第5話
外に出たたはいいものの、私は結局、24時間営業のファミレスにいた。カラオケは22時までしかいれないし、どこかビジネスホテルに泊まるようなお金も無いし、夜の街で1人でプラプラ歩くほどの勇気もない。行くところはどこにもなかった。298円のポテトをつつきながら、ドリンクバーのりんごジュースをちびちびと飲む。わたしはもう子供じゃない、なんて思っていたけど。結局子供だ。一人じゃどこにも行けない。家ですらちゃんとできない。
時刻は深夜0時を回っていたけどファミレスにはポツポツ人がいた。パソコンとにらめっこするサラリーマン、パフェをつつくカップル、欠伸を噛み殺す定員さん。夜はいつもひとりぼっちな気がしていたけれど、意外と、そんなことないのかもしれない。
結局、少しして店内を出た。トボトボと家への帰り道を歩く。足が重たい。一歩一歩が辛い。生ぬるい風が髪を揺らして、不意に涙がこぼれた。ゆっくり頬を湿らせていく涙を拭うことも出来ず、ただただゆっくりと歩く。自分の中の色んな感情がせめぎ合って、もうよくわかんなくなっていた。よくわかんないけど、とても悔しくてむかついて、でも、とても悲しい。
気付けば、スマホを開いていた。
ボタンを押して、耳に当てる。プルルル、プルルル。
「はい、こちらヒツジ電話番です。」
聞こえてきたのは、ら夢の声じゃなかった。
明らかに男の人と分かる低い声で、勝手にら夢が出ると思い込んでいた私はまた咄嗟に言葉が出なかった。驚きと同時に涙も引っ込んでしまった。
「こちらの電話番号は、あなたが何でも話したい事を話せる場所です。もちろん口外はしませんし、お名前も匿名で結構です。」
この前とは打って変わった丁寧なアナウンス。マニュアルを読んでいるようにスラスラと言葉を紡ぐ。あまりにこの前とは違いすぎて、え、この前のは何?乗っ取り?
「もしもし。お電話聞こえてますか?」
「あ、はい、えーっと。」
丁寧に語りかけてくれるヒツジ(新)に何とか声を絞り出す。色々聞きたい事があるけれど、上手く言葉がまとまらない。
「・・・えっと、ら夢、は?」
「あ、ええと、もしかしてら夢のお知り合い、ですかね?」
かろうじて絞り出せた声に、ヒツジは怪訝そうな声を出す。そりゃそうだ。
「いや、知り合いというか、この前1回、電話して。」
「この番号?」
「この番号。」
「名前は、なんで知ってるんですか?」
「えっと、聞いたら、教えてくれた。」
私の拙い言葉を整理してくれているのか少しだけ沈黙が流れて、次に聞こえてきたのは大きなため息だった。
「アイツ、情報管理ガバガバかよ・・・ったく。」
先ほどまでの丁寧な言葉遣いはどこへやら。
あー、とヒツジはもう一度ため息をつく。
「まじさあ、普通こっちの名前とか教えなくね?」
「それは、思いました。」
「だよな?馬鹿なんかなあいつ、いや馬鹿なんだよ。」
馬鹿、そういう彼の声に不思議と嫌な感じはしなかった。親が子供を叱るような感じとよく似ていた。
「わりいな、今日はアイツじゃなくて俺が電話番なんだわ。」
そうか、電話番が複数人いるという考えが自分の中にはなかった。急速に気持ちが沈んでいく。そうですか、と電話を切ろうとしたけど、その前にヒツジが口を開いた。
「あんた、嫌いな食べ物ある?」
「・・・え。」
「ないの?」
「いや。」
咄嗟にこらえられず、少し歩きながら考える。
この前は好きな食べ物で今日は嫌いなたべものか。うーん。
「・・・しいたけ。」
「うわ、分かる」
「分かるんだ。」
「味しねえよな。しねえくせに存在感だけある。」
表情も想像出来てしまうような苦々しい声を出すから、思わず笑ってしまう。
「あとは銀杏も嫌いだ。」
「銀杏?そんなん食べる機会ある?」
「ありますよ。茶碗蒸し」
「それだけじゃね?」
そう言ってヒツジはケラケラと笑う。
「俺さあ、玉ねぎもダメなんだよね。」
「カレーに入ってるのも?」
「あー、火が通ってればまあ。でもさあ、ポテトサラダに入ってるたまねぎは許せないんだよね。意味わかんなくね?」
あ、と思った。この前のら夢の話を思い出す。よく食生活を注意する友達。ポテトサラダに入ってる玉ねぎによくキレる友達。もしかして、とひとりで笑ってしまった。
電話をしながら歩いていれば、自宅までの道のりはすぐだった。まだ家に帰りたくなくて、少し遠回りをする。不意に欠伸が零れる。
「眠いか?」
「うーん、眠いけど、多分寝れない。」
「そっか。・・・今外にいんの?」
「・・・なんで?」
「風の音、やけに聞こえるから。」
うん、ともいいえとも言わなかった。ヒツジも、それ以上聞いてこなかった。
少し沈黙が落ちて、私の足も止まる。なんとなく地面にしゃがみこんでしまって、気づけばまたポロポロと言葉がこぼれる。
「自惚れんなよ、って感じだな。」
私の話を聞いて、ヒツジが私が思った事と全く同じ事を言う。それだけで、何故かまた泣きそうになってしまった。
「家族でいたいよねってさ、何それ。私たちのどこが家族だったの?会話すらないのに。なんだよそれ、どっちについて行きたいって、選ばせんな、決めさせんな、こっちのせいにすんな、子ども扱いすんな。・・・自惚れんな。」
私の言葉を、ヒツジは小さな相槌で受け止めてくれる。
「・・・ていうか朝霞高校生なんだな」
「え、そうだけど。」
「もっと上かと思った。しっかりしてるな。」
今回も咄嗟に名前が思いつかず、ヒツジにも結局本名を言ってしまった。ら夢と同じように「いい名前だな。」と笑ってくれたヒツジは、なんだかお兄ちゃんのような安心感があった。
「大丈夫だよ。お父さんについてってもお母さんについてってもお前の人生対して変わんねえよ。」
「・・・うん。」
「ていうかそんなんで人生左右されてたまるかって感じじゃね?たまるかって感じだし、実際左右もされない。」
いいか、朝霞。
「誰かのせいにしちゃだめだってよく教わるけどさ、そんな事もねえんだよ。うまーく人のせいにして生きてこうぜ。」
ひんやりと固まってしまっていた私の心に、その言葉はすーっと入り込んできた。
「辛いこと、悲しいことを、自分のせいって思うなよ。そんなことは一個もないから、俺が保証する。俺らが何度だってお前のせいじゃないって、そう言うよ。」
気付いたら私は自分の家に戻ってきていて、部屋のベットに潜り込んでいた。電話はまだ繋がっていて、そのまま、目を閉じた。
「では、おやすみなさい。」
ヒツジの声を聴いてすぐ、夢の中にスルリと潜り込んでしまった。
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