを統率するネットワークがクラックされたのだ。オルディーネさんは一転して孤立無縁となり、八割以上の怪人を薙ぎ倒しながらも多勢に無勢だった。最後はセブンレインボーズの必殺技、レインボーシャワーによって重傷を負った。


「あ、あの、オルディーネさんは」

「療養中です。とりあえず、容体は安定していますよ」


 翌朝、寝不足のまま出社した僕は、その足で医療部へと直行し、徹夜で治療に当たっていた医療部の職員から容体を聞く。医療用ナノマシンジェルの入ったポッドの中で、オルディーネさんは懸命の治療を受けている。医療部の優秀なドクターや看護師たちは一瞬足りとも気を抜かず、病室は殺気立っていた。

 これ以上部外者が居ても邪魔になるだけだろう。僕はちらりとメディカルポッドを見て退散する。


「おはようございます」


 第三研究室に入ると、珍しく人の気配がなかった。デスクにも、給湯室にも新見さんの姿がない。なんだろうと首をかしげながら部屋を探すと、僕のデスクの上に付箋が貼ってあった。癖のある丸文字は新見さんの文字だ。


「緊急の対策会議があるので、留守にします。新型怪人のプレゼンは延期です。か……」


 それを読み上げ、力をなくして椅子に座る。

 今日は新見さんに新型の怪人についてプレゼンする日だった。けれど、昨日あんなことが起こったせいで、それどころではなくなっているはずだ。新見さん、レザリアさんをはじめ、∀NEの幹部連中が一堂に会し、対策を話し合っているはずだ。


「∀NEの主力が無効化されたんだ。当然だよね」


 怪人は、∀NEがヴィラン陣営の中でもランキングの上位を維持している大きな要因のひとつだ。個々が平均的な超能力者よりも強力でありながら、量産が可能で、一人の指揮官で数百体を同時に運用できる。まさしく理想の軍隊と言える強力な生体兵器だ。

 けれど、最大のライバルであるセブンレインボーズが、それの制御権を奪取する手法を編み出してしまった。そのせいで、オルディーネさんは重傷を負っている。


「……」


 新見さんもいない、一人だけの研究室。ただ時間だけが無為に過ぎていく。

 怪人の攻略法が発見されてしまったこの事態に、ただの下っ端研究員である僕ができることは何もない。怪人は新見さんがどれだけ新型を企画しても却下されるほど、完成度が高かったのだ。

 やることもなくて、僕はタブレットの電源を入れる。動画アプリのライブ中継を見てみると、世界各地の特区で行われているヒーローバトルのリアルタイム中継がいくつも公開されていた。

 昨夜のヒーローバトルもドローン撮影によってリアルタイムに全世界に配信されていた。オルディーネさんが負けてしまった姿も、隠されることなく。


「あ」


 特区-001のヒーローバトルに、∀NEのものがあった。ライブ配信、つまり今まさに特区のどこかで行われているものだ。∀NEはオルディーネさん以外の戦闘員も抱えているし、同時に複数のヒーローバトルを進行させることも多い。幹部が意識不明の重体だからといって、ヒーローが遠慮してくれるわけではない。むしろ、これを好機と見てより積極的に迫ってくる。

 僕は好奇心から、そのライブ配信を視聴する。映っていたのは、戦闘部のナンバ−2という噂の首斬り侍イスズと、リリックフェアリーのバトル。だが、戦況は一目ではっきりと分かるほど圧倒的だった。


『ぬぅ……』

『一人だと呆気ないわね。見損なったわ、イスズ。――はやくお得意の怪人を出しなさいよ』


 傷だらけのイスズさんは血を流しながらなんとか立っている。一方のリリックフェアリーは余裕の構えだ。周囲に散乱する瓦礫のほとんどは、リリックフェアリーの音波攻撃によるものだろう。

 怪人は出動できない。だからイスズさんも一対一での戦いを強いられている。瞬間移動系の超能力を持ち、∀NEの中では一対一の戦闘に秀でているはずの彼女でさえ、劣勢に甘んじているのだ。


『刹那の剣、“咬み雀”ッ!』

『遅いっ!』


 イスズさんが短距離の瞬間移動を繰り返し、不規則な動きで迫る。しかし、彼女の太刀がリリックフェアリーの首筋を捉えることはなかった。音圧によって吹き飛ばされたイスズさんは白目を剥いて気絶する。

 高らかなヒーローの勝利宣言が行われ、イスズさんは医療部の回収班によって運ばれていく。


[イスズ雑魚www]

[調子悪いな。風邪引いたんか?]

