第15話「∀NEの主戦力」
現場を取り囲むのは、全く同じ容姿をした黒服の男たち。彼らはゴツゴツとした黒い銃を腰に構え、微動だにせず立っている。異様な雰囲気を醸し出す彼らの後方から現れたのは、殺伐とした場にそぐわない小柄な少年だった。
『……仕事が早いわね、K』
メガホンを肩に預ける少年を一瞥し、オルディーネが鼻を鳴らす。
『こっちは真面目な公務員でな。ひとまず、暴漢鎮圧ご苦労さん』
小学生中学年程度しかない背丈とは裏腹に、くたびれた年季を感じさせる口調だ。周囲の男たちと同様に黒いサングラスで顔を隠し、黒いスーツに身を包んでいる。その服装もまた、ミスマッチで奇妙な雰囲気の原因だった。
オルディーネがKと呼んだ少年は、やる気のなさそうな動きでクリムゾンファイアの元へと歩み寄る。
『山本ヒロシ、32歳だな。特区内での無認可かつ日常的使途の範疇を逸脱した超能力行使、および建造物損壊、傷害、殺人未遂、あとはまあ、その他諸々の現行犯で逮捕する』
泡を吹き、白目を剥いて気絶している男に向かって、Kは事務的に口述する。
同時にジャケットの内ポケットから取り出して掲げられたのは、S.T.A.G.E治安維持執行部の所属を証明する手帳であった。
「あの、レザリアさん。あの人は?」
「特区を管理するS.T.A.G.Eの治安維持部隊。要は、対超能力者専門の特殊部隊さ」
エントランスのディスプレイに映し出される少年を指差すと、レザリアさんが詳しい説明をしてくれた。
S.T.A.G.Eは世界各地に存在する特区の設立から関わっている巨大組織で、各国政府に対しても強いパイプを持っている。彼らのおかげで特区が大国の干渉を受けずに存続しているのだ。
けれど、S.T.A.G.Eはあくまで舞台裏での活動に徹しており、その全容は全くの謎に包まれている。僕が知っているのは、特区を管理運営しているということと、ヒーローとヴィランのバトルを取り仕切っているということくらい。
「Kは
「あ、あの子が!?」
レザリアさんの言葉はにわかには信じられない。立派なスーツを着こなしているとはいえ、見た目はどう強気で見積もっても小学生の域を超えない。そんな少年が、この超能力者が多く住む特区を管理しているとは……。
そんな僕の内心を表情から察したのか、レザリアさんは呆れた様子であからさまなため息を吐く。
「君ねぇ、能力者ほど見た目がアテにならない奴はいないんだよ。ああ見えてKは30歳以上のオヤジだよ。なにせ、30年前からこの街の治安維持隊長を務めてるんだから」
「えええっ!? そ、そうなんですか!?」
レザリアさんは甘いカフェオレのストローを咥えながら頷く。
そういえば、彼女も見た目は随分若いというか、幼い。身長も130cm程度といった感じで。あまり考えなかったけど、Kさんと同じように彼女も実際の年齢は――。
「ふんっ」
「あいたっ!?」
突然脛を襲った衝撃で思考が断ち切られる。見れば、レザリアさんが冷たい視線をこちらに向けていた。
「何か?」
「い、いえ……。なんでもありません」
僕ってそんなに分かりやすいんだろうか。自分の頬を触りながら首を傾げる。
ともかく、超能力者は見た目に惑わされない方がいいということは学んだ。髪色も、レザリアさんは鮮やかなピンクだし、オルディーネさんは銀髪だ。黒服の男たちに連行されているクリムゾンファイアは真っ赤だし、超能力者の髪色も非現実的と言えばそうだろう。
「でも、オルディーネさんって本当に凄いですね」
Kさんの外見にも驚いたけれど、より鮮烈に記憶に刻まれたのは、颯爽と現れたオルディーネさんの能力だ。彼女はほとんど瓦礫の上から動かず、ただ手を握るだけでクリムゾンファイアの動きを封じてしまった。
僕は超能力について全く詳しくないけれど、あれが普通のサイコキネシスではないことは理解できた。ただの念動力では、炎を掴むことなんてできないはずだ。
「そうだよ。なにせ、
レザリアさんは我が事のように誇らしげな顔をする。
悪の秘密結社∀NEの戦闘部のトップでもあるオルディーネさんは、彼女とも関わりが深いのだろう。
「折手さんも、オルディーネさんとは仲がいいんでしょうか」
S.T.A.G.Eの部隊はあっという間に撤収した。けれど、まだ僕の心は晴れない。
あの瓦礫のどこかに、折手さんがいるかもしれないのだ。
「ん゛っ。ま、まあ、仲はいいと思うよ。――心配しなくても、折手くんはオルディーネがちゃんと助けるさ」
レザリアさんは確信を持って断言する。彼女の言葉には不思議と信頼できるだけの力があった。だから、それを聞いて少し力が抜ける。
「すごいと言えば、あれも。怪人も全然燃えてませんでしたね」
オルディーネさんは念動力でクリムゾンファイアを拘束した。けれど、彼を確保したのは、彼女の指揮で飛び出してきた無数の怪人たちだ。全身真っ黒でヒョロ長い人型バイオロイド、それが怪人。∀NEの主戦力であり、ヒーローバトルでも活躍する戦闘員だ。
