僕には少女が大人びて見えた

 退屈な毎日のはずだった。今日も、明日も、そのまた次の日も。退屈で退屈で、行くだけ無駄とも思える学校にただ通うだけのはずだった。

 なんて中二病真っ盛りの言葉に、残念ながら嘘はない。本当に退屈で、いつ引きこもってやろうか、と思っていた矢先だった。

「次の授業なんだっけ?」

 後ろの席にいるクラスメイトに問い掛ける彼女は、どこか落ち着き払っていて、見るからに昨日までの彼女とは違う。

「公民だよ。万莉の得意科目じゃん」

「公民か!って、普通だよ」

 あんなに目を引く子じゃなかった。

 昨日の今日でなにがあったんだ。

 見た目が変わったわけじゃない。それはいつもと変わらない。それなのに、どうして。

 目が離せない。

 仕草だろうか、笑顔の作り方だろうか。今までも注視してきた訳ではないから、はっきりとした答えは出せない。

 誰か、他に彼女の変化に気が付いている人はいないだろうか。

「ねぇ」

「なに?」

 隣の席の休み時間はいつも机に突っ伏して寝ている男子に声を掛けると、例に漏れず突っ伏していた顔を上げ、面倒臭そうに俺を見た。

「幡野さんって、あんな感じだったっけ?」

「え?」

 顔を上げて彼は幡野さんを見る。が、首を傾げて眉間に皺を寄せた。

「えー……あんなんじゃない?分かんないわ」

 人選ミスなのは分かっていたけれど、さすがに苛立ちを覚える。

 あんなに変わったのに。

「……そっか。起こしてごめん」

「んー」

 彼は再び机に突っ伏し、そのまま休み時間の終わりを待つらしい。

 退屈だよね。分かるよ。

 昨日まではそう思って、彼を横目に特に誰かと話すでもなく、俺も教室の中にいた。

 けれど、俺は見付けた。

 いつ、話し掛けようか。

 チャイムが鳴って、教室のあちこちで皆が溜息を吐く。

 皆、退屈なんだ。

 楽しいのは休み時間だけ。友達と話している時間だけ。部活の時間だけ。

 それぞれの楽しみがあって、目的があって、皆がただ卒業を目指すためだけに集まるのが学校だとしたら。得られる物は教師達の説教だけだろうか。

 勉強なんて、正直どこにいたってできる。教える人間は、わざわざ教師達が苦心の末に振り分けたクラス毎に、これまた教師が振り分けられるだけ。

 通信教育も、最近では馬鹿にできなくなってきた。羨ましいと思う。学ぶ場所を選択できるのは、とても幸福なことだと思う。

 とは言え、俺は特別勉学に秀でている訳でも、特別な才能がある訳でもない。凡人の高望みだ。

「席着いてー」

 開いていた教室の出入り口をくぐり、どっさりと資料やプリントを抱えた国語教師が入ってくる。

「日直さん、号令!」

「……あ、起立」

 ハッとしたような顔で声を上げて、それまで友人と小声で話していた今日の日直である幡野さんが号令をかける。

 ガタガタ、ギー、と床と椅子の脚が擦れる耳障りな音の中で、数十人が同じ方を向いて、一礼をする。

 先生はニコニコとした顔でいてそれを見て、幡野さんのはっきりとした声を聞いて首を傾げた。

「……なんか、印象違うね」

 イメチェンした?、と薄く笑みを浮かべて先生は問い掛ける。

 やっと、俺以外に分かる人がいた。

「え、だよね!なんか今日の万莉、朝から雰囲気違うんですよ!」

 クラスで一番彼女と親しい女子が声を上げ、少し離れたところにいる幡野さんを指差した。

「え?そうか……?」

「わっかんねー」

「アレじゃね、前髪切ったとか」

「いや、変わってないだろ」

「アンタら、そんなんだからモテないんだよ」

「うっせうっせ」

 教室が、少し騒がしくなる。

 それにより渦中の幡野さんは、少し居心地悪そうにして「そう?」と眉尻を下げて、肩より少し短く切り揃えられた髪を指先で、少しだけクシャクシャと掻いてみせる。

「ごめんごめん、あとで話そ。授業するよー、の前に、漢字の小テストね。十点満点で、七点以下は間違えた漢字の書き取りやって明日提出!」

 話しながら、テキパキと小さなプリントをどんどん生徒達に配っていく。

 みんな口々に文句を言っている。けれど、ちゃんと教科書や辞書を机の中にしまって、シャーペンと消しゴムだけを机上に残した。

「十分ね。よーし、始め」

 一斉に、やる気がない割に勢いよく捲られる紙が机を擦る音が響いた。

 これが終わったら、この授業が終わったら。先生と一緒に、幡野さんに話を聞こう。

「はーい、そこまで。後ろから回してね。教科書とノート出して用意して」

 特に慕っている先生ではない。授業の分かりやすさも普通だし、親しみやすさも特にない。どちらかと言えば身だしなみについてうるさい方で、特に女子からは鬱陶しがられている。

 見た目は、普通、だろうか。

 物凄くブスとか、そんなことはない。それでも、一部の派手な女子は嫌っている。化粧っ気がないからだろうか。気の毒だな、と思う。

「それじゃあ、行く、の謙譲語を使った一文を……外塚とのつかくん、黒板に書いてくれる?」

 突然名前を呼ばれて、咄嗟に顔を上げる。と、笑顔で俺を見ている先生と目が合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る