#14 「魔法少女は惜しむまま」
『それじゃあ、来週もまた見てね!』
毎週聞いてきた文句と共に、プツン、と録画が途切れる。
あっという間に終わった一週間の中で、たったの三十分。
ごく僅かな時間を経て、また世界が灰色に戻る。
”魔法少女”は、週に一度。ほんの刹那だけしか色づけてくれない。
時計を見やればもう零時を回っている。
明日からまた学校があるというのに、これでは寝不足だ。
それでも、家族が寝ている今しか許されていないことだから──。
そのお決まりに、少女はため息を吐いた。
◆ ◆ ◆
「……衿華、さん……?」
衿華が顔を上げた時、その眉間には深いシワが刻まれていた。
バイト後の一時間、目指すは打倒、杏&紗──を掲げたミーティングは難航中。
「……いえ。必死に案を出そうとしていたところです。……お気になさらず」
遥と同じく、衿華もまたアイデアを生み出す苦しみに悲鳴を上げているようだった。
「……そう、ですよね」
杏と紗がユニットを組んでから四日。
ブレストに、気を紛らわすためのお茶会、挙げ句の果てに取り敢えず二人カラオケ大会を開いてみてもなお、煮詰まったままで。
その上、遥の身にはもう一つ問題がのしかかっていた。
『一緒に、飲み込みます』
一昨日、全面的に協力すると宣言したも同然な透羽の演劇。
まだメンバーの選定段階なのは確かだったけれど、透羽があまり話しかけてこないのだ。
確かに鬱陶しさが減ったのはある、けれど。それでは話が進まない。
衿華との”武器”探しも相まって、色々と煮詰まったまま、遥は日々を悶々と過ごしていた。
「……取り敢えず、パフォーマンスを入れるのは確定、ということでよろしいでしょうか? ブラン先輩」
「っ、はい。……今の、ところは」
そんな衿華の言葉に意識が引き戻される。
だけれど、そんなのは既に何回も確認したこと。上辺だけの会話で何とかミーティングの体を保っているだけだった。
そのパフォーマンスの内容をどうするか──それが、机に広げたノートの上でペン先が文字を刻むのをためらっている理由だった。
ダンス──論外、そもそも僕たちはそこまで器用じゃない。
詠唱──ありきたりだ、それじゃ杏たちには敵わない。
一つずつ、バツ印が増えていく。
一応、実際に客の前でパフォーマンスも試したけれど、あまり受けが良くなかったものばかりだ。
ちっとも──足りていない。
「二人とも、お疲れみたいだね?」
そんな、段々と絡まっていく遥の思考を一時的に遮ったのは、聞き慣れたふわふわとした声だった。
「杏、先輩……?」
先に声を上げたのは衿華だった。
モップにジャージ、どうやら掃除中らしい──杏だ。
彼女が不意に割り込んでくることに対して、まだあまり耐性がないのだろう。
そんな反応を見てか、イタズラ成功とでも言うように、杏はクスクスと子供っぽく笑って見せる。
誰のせいでこんなに頭を悩ませていると思っているんだ、と。
喉元まで出かかった言葉を飲み込み、遥は杏の方を見やった。
彼女が自分のロッカーから巨大な手提げ袋を二つ取り出したから。
「──はい、作戦立案用の資料! 煮詰まってる時には、効果的だぞ?」
そして、それをドンと机の上に置き、不敵に笑ってみせたから。
相も変わらず、ピンク色の”魔法少女”はマイペース、そして無敵だった。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「頑張れーっ! キラピュアーっ!」
杏が声を張り上げ、腕を突き上げる。
それが、自分たちの周囲を囲む機器にぶつからないか──遥は気が気でなかった。
”機械室”──《ヴィエルジュ》店内のプロジェクターやらスピーカーやらを管理する機器がどっさりと置かれた狭い部屋の一角。
古ぼけたモニターの前に遥と衿華を座らせて、最後に自分も座り、杏が再生を始めたのは、《キラピュア》のブルーレイだった。
曰く、手提げ袋二つ分でもコレクション全体からしたらごくごく一部に過ぎないと言う。
その底の見えなさに戦々恐々としつつ、それでも実際、案が湧き上がってこない以上は、と。
