#15 「魔法少女は止まれない」
「──以上で退治完了、ですっ! それじゃあ、楽しんでっ!」
たった今給仕をした相手だけでなく、周囲の客にも笑顔を振りまきながら、杏はその場を後にする。
休日だからか客の入りは上々、”魔法少女”の数も十分、給仕を待っている客もぐるりと見渡した範囲には見つからない。
──今がアピールするチャンスかも。
効率的”魔法少女”アピールにはバッチリ。
ステージの方では歌っている”魔法少女”はいるものの、もうじき終わる辺りだろう。
そもそも、客があまりそちらを向いていない以上、自分から降りそうな雰囲気だ。
紗を呼び止め、マキのところへステージの利用申告をしようと。
杏が、一度裏に引っ込もうとした時だった。
「──なっ」
突如として、店中の照明が消えた。
停電──だとは思えない。恐らくは、誰かのアピールだ。
それでも……ここまでのことを演る以上は、生半可なものじゃない。
少なくとも、そこまでの根性がある”魔法少女”は──と。
元々給仕──浄化のためにヴィエルジュの照明は絞られている。
だからこそ、再び照明が点灯しても、ステージを照らすものにはちっとも敵わなかった。
そして、案の定というべきか。そこには杏が思い描いていた通りの”
「──なぜ、いつもボクの前に立ちはだかるのですか……。ヴィエルジュノワール──ッ!」
ヴィエルジュブランとノワール。
ただ一点、杏の予想から外れる形で、二人は歌うために隣り合う形ではなく──。
「”魔法少女”として──私の、矜持のためです」
互いに、対峙していた。
◇ ◇ ◇
「これを──同じ”魔法少女”に向けたくはありません。考え直して頂けませんか?」
一回転、杖を握り直すと、ブラン──遥はそれを衿華に向けた。
『──寸劇を、しましょう』
数日前、衿華から提示された打開策。
それは歌とは大きくかけ離れた方向性ではあるけれど、だからこそ──。
『差別化、できるというわけですか』
「──そうは行きません。私自身もまた、己のために生きる”魔法少女”、ですので」
目元を隠す仮面を抑え、衿華は首を振る。
しっかりと悦に入った”闇堕ち”だった。
いくら差別化ができるとはいえども、ただ寸劇をするだけでは効果は薄い。
だからこそ、”ヴィエルジュノワール”を最大限アピールする手段。
ここにあるのは、そのために用意されたもの。
「……なら、戦うしかないようですね」
──ノワール。彼女のテーマカラーである黒。
決まっているのは衣装とテーマカラーと名前だけ。
裏を返せばそれ以外の設定なんて無いからこそ、いくらでもやりようはある。
『……ノワールが”光落ち”してヴィエルジュブランたちと共闘するようになるまでのお話──という体裁を保つのはどうでしょう?』
自分で決めた”魔法少女”としての自分の設定。
衿華が打ち出した筋書きはそういうものだった。
元は敵、それでも改心して今は仲間。
いわゆる光落ちした追加戦士枠というのは魔法少女モノにおいて、往々にしてある。
そして、そういった枠で登場した”魔法少女”は目立つ──遅れてやってきたヒーローの特権のようなものだ。
ならばそれを精一杯有効活用してしまおう、というわけである。
「──ええ。と、いうよりも」
衿華が装着した仮面から光が迸る。
百均の三百円商品、お値段通りの眩しい発光。
「端から──私はその気でしたがッ!」
普段は落ち着いた物腰で、優雅に”魔法少女”している衿華が、激情迸るままに叫び声を上げる。
光るギャップと共に、閃く杖先。
激しく点滅する遥側のバックライト、紅い光がその姿を塗り潰す──。
「……なるほど。でしたら──こちらも、加減はしませんよ?」
純白。
けれど、それを塗り替え、遥は光の中で立ち上がる。
杖を向けた先はただ一点、衿華──”ノワール”。
「──輝く月よ、小夜に光の雨を」
