友人を得て陰キャは変わった

 眠りにつく度、色んな声が聞こえた。

「スゲェじゃん、依田!英語トップだって」「依田もピアス開けようよ、みんなでおそろーい」「野村、絶対依田のこと好きだよな」「夏は田内も誘って瀬棚行こうぜ」「ちょ、顔には水かけんな!」「ちょー、ビーチバレーのボールどこ行った」「マジこの道銀杏臭いよね」「ヤバい!テスト教えて!」「え、依田って整形したいん?しなくてよくね?」「二重かー、永遠の課題だよね」「俺も一重だけど、男の一重ってなんかよくね?」「自分で言うな」「なぁ、依田」「依田!卒業旅行行こうよ!」「依田!」

 目が覚めたとき、いつの自分なのかを確認するのが癖になった。カレンダーやニュースを見て、何年の何月何日なのかを確認し、その時々のトレンドをちゃんと頭に入れるようになった。

 今は二〇一七年の春らしい。大学三年の春だ。就活準備や、卒業に向けた準備も必要になる。

 夢の中で得た情報だと、宮広は俺と同じ大学に進学したらしい。Fランクでもなければ、難関大でもない、偏差値を調べれば、まぁ普通の大学だ。

 そして、どうやら俺は親との関係も良好で、バイトもそこそこしつつ、仕送りが月にいくらかあれば十分生活できる日々を送っているらしかった。

 現実とは大違いだ。

 現実の二十一歳当時は、仕送りもなく、ひたすら働いていた。親の反対を押し切って私大に決め、入学金と初年度の学費こそ払ってはくれたが、それ以外は自力でどうにかしろ、と見捨てられたのだ。

 とはいっても、かなり寛大な処置だったと思う。

 今の大学は公立大で、学びたい事ではないにしても、生活が苦しくないからストレスもない。半端な人生二周目だが、うまくやれている証拠だろう。

 スマホの通知が鳴った。これも懐かしい機種ではあるが、もう大分最近の機種だ。使い勝手を必死に思い出す必要はない。逆に、やっぱり指紋認証は楽だな、と実感する。

[花井が新作のケーキ試食してくれって!]

 相変わらず付き合いのある花井は東京のホテルに就職し、料理の腕を磨きつつ、いつか自分の店を持つ、という目標に向けての努力をしていた。

[りょ]

[差し入れ何買ってってやる?]

[季節的に和菓子とか?あいつ意外とあんこ好きじゃん]

「それいいな!いい店探しとく!]

 花井に気があるらしい宮広は、それを全面に出しはしないでいるものの、分かり易く態度を変えていた。大事なんだな、大切なんだな、と見ている俺や野村、与えられている花井が実感する程に。

 花井も、きっと宮広が好きなんだろうけど、そこははっきりとさせずにいた。

 甘酸っぱい、いつだったか花井が作ったケーキに載っていたラズベリーの味を思い出す。

 人を羨んでばかりだった俺も、大分変わったように思う。以前のように些細なことで苛立ったり、人にぐちぐちと文句を言いたくなることも減った。何かあれば宮広に愚痴れるし、大学でも、何人か新しい友人ができたことが大きいだろう。

「今日は、二限からか」

 宮広が酒に弱いこともあり、深夜まで飲むなんてこともなく、至極真っ当な大学生活。見た目も、宮広にアレコレとアドバイスをしてもらっているお陰で、野暮ったさのない、陰キャらしからぬ陰キャになった。

 ピンポーン——

「今開ける」

 インターホンに答えて、六畳一間の狭い部屋を訪ねる人なんて、普通なかなかいない。宮広だって寄り付かない。けれど——

「おはよ、藤吾」

「うん。おはよ、上がって」

 宮広や花井、野村によって矯正された俺に、めでたく彼女が出来た。

 小柄で、可愛らしい彼女は、面倒見が良くて優しい。

 病院で見たあの美人もいいが、俺の好みはやっぱり可愛い系だ。

 念の為だが、野村とは函館にいる間も、ずっと何もなくただの友人関係に留まっている。

 去年二十歳を迎えた日を境に、野村は両親に宗教から離れることを宣言し、今は自由に生きている。

 野村は函館でデパートの販売員として働いていて、毎日大変だとボヤいていた。

「朝ご飯食べた?」

「んー、食べてないけど、とりあえずいいかな」

「おっけー、食べたくなったら教えてね」

「うん、ありがと」

 優しい彼女に甘やかされてはいるものの、現実で見てきたネット記事にある“モラハラ男”や“束縛彼氏”のようにはなるまいと、限度を持ってギブ&テイクの精神で接していた。

 彼女——青山あおやま理子りこは、それが嬉しいらしく、いつもニコニコ笑顔でいる。プレゼントだって高いものは買えないし、高級レストランにだって連れてはいけない。それでも「身の丈に合った幸せが一番」と背伸びをしない、見栄を張らない彼女が眩しくて、それに影響されている面が多分にある。

 つまり、俺は今、幸せだった。

「藤吾、もうどこ受けるか決めた?」

「まぁ、ボチボチ。金融機関にしようかなって。大変だとは思うけど、食いっぱぐれないだろうし」

「いいね。私はどうしようかなー、美容部員とか?いけると思う?」

「理子は可愛いし、似合うと思うよ」

 なんて、歯の浮くようなセリフも言えるようになって、彼女を喜ばせられるようになった。

 中学三年の時は、とんでもない野心を抱いていたと思う。

 人の上に立とうとか、整形をして、とか。

 何でもかんでも人より上でなければならないことなんてないのに、勝手に自分にプレッシャーを掛けていた。息苦しくさせていたのは自分自身だった。

 それを思うと、今はずっと息がし易い。

 穏やかさとは、こういうことなのだと思う。

 次の眠りが訪れるまでを、今のまま変わらず——というのも、今の時点で現実とは大きくかけ離れているから——平和に過ごすことが出来れば、次に目覚めるのは“現実”だ。

 改変が起こって、全てが今見ている“夢”に繋がる現実。

 俺はこの臨床試験に感謝していた。友人だけではなく可愛い恋人も得て、穏やかな生活を手に入れて。

 俺の人生の正解は、これだったのだと思う。

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