【完結】悪の組織の下っ端研究員に就職しました。〜銀髪巨乳の女幹部さんがチラチラこっちを見てくるけど全く身に覚えがありません〜
ベニサンゴ
第01話「ラバースーツのヴィラン」
背中を支える細い腕が、力強く僕を内側へ押し付ける。全身で感じるのは張り詰めたラバーの強い摩擦と、その下にある驚くほど柔らかな感触。窮屈そうなファスナーが、豊かな胸の半分ほどを登りかけたところで諦めている。その下から溢れ出しそうになっているのは、夜のネオンの光を受けて淡く輝く白い肌。
僕を見下ろす彼女の顔は、その大きな胸に半分ほどが隠れてしまっていた。
「ちょっと、大丈夫!?」
「あ、うぁ……」
朦朧として、徐々に輪郭を失う意識のなかで、銀髪を乱した彼女が何か叫ぶ。それに返事をしようとしても、舌が絡まって意味のある言葉が出せない。
感じるのはラバースーツ越しの暖かな体温。硬い外骨格アーマーの感触。鼻腔に充満するのは、咽せるような鉄の匂いと僅かな甘い香り。体のあちこちが焼けるような痛みを訴えていた。口の中で唾液と血が混ざり、泡立っている。
曇っていく視界の隅に、瓦礫の上に立つ鮮やかな色の人影が映った。
「出てこい、鉄血将軍オルディーネ! そこにいるのは分かっているぞ!」
「コソコソと隠れても無駄だ! 我らセブンレインボーズは貴様の居場所など手に取るように分かっているぞ!」
明朗な声がサイレンに負けず響き渡る。その声は、僕を抱く彼女の耳にも届いたはずだ。
実際、銀髪の綺麗なその女性は、美しい顔を僅かに歪ませて忌々しそうに彼らを覗き見ている。
「ああもう、うざったいわね。――セブンレインボーズ! 一旦休戦しましょう、一般人が巻き込まれたわ!」
彼女は小さく舌打ちしたあと、物陰から飛び出して叫ぶ。次の瞬間、振り返った七人の男女が間髪入れず腕を突き出し、極彩色のビームを放つ。
「小癪な言い訳を! そんなものが通用すると思っているのか!」
手からビームを放ちながら、七人の中心に立つ男――ブレイズレッドが大きく叫ぶ。
一直線に迫るビームを防いだのは、どこからか飛んできた頑丈な赤い盾だ。何かに支えられることもなく空中に浮かぶ五枚の盾が、彼女を――いや、僕を守るように取り囲む。
「ここは特区内で、事前に戦闘申請も受理され、一般人の退避は完了している! 下手な誤魔化しはよせ!」
「ここが特区内で戦闘申請も受理されて避難も完了してるはずなのに一般人がいるから言ってるのよ! 異常事態だって言ってるの!」
「そうは行くか! 得意のバイオロイド戦法が通じないと知って、焦っているな?」
「ああもう、バカ戦隊!」
七色のビームが途切れた瞬間、彼女は強く瓦礫を蹴って跳躍する。すぐさま盾が一枚飛んできて、彼女はそれに足を乗せる。ネオンと火事の炎に彩られた夜の街を、彼女は波に乗って滑るように突き進む。四枚の盾が背後を守り、追いかけてくる七人の男女の攻撃を防ぐ。
僕は彼女の腕に抱きしめられながら、グラグラと上下左右に激しく揺れて体力をすり潰していた。
「ちょっと、大丈夫? 生きてるわよね?」
「ら、らいじょうぶっ」
「大丈夫じゃなさそうね。できるだけ揺れないようにしてるけど……」
目の前でぶるんぶるんと大きく揺れている。ラバースーツは彼女の体を包み隠すにはいささか向いていないのではないか。そんなスケベな感想が湧き上がってくるのは、現実を直視しないよう本能が動いているからだろうか。
「うわっ!? また出血が! ごめんなさいね」
「だ、大丈夫ですから……」
傷口から血が吹き出す。彼女が慌てて僕を抱え直し、顔がその柔らかい胸に埋もれる。通気性の悪い生地が鼻と口をピッタリと塞ぎ、呼吸が完全に止められた。
「こ、これならまだマシかしら」
余計に死にそうだ。
「ごめんね。とりあえず、医療班を呼んで、ランデブーポイントに向かうから……」
血液と酸素を同時に失いながらも妙な充足感を覚えていた。
谷間から覗く彼女の焦った顔は、いつもは画面越しに見ていたものだ。そこでは感じられなかった彼女の素顔があった。ヴィランと呼ばれ、ヒーローたちと日夜戦いを繰り広げている彼女の仮面の下が垣間見える。
「うぶっ」
「うわあっ!? ご、ごめんなさい、苦しかったよね」