詠唱と共に広がるライト。
ステージ全体が白い光に染まろうとしたその時だった。
「……甘いですね」
底冷えするような衿華の声が響き渡った。
「黒夜よ、光を覆い、闇と為せ」
プツン、プツン、と。
衿華を中心にして、ステージ上のライトが消えていく──遥に向かって。
「──”ノワール・ノクターン”」
再びステージ中が真っ暗に塗りつぶされ、次にバックライトが灯った時、そこにいたのは膝を折った遥──ヴィエルジュブランだった。
「……それほどの力がありながら、なぜ、ボクたち”魔法少女”の邪魔をするのですか!?」
なぜ、”魔法少女”が”魔法少女”と戦う必要があるのだ、と。
ブランは訴えかける。
だけれど、それを一蹴するようにノワールは杖を振りかざすと、その先に再び光を灯した。
「──それが知りたいのなら、まずは耐えて見せることですね」
──”ノワール・ノクターン”
二度目の必殺技がブランに襲いかかり──プツン、と。
初めと同じく今度は店中、全ての照明が消えた。
そして、次の瞬間にスピーカーから聞こえてきたのは──。
『魔法少女に立ち向かう”魔法少女”──ヴィエルジュノワール。彼女が犯した過ちとは? そして、今に繋がる凄絶な過去とは』
”魔法少女”アニメのOPのインスト、そして、それに本来乗るはずだったであろうボーカルを無視して流れた、ローテーションながらも大爆音のナレーションだった。
「……へ?」
それを最前列で呆気に取られたまま見つめる”魔法少女”が一人。
杏だった。
ただでさえ、急に始まった劇に困惑しつつ、それでもいつのまにやら、あの二人やるじゃん、とばかりに見入っていて──その結果は宙ぶらりん。
『次回は明後日、今日と同じ時間帯です。お楽しみに』
衿華のものらしきどこか無感情なボイスとともに途切れた”次回予告”を前にして。
共犯者の遥含めて二人に抗議してやるのだ──と、杏は静かに決意を固めた。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「あ、その──お疲れ、様」
「……杏先輩。どうでした? 僕らの寸劇は」
バイト後、ロッカールーム。歯切れの悪い挨拶をする。
どこかほとぼりが冷めないまま、ジャージに着替え終わっても、ベンチでつま先を遊ばせていた杏の待ち人、遥は普段と同じくさらっと部屋に入ってきた。
「……良かったよ。多分、壮絶な過去があった──と思われるノワール迫真の叫びも、膝をついてもなお、”魔法少女”として和解するための方法を模索するブランの高潔さも、それに聞く耳を保たないノワールの激情も──正直、良かった、ケド……っ」
良かった、と。
それだけで表すには微妙にもどかしかったのも事実。
「……すっごい宙ぶらりんにされたって感じ。というか──」
それを振り払うように、余計に足をばたつかせながらも杏は、
「そもそも、なんで寸劇をしようと思ったの? 歌とか、全部置き去りにしちゃって」
元凶である目の前の後輩──遥に、それを聞いてみることにした。
「それは──もちろん、杏先輩に対抗するために差別化したかった、というのはありますけど……」
寸劇ならいくら差別化できるといえども、リスキーなことには違いない。
オリジナリティー云々はともかくとして、歌なら無難に外れはしない。裏を返せば、マイナスイメージを植え付けることもないのだ。
なのに、選ばれたのは寸劇。何がそこまで彼らを駆り立てたのか──。
杏の質問に苦笑して見せて。遥はぽつりと溢した。
「いまだけ、あるもの。終わってしまったと尾を引く寂しさと、次への期待。そういうのが欲しかったんですって」
◆ ◆ ◆
『……どうして、寸劇なんですか?』
打開策がある、と衿華に持ちかけられた数日前の夜。
それは、遥が真っ先に持った疑問だった。
『……私、思い出したのです』
