第17話 シャル、皇子を見舞う

「・・・で、結局のところ、事件については、未だ調査中。このままだと、迷宮入りする可能性もある。俺たちがブーマ国内の権力争いに巻き込まれたのか、はたまた、皇国の跡継ぎ問題で、ブーマ国がとばっちりを受けたのか。どちらなのかは、不明ってことだ」


 惨劇から3日後。

 アルフォンソは、エクセルの報告を受けていた。

 ベッドの上でクッションを背に、けだるげに身を起こした状態で。

 ここ数日、『力』を少々使い過ぎたようだ。丸々3日もベッドから動けなかったとは。


「あのジャンヌってご令嬢は、現国王の従妹、エレノア・ビーシャス公爵令嬢~ほら、あの派手な感じのすごい美女、お前がシャル嬢の次に踊った相手だ~その公爵令嬢の付き人として参加してたそうだ。あの箱については、彼女、エレノア嬢からお前へのプレゼントとして預かったと主張しているんだが。どうも、ところどころ記憶が曖昧らしい。エレノア嬢は、身に覚えがないと言ってるし、他の令嬢たちも見た覚えがないと証言した。何らかの術で記憶が改ざんされている可能性もある。結局、父親のモール補佐官は役目を解かれ、当のご令嬢は教会預かりになった」   


「私へのプレゼントか。変だな。あのご令嬢とは話したこともないし、そんなもの、見てもいないが」


 と、アルフォンソ。


「ただ単に、お前の所へたどり着く前に、術が発動したってことかもしれないがな」


 エクセルが首をかしげて言った。


「いくら魔道具を使ったとはいえ、共鳴術であれだけの仕掛けを作るには、かなりの術力が必要だ。事前にシャンデリアの素材や形状などを調べておく必要もある。お前が遅れたせいで、多少開会がずれ込んだとしても、スケジュールが大幅に変更されたわけでもない。それだけの準備をしておきながら、そんな失敗するか?」


「そうだな。狙いが本当に私だったのなら。杜撰ずさんすぎる」


「あの時、お前の居所は、言わせてもらうが、一目瞭然だったぞ。目立ちまくってた。シャル嬢との楽しいおやつタイム」


「馬車で菓子の話題になった。彼女は甘いものに目がないんだ」


 アルフォンソが視線を泳がせて言った。その頬は微かに赤くなっている。


「へぇ。エスコートをもぎ取ったかいがあったな。ちゃんと、若い女性と二人きりで会話できたんだ。共通の話題が見つかって僥倖だったな」


 エクセルが従弟の顔をじっと見つめた。からかうような笑みを浮かべて。

 アルフォンソは、咳払いして、話題を変えた。


「もし、義母上の手の者が関与していたとすれば、もっと確実な方法を取ったはず。今までの経験上、弁えているだろう。あの程度じゃ、私を害することは難しいと」


 そうだな、とエクセルも同意する。


 王妃は、昔から、アルフォンソの存在が気に食わない。いや、憎んでいるのだろう。そのせいで、幼いころから、幾度、命を狙われてきたことか。


「義母上も、ご苦労なことだ。手を変え、品を変え。私は、王位など、まったく興味がないと言うのに」


 エクセルには、アルフォンソの殊更淡々とした言い方が、悲しく思える。

 皇帝にしろ、王妃にしろ、なぜ、アルフォンソの意志を認めようとしないのだろう?

 確かにアルフォンソは優秀だ。剣の腕前、その幅広い学識、果ては料理の腕前まで、凡人の領域をはるかに超えている。それらは、すべて、幾度もの生を経て、ただ一つの目的のために、身につけられたもの。決して、この世の権力を手にするためではない。


 そもそも、『黒き救い手』は、この世に長く留まることはないというのに。

 いや、もしかすると、今生では、運命は変えられるかもしれないが・・・


「この国の権力争いとは?大きな対立が存在するのか?」


 アルフォンソに問われて、エクセルは物思いを振り払った。


「ビーシャス公一派と現国王一派が不仲らしい。その線かとも思ったんだが」


「わざわざ自分の娘も参加している舞踏会で事を起こすだろうか?」


「そうだよなあ。噂じゃ、ビーシャス公はあの末娘を、今回の宴を機に、皇国第二皇子おまえの花嫁候補として売り込むつもりだったらしいし。現国王の失脚を狙うにしても、他の機会にするよな?やっぱり、お前関連?」