とはいえ、ヒーローバトルでは相手のヒーローの光線なんかであっという間に蹴散らされていたような印象しかない。まさか、あれほど一方的にクリムゾンファイアを圧倒できるとは思わなかった。
驚く僕の言葉にレザリアさんは感慨もなく当然だと頷く。
「そりゃあそうさ。
鉄すらも燃やす烈火を、レザリアさんはそう一蹴する。
思い出すのは僕の直属の上司、新見さんの話だ。彼女が室長を務める第三研究室では、新たな怪人の開発を行なっている。しかし、ここ数年は全くと言っていいほど、新規に採用された実績がない。
その理由はただひとつ、実戦に投入されている怪人が十分に強いのだ。
ヒーローバトルで∀NEとしのぎを削るのは、セブンレインボーズを筆頭とした超能力者の中でも上位に位置する実力者たち。彼らに対して、集団とはいえ牽制になり得るほどの戦力に数えられるのは、そもそものスペックが平均的な超能力者を上回っているからだ。
しかも、怪人たちはレザリアさん率いる第一研究室の優秀な研究員たちによって弛まぬ改良が繰り返されている。そのバージョンは現時点で第二百七十四世代。もはや第一世代と比べても遥かに凌駕した力を持っている。
それほど強力な戦闘員を、∀NEは工業製品のように量産できる。個々が英雄並の実力を持つ兵士を湯水の如く投入できる。これが、悪の秘密結社∀NEが覇名を轟かせている理由だった。
「本当に、すごいですね……」
だからこそ、気が重い。
僕は新見さんの下で第三研究室の研究員として働いている。一週間後には、新しい怪人のアイディアを発表しなければならない。クリムゾンファイアを圧倒するほどの怪人に取って代わるバイオロイドなど、新人が一週間考えて生み出せるはずがないのだ。
「あんまり気後れしなくていい」
思わず落ち込んでしまう僕の肩に、レザリアさんがぽんと手を置く。
「君に求められているのは、新しいアイディアだ。新見くんも優秀だが、一人の力には限界がある。現状を打破できる何かの糸口さえ掴むことができれば万々歳。そうでなくても、別角度から何か発見することができれば十分だ。それ以上のことは、私たちに任せてくれればいい」
両肩に伸し掛かる重圧を、レザリアさんは軽い調子で取り払ってくれた。彼女は僕に期待を寄せてくれているけれど、それは追い詰めているわけではない。そのことが分かっただけでも、ずいぶんと気持ちが楽になった。
「はぁーーーー、つっかれた……。うわっ!? 和毛君!? 何してるの!?」
レザリアさんの激励に感激して涙を拭っていると、突然目の前のエレベーターのドアが開いて、中から折手さんが降りてくる。彼女は床に座り込んで涙ぐんでいる僕と、僕の肩に手を乗せているレザリアさんを見て困惑していた。
「折手さん、無事だったんですね!」
「えっ? ああ、うん。なんとかね」
彼女の安否を確認できて、やっと胸の重荷が取れる。思わず立ち上がって彼女の手を握ると、折手さんは目を丸くした。
「良かったです、本当に」
「ひゃっ、ちょ、に、和毛君。そんな、レザリアだって見てるのに……」
「オルディーネさんのおかげですね。ぜひ、お礼を言いたいです」
「えっ? あーーーー。うん、そうね」
僕なんかがお礼を言えるような人じゃないことは分かるけれど、やっぱりオルディーネさんに一言感謝を伝えたい。彼女はヴィランということで、特区外でも色々と言われてきた。けれど、やっぱり本当はとても優しい人なんだ。
「まあまあ、オルディーネにはわたしがしっかりとお礼を伝えておくよ」
レザリアさんがそう言って、ぽんと胸を叩く。折手さんもそんな彼女を見て、小さく息を吐いて頷いた。やっぱり、二人とも僕に何かと手を焼いてくれるけれど、オルディーネさんと同じく∀NEの幹部なのだろう。
「お昼休みも終わったし、和毛君は研究室に戻った方がいい。新見君は今回の騒ぎも気付いてなさそうだしね」
「そ、そうですね。もうこんな時間か」
言われて時計を見てみれば、もうすぐ昼休みが終わる。エントランスもさっきの騒ぎが嘘かのように、また平穏を取り戻していた。
「折手さん、ランチありがとうございました!」
「えっ? うん、いいのよこれくらい」
結局、折手さんにはランチをご馳走になってしまった。お礼を伝えると、彼女は軽く手を振って笑う。やっぱり、折手さんはかっこいいなぁ。
「で、でも今回はあんまりお話もできなかったし、また今度――」
「それじゃあ、研究室に戻りますね。ありがとうございました!」
「えっ、あっ」
急がないと、昼休みが終わってしまう。流石に時間を守れないのは社会人としてまずい。僕は折手さんとレザリアさんに頭を下げて、エントランスから走り出す。
結局、その後道に迷って、研究室に到着したのは20分後のことだった。
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