本格的に肺の中が空になり、呻き声が漏れる。窒息していた僕に気がついた彼女は、慌てて僕を抱き上げて気道を確保してくれた。
「待て、鉄血将軍オルディーネ!」
「逃げるとは卑怯なり!」
体勢が変わったことで、僕は背後から追いかけてくる七人組を目視することができた。
全身単色の衣装で固めた七人。ヒーロー、特に戦隊と呼ばれる集団だ。セブンレインボーズは有名な光学機器メーカーのトウミ精工がスポンサーで、全員が光に関連した能力を持つ。
そして、彼らのライバルとして立ちはだかっているのが……。
「うるっさいわね! だから、この人が見えないの!? 一般人が怪我してるのよ!」
「ブラフはすでに見破ったと言っている! 諦めて正々堂々と立ち向かえ、鉄血将軍オルディーネ!」
艶やかな体を黒いラバースーツで包み込み、赤い外骨格アーマーを装着した銀髪の女性。勝ち気な鋭い眼光に、真っ赤な唇。そしてスーツに収まりきらないほどの巨乳。
本来は七枚の巨大な盾を自在に操り、単身で複数人を相手取る集団戦を得意とする、強力な
悪の秘密結社
いつもヒーローバトルの中継で見ていた美しい女性が、ヒーローたちに悪態をついていた。
ヒーローとヴィラン。この特区において形式上の名目とはいえ、悪役の名を関する彼女を、僕も先入観を持って見ていたことに気付く。彼女は弱者を虐げる悪者ではない。なんの因果か超能力者同士の戦いに巻き込まれてしまったただの一般人を助けてくれた、命の恩人だ。
「ええい、一般人を盾にするのか?」
「んなこと言ってないでしょ! 一般人だと思ってるなら攻撃やめなさい!」
「この千載一遇のチャンス、逃すわけにはいかない! 喰らえ!」
正義の七人組、セブンレインボーズのひとり、フレアオレンジが手をあげる。鮮烈なオレンジの光が帯となって迫り、僕とオルディーネを取り囲む。
「くっ」
オルディーネが浮遊させている盾を巧みに動かし、それを乗り越えようとする。しかし、彼らは七人という数の利を利用して追い詰めてくる。続いて繰り出されたのは、シャイニンググリーンの眩い閃光だ。
「ぎゃぁっ!?」
「いいから目は閉じてなさい。口も閉めてないと舌噛むわよ!」
ウェーブブルーの光刃が迫る。赤い盾が次々とそれを塞ぐが、そのうちのひとつが真っ二つに破られてビルの谷間に落ちていく。
間髪入れず、グロウパープルとエクリプスバイオレットの鮮やかなビーム。三枚の盾が重なって、その強烈な熱線をギリギリ防ぐ。二枚が貫通し、粉々に砕けた。
「いけ! 敵は防戦一方だ!」
「今こそ合体技のタイミングよ!」
残された盾は、オルディーネが乗っている一枚と、もうひとつだけ。一方向しか守ることのできない彼女に、向こうは勝機を確信する。
七人は軽やかにビルを蹴ってこちらへ迫りながら、隊形を一つに整えた。
「必殺、レインボーシャワー!」
「くそっ!」
七色のビームが入り混じり、極太の光線となって迫る。途中、傾いたビルの横腹を掠め、まるで砂糖菓子を溶かすかのように抉る。威力はそれだけで十分推し量れた。何の能力も持たない僕はひとたまりもない。
オルディーネがいつもの力を出せていたら、あれも難なく避けられるはずだ。彼女の真髄は盾を使った高速機動にある。だからこそ、セブンレインボーズはあの大技を使いあぐねていた。
彼らが必殺技を放つ選択を選べた理由。彼女がそれを受けざるを得ない理由。
「避けて!」
「ちょっ、何をやって――きゃっ!?」
僕のせいで、彼女が負けるのは許せない。がむしゃらに手を動かす。彼女の体を突き飛ばすようにして、僕は無理やりその腕から脱する。浮遊感のあと、重力が四肢を絡めとる。
「ばか!」
オルディーネの赤い瞳が僕を見る。彼女は巧みに盾を乗りこなし、七色の渦巻く光線を間一髪のところで避けていた。くるりと空中で反転し、勢いよく僕を追いかけてくる。
駄目だ。僕を助けちゃ駄目だ。
セブンレインボーズは次の技を繰り出そうとしている。僕に手を伸ばしていたら、それが届いてしまう。彼女は負けてしまう。
それなのに――。
「ああもう、勝手に動かないの!」
彼女は僕を空中で抱きとめた。
直後、目を焼くような光の奔流が、僕と彼女を飲み込んだ。
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