薄く微笑んで、衿華は口にした。
『毎週、キラピュアを追っていた時──私が録画を見ることができたのは、決まって夜でした』
恐らくは遠い昔なのだろう。
なぞるような口ぶりは、時折途絶えながらもそれでも、言葉を紡いでいく。
『親は厳しかったので、決まって寝静まった時間帯に一人、こっそりベッドを抜け出して、次の日に眠くなるのなんてお構いなし。そのたった三十分が生きがい、と言っても過言では無かったかもしれません』
思い出を話しているからか、顔にこそ笑顔を湛えていて。
その反面口調はどこか寂しげだった。
それは追想、過ぎ去った思い出の残滓。
彼女が最初に前置きしていた通り、きっと、思い出したのだろう。
『それで──いつも焦れるのです。次の週が待ち遠しくって。でも、終わりが近づいてくると寂しくて……最終回を迎えた日──今でも、覚えています』
伏せられた瞳はその表情を歪めて、衿華の感情を屈折させる。
そこに湛えられていたものがどんな意味を持っているのか──曖昧にしか、捉えられなくしてしまう。
『強い喪失感だった。満足感よりもずっと、ずっと、胸にぽっかりと穴が空いたみたいに──奇妙な空白が、残りました』
何事かが終わった時、残る感情。
後悔しているとも言えず、かといって満足もしていない奇妙な喪失感。
アニメ一本、終わった時に感じるものだったのは確かだけれど。
それよりも、彼女の表情は──。
『──っ』
それだけじゃない──重ねられた何かに思いを馳せているような、微笑みと呼ぶにはずっと悲しげで、歪められたものだった。
……確か、”DASH!”が放送を終えたのは、三年前。
衿華は中学三年生。キラピュアを視聴するには遅い年齢で、かつ、一つ区切りがついた年。
一体、その時に何が──。
『尾を引く喪失感を──そこまで強く、刹那が心を掴むのなら、やってみる価値はあると思うのです』
しかし、遥の胸中で湧き上がった問いを遮り、衿華は”打開策”を並べ立てた。
最後にノワールが仲間になるというゴールは設置しつつ、分割して寸劇をこなすこと。
焦らしに焦らし、最後に決した時のインパクトで客の心を掴むこと。
半ば博打にも近い、一発逆転を狙う手段。
リスクを顧みずに立ち向かおうとする姿勢。
もちろん、遥とて指摘はした。
奇をてらいすぎている、だとか。逆にヘイトを買うリスクもある、だとか。
だけれど、衿華は首を振ってみせたのだ。
むしろ、その方が良いとでも言うように。
あくまでも主役は衿華だ。
ともすれば、彼女がしたいように──これ以上は、遥が否定し続けられる領分でもないように思われた。
最早、当たって砕けろだ。
先のことはやってみるまでわからない、衿華の提案に遥は頷いた──。
◆ ◆ ◆
「……なにそれ」
慎重な二人のことだから、何かしら計算づくで寸劇をすることに行き着いたのかと思いきや、その理由は曖昧で、それどころか、勝算もやってみるまではわからないときた。
行き当たりばったり的な立案に、杏は呆れをはらんだ声を漏らした。
けれど、口先ではそう言いつつも、沸々と別のものがこみ上げてくるのを杏は感じていた。
ただ呆れるだけ? とんでもない。
もどかしいし、今日の分が終わってしまったこと、それが──。
「──惜しい、かな」
キラリと一ピース。彼女たちが残していった破片が強く存在を主張する。
「……惜しいものですか。まだまだ続きますので、着いてきて頂かないと困ります」
部屋に入ってきたのは主犯格──衿華だった。
ちょうど、杏の呟きを聞いていたのだろう。
口元が緩んでいる。
「良い宣戦布告だね。……それでこそ、先輩も燃えてきちゃうって感じだなぁ」
遥よりも手慣れた宣戦布告に苦笑しつつ、皮肉っぽく返してみる。
「……それじゃあ、あたしはこの辺で。まだ残ってる仕事もあるし」
頑張ってね、とは言えない。
