大役はあっさりと乗り越えた

「おとーん、まだ着かねぇの?」

「まだだぁ。あー、今森だから、あと一時間くらい」

「結構あるよなぁ」

「お昼どこに行く?」

「フライドチキンもハンバーガーも食べたい」

「全部食いたい。帰ったら食えないもの全ッ部食いたい」

「腹はち切れるわ」

 騒がしい車内。静かなのは野村と、その隣に座っている俺だけ。どうして俺が野村の隣なのかは謎だ。

 そうは言っても俺は田内や宮広とゲームをしているし、野村はぼんやりと窓の外を眺めているが、たまに携帯を気にする素振りを見せていた。

「美歌、食べる?」

「一個ちょうだい」

「どーぞ、依田は?」

「あ、いいの?」

「ん」

 サンキュ、と言いながら、シート越しに野村が行くなら、とついて来た花井はないから差し出された掌の中にある小さな袋を、ひとつ取る。ぶどう味の飴玉だった。

「野村の何味」

「みかんだよ」

「みかんか」

「なに、依田。ぶどう嫌いなの?」

「いや、そうじゃないけど。聞いただけ」

 袋を開け、口に放り込むと甘い香りが一気に広かった。

 函館へと向かう道中。土曜の下道は混んでいて、法定速度での走行はしているものの、どこかゆったりとした移動だ。

 俺の隣に野村がいると言うことは、つまり。

 結論を言うと、説得は成功した。したのだが、暖簾に腕押し、とでも言おうか。野村が勝手に怯えていたのではないか、と思えるくらいにあっさりと承諾され、俺は無駄な緊張をしたに終わった。

「楽しめてるか?」

「うん。こういうのも初めてだから、新鮮」

「そ」

 と、ちゃんと楽しめているらしい静かな同級生を見て、少しだけ嬉しく思った。

 俺は俺で、丹内に諭されてから肩の荷が降りたような、思春期にあったあの苛立ちであるとか、焦りのようなものはなくなった。

 そうなると、以前は話しかけてこなかったような奴も気安く話しかけてくるようになり、親父ともそこまで言い争うことがなくなった。

 苦手だった家の空気や、教室の雰囲気もなんとも思わない。ただ懐かしいと思うだけになった。

 嫌いな田舎。何もなくて、すぐ噂話は広まって。

 早く出たくて、高校から函館へと出たのだが、どうだろう。

 まだ少し先ではあるが、隣町の高校に行く、なんて言うのも、面白いかもしれない。今のところは、一つランクを上げて、函館にある公立高校で一番の難関高を受けるつもりだ。

 今日はそのための問題集を買う、と言う名目で、親父からは函館へ来る許可を得た。

「酔った。無理、ゲームやめ」

「今まで酔ってなかったのがスゲェよ」

「それな」

 俺を含めた男子三人はグッタリとした顔でゲームの画面を落とし、窓へともたれかかった。エアコンが効いていて心地良い。

「これ、昼代。五稜郭でいいのか?降ろすの」

「うん。サンキュー」

「ごちになりまーす!」

「おぅ、たーんと食えよー」

 あっという間に高速を降り、市街地へと着々と近付いている。

 やはり車の量は多く、高校時代に見たのと変わらない景色が広がった。

「懐かし」

 誰にも聞こえないように、小さな声で呟く。

 いつどこに行っても、何を見ても真っ先に浮かぶ感想だ。

 上京してからは、北海道に帰ることもほぼなくなった。交通費は馬鹿みたいに高いし、帰ったとて会いたい人もいない。親が一番会いたくないのだから、実家に帰る理由もない。それなら、友人がいるわけでもないにしたって、都内にいた方が節約になる。

 寂しい人生だ。

 こんな後ろ向きなやつと、誰が仲良くなりたいと思うだろうか。絡んでくるのだって、能天気な田内くらいだ。

「なぁ、依田は今日なんか見たいもんあんの?」

 宮広に話し掛けられ、思考が引き戻される。

 投げ掛けられた問いに答えようと脳をフル回転させ、耳に流れ込んだ音を一音ずつ拾い直した。

「どった?」

「……ああ、問題集ほしいんだよね。高校、まだ決めてないから」

「えー、依田は北高じゃないんだ」

「まだ分かんねぇけど、今は、そのつもり」

「そっかー」

 なぜか惜しまれているように感じだ。宮広はもともと仲が良い方ではなかったが、最近少し課題のことで話したり、漫画やゲームの話を振られるようになったくらいだ。

「なんか、あった?」

「えー?いやー、依田さー、前はスンゲェとっつきにくそうで苦手だったんだけど、最近はなんかそうじゃないからさー」

「あ……そう」

「依田ってマジで不器用だよな」

 嬉しそうに言ったのは田内で、やはり何を考えているのか分からない。宮広も野村も花井も、小学校も同じだったとはいえもともと親しくなかった。田内は、どうしてか小学生の時から俺によく構ってきていた。不思議なメンバーで、これから函館を楽しもうとしている。

 本当に、楽しめるのか?

 街の中心部に入り、車はさらにゆったりとしたスピードで走る。とはいえ、函館人は運転が荒いから、それでも法定速度よりも速い。

 ほんの少しの不安を、ひとり抱えたまま——

「よーし、着いたぞ」

「ありがとうございます!」

 路肩に停車し、ドアロックを外すと、田内の親父さんは、早く降りろ、と子ども達を急かす。

 それに従って、スライドドアを一気に開けた宮広に続き、花井も降り、シートを前へスライドさせ俺たちが降りられるようにした。

「ありがと」

「どういたしまして」

 ニッ、と笑う花井に釣られて笑うと、見ていた宮広も表情を緩めた。

「じゃあ、終わったら連絡するからな」

「あーい」

「またあとでー!」

 田内が、バンッ!とドアを閉める。親父さんはクラクションをひとつ鳴らして走り去った。

「よし、まずはメシ!」

 と、テンションが高い田内に倣って、賛成、と皆声を揃える。

「なに食べる?」

「私ね、調べたんだよ」

「マジ?どこ」

「美味しいパスタ屋さんがあるんだって」

「パスタかー」

「パスタいや?」

 散々函館までの道で食べたいものを挙げていたからか、田内の気分はパスタではないらしい。

「バーガー食いたい!」

「俺もバーガーかなぁ」

 宮広もそうらしく声を上げる。言葉にはしないが、俺も正直パスタの気分ではなかった。

「男女で分かれれば?その方が落ち着くんじゃね?」

「確かに!あ、集合とかの時用にメアド教えて」

「いいよー」

 平和的解決はこれしかない。誰も文句言わず、その通りになった。

 田内と花井がメールアドレスを交換し、それじゃ、と軽く手を振り合ってその場で分かれた。

「ご当地バーガー食ったことある?」

「どんなん?」

「スンゲェデカいの」

「そんなに?」

「めっちゃデカい」

「俺はそんなにデカくなくていいかな」

「美味いらしいからとりあえず行こ」

 高校時代によく行った店だろうな、と思いながら楽しそうに前を歩く田内と、そんな田内に呆れながらも少しそわそわしている宮広の後ろをついて行った。

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