[リリックフェアリーが勝つのかよ。番狂せにも程がある]

[なんで怪人ださねぇんだよ]

[金返せ]


 次々と流れるコメントのほとんどは、イスズさんを責めるものだ。

 そもそも、リリックフェアリーは∀NEにとって格下のヒーローという認識だった。広範囲に広がる音波攻撃も、怪人の物量で攻めれば圧倒できたからだ。けれど、怪人が使えなくなった今、∀NEはこれまで頼ってきた戦法も使えなくなってしまった。

 ∀NEが怪人を出せない。

 この噂はヒーロー陣営にすでに広く流れてしまっているらしい。次々とバトルの申し込みがかかり、戦闘部は蜂の巣をつついたような騒ぎになっているはずだ。


「……もう、こんな時間か」


 ∀NEの戦闘員が色々なヒーローに負け続ける映像を観ているだけで、あっという間に午前中が過ぎてしまった。新見さんはまだ帰ってこない。廊下を歩いてみても、みんな忙しそうに走り回っていて、状況を聞ける雰囲気ではなかった。

 ∀NEが危機に瀕しているというのに、僕にはできることがなにもない。その無力感が何よりも悔しかった。だからといって、下手に手を出せばより迷惑を掛けかねない。


「お昼、買ってこよう」


 時刻は正午を過ぎている。新見さんも、たまには冷凍食品以外のものを食べたいかもしれない。そういえば、折手さんとは一度も会っていない。彼女も幹部らしいから、やっぱり忙しいのだろうか。

 僕はぼんやりとしながらエレベーターに乗り込み、地上に出る。暑い日差しを避けるようにコンビニに入って、何か良いものがないかと商品棚を見つめる。


「うーん。アイツら何が食べたいんだ? とりあえず肉買っとけばいいのか?」


 弁当の並んだ棚の前で、背の高い女の人が同じように悩んでいる。足元に置かれたカゴの中は空っぽだ。


「ま、適当に買っていきゃいいか」


 彼女が買うものを決めるまで後ろで待っていると、その女性は突然棚の端から順に商品を乱雑に掴み取っていった。お弁当だけでなく、おにぎり、パン、惣菜、冷凍食品まで、見境なくカゴに入れていく。

 あまりにもアグレッシブな姿に、周囲の客も店員さんもギョッとしている。


「あっ」


 お姉さんが別の棚へ移動した後には何も残っていない。新見さんのぶんどころか、自分が食べるぶんすら買えないとは。

 破天荒なお姉さんはと言えば、カゴをもう一つ追加してスナック菓子のコーナーに移っていた。そこまでくれば、もはや気持ちいいくらいの豪快さだ。やはり特区は変わった人が多い。

 諦めて僕は店の外へと歩き出す。


「こ、困りますお客様! あー、お客様!」

「ああっ? なんでだよ?」

「お金、お金払ってください!」

「だから、今は持ってないんだって。後で払いにくるからさぁ」

「それはちょっと。あー、お客様!」


 自動ドアの前まで来たその時、レジの方が騒がしくなる。振り返れば、カウンターに大量の商品の詰まったカゴを並べたお姉さんが、店員さんと何やら言い争っていた。漏れ聞こえてきたところによると、お姉さんは手持ちが足りなかったらしい。後で払うと言って商品を持っていこうとしている。


「あの……」


 自分でもなぜそうしようと思ったのかは分からない。だけど、気が付けば身を翻し、レジへと歩み寄っていた。

 見知らぬ第三者から話しかけられ、店員さんもお姉さんも動きを止めて怪訝な顔をこちらに向ける。


「その、僕が立て替えます」


 そう言うと、二人は仲良く揃って驚いた。

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