悪を為すか、正義を為すか
河内三比呂
第一部 原初ノ夢
第1話 彼の生きし時代
時は大正。
民主主義に目覚めし若者達で溢れた時代。
その流れに、
****
「ダメだダメだ! こんな憶測だらけの記事なんて載せられるか! もっと証拠を掴んで出直して来い!」
「証拠などなくとも、この者が悪事を働いているのは……!」
「証拠がなくて記者が務まるか!!」
反論の余地なく編集長に書いた記事を投げ捨てられる。同僚達の呆れた笑い声が響く。
悔しさで思わず拳を握りしめる彼に視線をやることなく、編集長が冷たく言い放つ。
「いいか、
「……っ! はい……」
静かに席へと戻る彼に同僚の一人が声をかけてきた。その声色がどこかからかいを含んでいるようで不快さを覚える。だが、同僚が気にする様子はなかった。
「おい、
「……私の勘は間違っていない。証拠なんて簡単に見つけてやるとも……!」
意気込む彼、桜川英雄の目は正義感と自信に満ち溢れている。その様子に、声をかけた同僚は意味ありげにため息を吐くと、自分の席へと戻って行った。
****
夕刻を過ぎ、夜へと近づいていく。
心許ない街灯と手持ちの灯だけを頼りに、英雄は路地を進んで行く。狙うは……黒い噂が流れて止まない活動家の
懇意にしている情報屋から得た話をもとに、英雄は活動家が今宵集会を開くという場所を特定したのだ。手元の灯を消すと物陰に身を隠す。
待ち伏せて悪事の瞬間を、しがない給料を貯めて手に入れたカメラで撮影しようという算段だ。
だが……。
(おかしい。なぜ来ない? 何があったというのだ?)
彼には一つ大きな欠点が存在する。
それは――己を信じすぎるがあまりに、他者の人柄を把握しないことだ。ある意味まっすぐで純粋だが、愚かさでもある。
故に
(まさか悟られた? くっ! 勘の良い男だ……!)
見当違いの結論に行きついた英雄は灯を着けることすら忘れ、夜の町へと走り出す。だから気付かなかった。
自分が今走っている道に穴が開いており……さらにはその近くで火事が起こった事に――。
「うわぁああああ!?」
悲鳴に近い声を上げながら英雄は穴へと落下したと同時に、両足に強烈な痛みが走る。苦悶の声を漏らす英雄の目に、赤い火柱が見えた。
「なっ!? か、火事!! だ、誰か! ここ! ここにいるんだ! 助けてくれ!!」
出来うるかぎりの大声を発するが、その声は誰にも届かず。来るのは熱波だけ。
「わ、私は死ぬのか? こんな! 惨めに!?」
(嫌だ! 何も為さずに……正義を為すことなく死ぬなんて! 絶対に嫌だ!)
死を悟りながら、それでも生きようともがく英雄の前に――それは現れた。
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