異世界の守護者
フィオー
第1話
川幅いっぱいに流れる水を横目で見ながら、山道を歩いて行く。
小川に沿って森がひらけていて、この世界の太陽の光が、僕ら3人に降り注いでいた。
山道は、昨日に降った雨のせいでぬかるんで、キラキラ輝いていた。
……カロルさんが言うには上流に住処があるかもって話だけど、ホントかな……。
靴はもう濡れてびちょびちょだ。
せっかく父から送られた白いローブも、下の方は泥だらけで汚くなっている。
……魔力は、もしものためだから、使ってはいけないときている。
……新人訓練って、なんかもっと違うのを想像してた……ゲートをくぐって異世界に来て以来、ずっと歩いてる……。
「よっこいせっ」
杖を支えに、急になっている斜面を登っていく。
せっかく魔力増幅の紋を刻んでもらった杖だけど、先端部分を補強して、支えとしての機能を固めた方が良かったかもしれない。
ああ、疲れた……。
「そんなんで、異世界人に対処できんのか、新人。やはり、山道を行くのをやめるべきだ。てめぇらにゃ早い」
先頭を行くアドレー隊長が、ポンッと肩を叩いてきた。
そしてまたスタスタと歩き出す。
兵士としては引退してる年というのに、隊長はすごいなぁ。
筋骨隆々な身体に、太くたくましい二の腕を半袖にした臙脂色のローブから出したアドレー隊長の姿は、とても魔術師とは思えない見た目だ。
僕と真逆の体つき。異世界で、15年間も異世界人と戦っていると、こうなるのかな。
それとも隊長が、単独を好む一匹狼だからかな。
髪型は、隊長と同じにした。刈りあげて短くした。
僕の、幼顔も訓練が終わるころには、ちょっとは凛々しくなってるさ。
「いえ、ダイジョブっす、隊長」
「……よくお前みたいなひょろひょろが派遣されてきたもんだ、人材不足なのか?」
振り向き尋ねる隊長に、
「いえ、どうなんですかね、よくわかんないっす」
僕が首をひねってると、
「この異世界の保護よりもガンキの方が大事なんですよ、あの青髭王は。人口の8割移住しましたし、こんな名前もついてない異世界なんて気にしてないんですよ」
左側を歩いていた、カロルさんが僕の代わりに言った。
愚痴っぽく言ったその顔に少し見とれてしまう。
カロルさんは、僕と同じく新人の魔術師で、同じ訓練パーティになった女の子だ。
聞いてみると、17歳で同い年。
黒いローブのフードをずっと被っていて、そこから覗く顔は、青い瞳、白い肌、すっと伸びる鼻筋、つまり、とてもかわいい。
……そして、実力も天と地ほど離れている。
知能が高く、察知能力に優れ、魔法の術も大人顔負けの実力。
なんでも、超名門のオビッレーク学園で主席だったらしい。
体力もあるらしい、僕と同じ距離を歩いているはずなのにピンピンしている。
仲良くなれたら良い……なぁ……。
詩が好きだって言ってたから、気が合うと思うな、僕も大好きだし、いつも詩会やってるし。
訓練は今日で5日目。残り54日間、ずっと3人パーティで行動するわけだし……。
「まぁな、そんなとこだろうな。嫌でしょうがなかったろう新人共。だから、そんなやる気にならなくても良いんだぞ」
アドレー隊長が、へへへと笑う。
「いえ、この世界を守る役目には生きがいしかありません」
カロルさんの言葉に、アドレー隊長は笑った顔のまま驚いた顔になった。
どうやら隊長は異世界に来る人は皆嫌々で来てると思い込んでるらしい。
出会った時から僕らに対して、ちゃんと訓練する気がないように見える。
ここはちゃんと言っとかないと。
「そ、そうです、僕は前から来てみたかったんです、この異世界には自分から志願しました」
「でもなぁ、ただ歩いているだけで疲れているんじゃ、やってかれねぇぞ。……やはり山道なんてまだ早い。特にてめぇはこれからもっとひどい目にあうぞ。そんなに守る価値なんて、あんのかね……」
「あります」
僕は力強く言った。
価値はある。
道に垂れている木の枝に鬱蒼と生えている手の平大の葉っぱを掴んだ。
子どもの頃に、来た時と同じく綺麗だ。
この様々な樹木の生える、豊かな森を見れば、そう思える。
それが異世界人によって、汚されようとしているというのに、アドレー隊長はなんでそんなこと言うんだろう……。
「熱意は一丁前にあんだよな、てめぇは」
ため息まじりにアドレー隊長が言った。
カロルさんが、僕を見つめている。
おっ、なんか、その視線が熱いぞ。
感触良かったのかな、今の僕。カッコよくみられたかな、へへへ。
ゲートが8番目に結んだ異世界、ガンキに皆は夢中で、この9番目の異世界には一度開拓団を送って以来、志願した者しか来ていない。
でも、この異世界でしか栽培できない品種、たとえば苦い黒い飲み物の、スンーは、愛好者が増えつつあり、少しブームになっているし。
特にこの世界にいる、4つ足のモォウーと鳴くモンスター、カンナセの肉も、大変人気だ。
今日の朝も食べた、拳4つ分ぐらいのデカさの赤い木の実は、すごく美味しかった。
まだまだ、この異世界にも発見するべきところはある。
この世界を守るために、管理、監視が必要だ。
守護役の僕らがいなければ、たちまち野蛮で、文明の遅れている異世界人に荒らされてしまう。
そんな異世界人たちの略奪から守るのが、僕らの仕事だ。
疲れた、とか弱音を吐いててどうする。しっかりしろ。使命は重いぞ。
「よし、止まれ」
山道が二手に分かれていて、アドレー隊長が立ち止まる。
「俺も新人を訓練するなんて、初めてだからよ。いつも単独だったから……まぁ、何だ、わからねぇとこがあんなら聞け、俺の命令には従え、返事はちゃんとしろ、これだけ守れ、良いな……」
「了解です、隊長」
「じゃ、右に行けば台地に出る。この上は原っぱが広がってるだけだから、左に行くぞ、川沿いを行く」
「了解です、隊長」
「……」
あれ? カロルさん?
カロルさんは返事をしないで、僕の、方を見つめていた。
不審に思って、道を曲がるアドレー隊長が、カロルさんに振り向く。
「……何か、います」
アドレー隊長に、呟くように言った。
「なにか、また見つけたのか?」
カロルさんの、天才的な察知能力には初日からアドレー隊長も一目を置いていた。
「あっちです」
と僕の方を注視しだす。
僕らの行こうとしたのと違う道の方だ。
「間違いないのか……」
「はい」
「……」
アドレー隊長が悩みだす。
「……ゆっくり行くぞ、てめぇらは後ろだ」
アドル隊長が戻ってきて、右の道を進み出た。
僕とカロルさんが隊長の後ろに回る。
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