三人して、《キラピュア》上映会を行うことになったのだった。
「”DASH!キラピュア”……」
「そそっ! あたしの一番のお気に入りだからっ! 目に焼き付けておくこと」
「……承知、しました」
ブンブンと手を振り回しては展開が変わるたびに大声を上げてコロコロと反応を変える杏。
彼女の言葉を守ってか、きっちりと正座をして画面に向き合う衿華の様子は一見、杏と対照的に見えて──だけれど、そう大きく変わるものでもなかった。
「──っ」
ピンと整って、揺らがないのは姿勢だけ。表情は違った。
”魔法少女”がピンチに陥れば、唇を噛みしめる、逆に戦況が傾けば口元を緩める。
「”DASH!”……衿華さんもお好きなんですか?」
その質問に、彼女はビクリと肩を跳ねさせた。
それから、表情を取り繕うためか、振り向くまでには結構な間があった。
多分、それだけ目の前の画面に集中していたのだろう。
「……ええ。好きなことには、好き、ですけど……一番好き、というよりは……」
そこで視線を逸らすと、珍しく衿華は言葉を切った。
一番好き、というよりは──何なのだろう。
黙りこくったままの衿華の視線に釣られて、遥の注意もまた画面の方に向く。
正にその向こう側では、熾烈な戦いが繰り広げられていた。
幹部クラスの敵を前に、膝を折る”魔法少女”たち。
『──もう、これ以上戦ったところで無駄だとは思わないか?』
敵が放ったその言葉に心を折られかけ、”魔法少女”達の表情は苦悶に染まる。
その時、僅かな歯ぎしりを遥は聞いた。
杏かと思いそちらを確認するも、彼女は悲鳴を上げるばかり、歯ぎしりなどというレベルではない。
では──と、衿華の方を見やった時、そこに湛えられた表情は苦しげに歪められていた。
噛み締められた唇、細められた瞳。
画面に映っているものとさほど変わらない──完全に、感情移入をしているようだった。
『……無駄なわけない。何か、望みを叶えたいのなら──』
”魔法少女”は立ち上がる。
グッと、踏みしめた地面、散る衝撃。
長い、長い時間を経て立ち上がり、それでもなお対峙する。
『──行動しないなんて、あり得ないっ!』
瞬間、”魔法少女”の姿が眩い光に包まれ──。
「──そろそろ閉めたいんだけど」
バン! と、ドアが開け放たれマキが割り込んできたのと、エンディングに突入したのは丁度同じタイミングだった。
「えー、今が一番良いところなんだけど……っ」
「続きは家で見なさい。しかも、杏──あなたが”DASH!”32話の上映会をやるのはもう五回目でしょ?」
怒鳴りはせずとも、そこにいたのは般若。
静かな怒りに包まれたマキは、杏が並び立てた異議申し立てを全てシャットアウトし、彼女を部屋からつまみ出してしまった。
「……ごめんね? 二人とも。続きは、またどこかで絶対、見せるからっ!」
帰る支度自体は既に終えていたのだろうか、ジャージを着たままリュックを背負うと杏は帰ってしまった。
手提げ袋は置いていったまま、曰く、家にまだ数セットあるらしい。
ロッカールームには遥と衿華の二人だけ。
互いに一言も発さないまま黙々と帰る支度をしていた時、ぽつり、と。
衿華は溢した。
「一番、惜しんだもの、でしょうか」
一番好きなもの、というよりも。
それは、衿華が先程保留にしていたものの答えだった。
「惜しんだもの、ですか……?」
「……ええ。丁度、私が一番キラピュアにのめり込んでいた時の作品でしたから。毎週があっという間で──」
思い出を語っている時。
きっと、それに近い。楽しげな口調で。それでも、その瞳は僅かに伏せられていた。
「今しかなくて──それでも、尾を引く物足りなさ……」
ふと、衿華は目を見開いた。
淡々と思い出を語る中で、急に立ち止まり。過去から今へ。
現在進行系で突き進んでいるもの、真剣な表情で彼女は遥を見据えると、口にした。
「──私、打開策、見つけたかもしれません」
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