 アルフォンソもその件に関しては同意見だ。だが、どちらにしても・・・


「被害が少なすぎる」


「少なすぎる?5人が死にかけたんだぜ。あのジャンヌって令嬢は、お前がいなけりゃ、確実に亡くなってた」


「ジャンヌ嬢に関しては、口封じってこともあり得る。彼女を除けば、重傷者は、護衛騎士と楽師だけ。主要な貴族も大臣も誰一人大したケガはしていない」


「教会の治療師ヒーラーが2人も、運よくあの場にいたおかげだろ?」


「そうかもしれないが。気になるな。主犯の狙いがいったい何だったのか」


「で、どうする?」


「何をだ?」


「ベルウエザー嬢のこと。お前の好意は、誰が見てもバレバレだったと思うが?」


「彼女の警護は続行中だろ?」


「もちろん、目立たないように配置してる。って言っても、あの両親じゃ、そんな必要なさそうだけどな」


 エクセルがクスっと笑った。


「今週末には、ベルウエザー一家は領地にいったん戻る予定らしいぞ。どうするんだ、お前は?」


 アルフォンソが黙り込む。しばし躊躇った後に覚悟を決めたのか。顔を上げ、エクセルの目をまっすぐに見つめた。

 何か言おうとしたちょうどその時、扉が、勢いよくノックされた。


「誰だ?」


「ご休息中、失礼します。見舞客が来られていますが」


 エクセルの誰何に応えたのは、シュール・ファレルの声だった。


 彼女は、黒騎士団の女性騎士の一人で、気心の知れた団員でもある。


 皇国第二騎士団、通称『黒騎士団』は徹底した実力主義を明言しており、その中には、当然、女性騎士も数名存在する。出自もそれぞれで、得意技も違うが、みな、騎士として恥じない腕を持っている。


 ファレルは、剣の腕前だけでなく、もともと商家の娘だけあって、帳簿管理や文書作成能力にも秀でている。実は文書仕事が苦手なアルフォンソとエクセルにとって、なくてはならない団員の一人だ。


「見舞客?」


 絶対に秘密にしてほしいと言っておいたのに。一体、どこから、滞在場所が漏れたのやら。まさか、司祭長達からじゃないだろうな。この3日間、何度も追い返された腹いせとか?

 エクセルは顔をしかめた。


「今打ち合わせ中だ。それに、団長はまだ体調がすぐれない。悪いが、お引き取り願ってくれ」


「いいんですか?ベルウエザー嬢ですよ」


 ファレルの、明らかに面白がっている、悪戯っぽい口調。


「すぐ伺う。客室にお通ししてくれ」


 アルフォンソは一声叫ぶと、ベッドから飛び起きた。


*  *  *  *  *


 取次ぎを頼んでおきながら、シャルは、やはりお見舞いに直接伺うのは時期尚早、迷惑だったかも、と思い悩んでいた。

 舞踏会で一度エスコートしてもらった程度で、高貴なる御方の病床へ押しかけるなんて。ずうずうしい女だと思われるのでは?


 エルサに「こういう時こそ全力で押しかけるべきです」と説得されて勇気を振り絞ってはみたのだけれど。


 魔物をやっつけた後と、舞踏会でガラス片が降ってきた時。二度も危ういところを助けていただいたのに、まだ十分にお礼もしていない。よく考えてみれば、感謝の言葉もきちんと伝えていないもの。

 それに、エルサが、見舞いの品として、ベルウエザー特産の魔鳥卵をたっぷり使ったケーキを特別に焼いてくれたし。


 それにしても、極上の美形は、血を流していても美形だった。


 抱きしめられたのは、二度め。その時の感触を今更ながら思い出し、シャルは頬が熱くなるのを感じた。

 筋肉質には全く見えないのに。衣服の上から感じられたのは、予想外に固く引き締まった胸板だった。心配そうに覗き込んできた、あの少し潤んだような黒い瞳。安心するように、微笑みかけてくれた麗しいかんばせ


 一人で思い出して赤くなっていると、案内を買って出てくれた女騎士が、皇子の部屋の前で、来客を告げた。


「今打ち合わせ中だ。それに、団長はまだ体調がすぐれない。悪いが、お引き取り願ってくれ」


 聞き覚えがある男性の声が、すぐに返ってきた。

 確か、エクセルと名乗った副団長の声だ。

 よかった。少なくとも、打ち合わせができるほどには回復されたわけだ。

 直接お会いできないのは、少し、いや、かなり残念だけど。せめて持参した見舞いの品だけでも渡してもらえたら・・・。


「いいんですか。ベルウエザー嬢ですよ」


 女騎士がそう告げた。そのとたん、部屋の中からドタバタと何かが落ちる音がした。


「すぐ伺う。客室にお通ししてくれ」


 アルフォンソの、なぜか、慌てた声がした

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