ショートショート

古海うろこ

砂にかえっても

 海に行こうと倉橋が言ったので、翌日俺は体調不良で仕事を休みレンタカーを借りた。

「本当に行くとは思わなかった」

 助手席に収まった倉橋は俺を見て言った。膝の上で神経質に組まれた手の、右親指の付け根にほくろが二つ並んでいる。惑星のようなそれが好きだ。

「言い出したのはお前だよ」

 倉橋は海を避けていた。二年前に水難事故で記憶をなくして、俺のことを忘れてしまってから、一度も海へ行っていない。

「ケーキ屋に寄ってほしい。あと花屋にも」

 高速に乗る前、倉橋が突然そんな事を言う。

「記憶が戻ったら砂浜でケーキを食べて、花束を投げて祝いたい」

 戻らなかったら、とは聞かなかった。ただ、今日は風が強いから、きっと倉橋は砂まみれのクリームを食べて文句を言うだろうと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショートショート 古海うろこ @urumiuroko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る