もう賽は投げられた。どんな言葉をかけようと、このまま彼女たちは突っ走っていってしまうのだろう。
──これが巣立ちって感覚、なのかな。
思い立ってすぐに柄じゃないと首を振る。
まだ一人、残っているのだ。
掃除用具を片手にホールへ出た時、彼女はむくれた様子で足を組み、スマホの画面を叩いていた。
「……ごめんね、紗ちゃん。待たせちゃった?」
「……いえ、別に。わたくしの仕事も溜まっておりましたので。それから、シアンです。そうお呼びください」
一瞥くれたのを最後に、紗は無言で立ち上がった。
さして、杏に対する興味なんてないかのように、突き放すようなことを口にして。
スマホから視線を剥がすことすらなく、カツカツと細かく足音を刻む。
あっという間にロッカールームへと消えていった紗の背中を、杏は呆けたように眺めることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
「──明後日の分、次の展開は決まっているんですか?」
バイト後のミーティングも最早手慣れたもので。
遥と衿華、二人して手早く資料を広げると、着々と話し合いに入っていく。
今日の反省、次回の打ち合わせ、最後に向けた大まかな確認、経費で落とせそうなものエトセトラ……。
「……あの仮面、気に入ったんですか?」
「ええ。似たようなものを増やしていければ、と」
「……どうでしょう。顔の次は──腕、とか……?」
白熱した話し合いの中、ようやく一段落。
マキが持ってきてくれたコーヒーを啜りながら、世間話をしていた時だった。
「……それにしても、衿華さんの演技──凄かったです。正直、本当に怖いぐらいでした」
「……そうですか、それなら安心です」
心底安心したというように、消灯後、表情を強張らせていた分まで、衿華は綻んだ笑顔を見せる。
「なんだか、衿華さん。もう少しおかたいイメージがあったので──その、結構、意外だったというか──」
壇上もしくはホワイトボード前。
その堂々たる佇まいが転用されたのは”魔法少女”としての寸劇。
生徒会長としての彼女を知っているからこその演技力に対する納得感と、それに相反するギャップが遥の胸中で燻る。
なんというか──やはり、おかたい印象というのは何度も生徒会室で顔を突き合わせていればこそ、ヴィエルジュでほぐされてはいれど、まだ多少なりとも残っているのだ。
「……そう、ですね。確かに、あまりやらないことかもしれません。それでも──」
顎に手を当て、多少考え込むような仕草を見せつつ。
数日前、寸劇をすることを決めた時──彼女が浮かべていた寂しげな表情。
それを残しながらも、衿華はすぐに微笑んでみせた。
「いまだけ許されていること、でしたから」
◆ ◆ ◆
変化は止めどない。
伸びる背丈に比例して、できることは増えていく。
そして、周囲は自分がそれを受け入れるのを待たずして、すぐさま押し付けてくる。
息が詰まるような中で──ふと、立ち止まって息を吸ってみた。
変化は、あっという間だから。
流れに身を委ねて一話一話を送っていたらすぐに一年が終わってしまうから。
そこに置いてきてしまったものがあっても、気づくことすらできないから。
『後悔、しませんか?』
──わからない。
変化の流れに逆らい、一度持っているものを投げ出して立ち止まること──それが正しいか、なんて。常識的に考えるのならば、いけないことに決まっていた。
それでも、立ち止まってようやく視界がはっきりと。
留まったからこそ、周囲が捉えられるようになった。
いつまでか。
踏ん切りが付くまで、なんて。曖昧に期限を定めて。
ともすれば、永遠にも思えるけれど。
違いない。
いつか──必ず、終わりは来る。
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